始まり
3月5日 0711時 ドイツ シュツットガルト郊外
シュツットガルトの郊外、フェンスに囲まれたとある敷地に2機のヘリが着陸した。まだ早朝であるにも関わらず、オリーブドラブに塗られ、黒字でアメリカの民間籍登録番号を付け、『Euro Security International』というロゴを付けている。どうやら、この物々しい雰囲気の施設はこの会社の所有地のようだ。
ユーロセキュリティ・インターナショナルは所謂"民間軍事会社"であるが、これは表向きの話で、実のところは軍や警察が表立ってできない"非合法"な対テロ活動を行う"民間"の対テロ部隊であった。本社は平屋が何十棟も並び、大きなヘリポートが8箇所。中の道路にはM2重機関銃やMk19自動的弾銃を載せたM998HMMWVが何台も巡回しており、その巡回班の中にはFGM-148"ジャベリン"対戦車ミサイルを持った警備員もいる。フェンスの周りには監視カメラや動体センサー、赤外線センサーが幾つも並んでいる。この施設を設計した人間は相当警戒心が強いようだ。門にはM240Bが置かれた機関銃座が2門、さらにはFN-F2000を持ち、レッグホルスターにグロック19を入れた警備員が6人も見張りに付き、敷地内にいくつかある監視塔にはレミントンM24やヘッケラー&コックPSG-1といった狙撃ライフルを持ったスナイパーが警戒にあたり、更には広場の所々にMIM-23ホークやVADSと呼ばれるM167対空機関砲、更にはAN/TWQ-1アヴェンジャー対空システムが置かれており、ヘリや小型飛行機による自爆テロや航空攻撃に備えている。
ヘリから降りてきたのは黒人が一人、白人が二人、東洋人が一人だった。その中の東洋人はまだ厳しい寒さのドイツの早朝の空気を感じ取ると、ブルっと身を震わせた。彼らは迎えに来た重武装の警備兵に敬礼すると、そのまま歩いて目の前にある2階建てで、白塗りの建物へと歩いて行った。
3月5日 0731時 ユーロセキュリティ・インターナショナル本社
ジョン・トーマス・デンプシーはまだ早朝にも関わらず、しっかりとダブルのスーツを着て書類仕事をしていた。このがっしりとした体格のイギリス人は元英国陸軍特殊空挺連隊の隊員として湾岸戦争に従軍し、スカッドミサイルの捜索と破壊という、極めて重要な任務をこなしていた。今日は主な部下とミーティングを行い、その後はひたすら書類仕事。一方、部下たちは早速訓練を行うらしい。デンプシーはそんな彼らを羨ましく思った。もう50に手が届く歳となり、体力の衰えを感じずにはいられなかった。たまにランニングをしたり、障害コースを走ったりするが息が続かなくなってきている。まだ彼は認めたくは無かったが、老いは少しずつ、元エリート軍人を確実に蝕んでいた。この書類仕事にケリが付いたら、絶対に射撃場で愛用のグロックを撃とう。彼がそんなことを考えていると秘書がオフィスのドアをノックするのが聞こえた。
「入れ」
「おはようございます、司令官。皆さんが到着したのでお知らせに来ました」
「わかった。ラウンジへ行くように言ってくれ。朝食を食べながら話すつもりだったからな」
デンプシーは書類を机の右端に置くと、少し痛む腰を上げた。昨日は少し無理をし過ぎたかもしれない。なにせ、訓練施設の障害物コースを2周して、MP-5で弾倉10個分の射撃訓練をしたのだ。一部の部下からはやめるように言われたが、なかなかやめることができない。
デンプシーはゆっくりと廊下を歩いた。ピカピカに磨かれた灰色のリノリウムの床に歪んだ自分の顔が映る。顔には皺が刻まれ、後退しつつある黒い髪には白や灰色が目立つようになってきた。まだ早朝なので、いるのは夜勤の警備員くらいのもので、 あと1時間くらいしないと一般職員はやってこないはずだ。暫く歩くと、やがて目的であった食堂が見えてきた。
食堂はいつもはすべての職員と来客に開かれているが、今日のこの時間だけは20名の"特殊現場要員"だけが占拠していた。彼らは他の職員とは違い、現場要員の中から選抜され、より高度な訓練を受けたエリートだ。他の職員は軍や警察、情報機関からやってきた人間だが、この"特殊現場要員"だけは全員、特殊部隊出身のエリート揃いだ。"アルファ"と"ベータ"の2つの部隊から成り、それぞれが専属のヘリ2機の支援を受けて活動する。彼らはより危険度が高く、非合法な対テロ活動を行う班だ。つまりは、彼らがブリーフィングを受けるとなると、尋常ならざる事態が起きた事を意味している。
「やあ、諸君。こんなに朝早く呼び出してすまない。だが、緊急事態が起きたのだ。まだニュースにはなっていないが、すぐにCNNやBBCのトップニュースになるのは確実だ。まずはこれを見てくれ」
デンプシーがスイッチを押すと、部屋が暗転しその代わりに部屋のスクリーンに地図を表示させた。場所は北海だ。
「つい2時間前、MI6からの情報だ。リトアニアからカナダへマルタの海運会社"エーゲ・エクスプレス"の貨物船"ブルードルフィン号"が40キロのプルトニウムを輸送していた。ところが、小型ボートで突然、テロリスト集団が乗り込んできて、占領したらしい。奴らは、身代金と逃走手段としてのヘリと飛行機を要求している。無論、核物質も一緒に安全に自分たちを逃がすことを要求している。現場は公海上で、どの国も手を出せない状態だ。そこで、海運会社は我々に助けを求めてきた、というところだ」
「敵の正体はどうです?犯行声明を出している組織は?」
トム・バーキンが言った。彼は元英国海兵隊特殊船艇部隊の隊員で、海上での特殊作戦に長けている。
「全く不明だ。だが、ドイツ空軍が無人機を飛ばして状況を探っている。ある程度の情報は入っている。この写真が送られてきた」
デンプシーは手元の端末を操作した。幾つかの偵察写真がスクリーンに表示される。黒ずくめで銃を持ったテロリストが甲板場でに立っている様子が写っている。
「武器はAKじゃないですね。これは何だろう?拡大できますか?」
柿崎一郎が言う。彼は陸上自衛隊出身だ。
「ん?これか?」
デンプシーは再び端末を操作し、武器の写真を拡大させた。解像度が非常に高いため、かなり拡大する事ができる。
「ああ、わかりました。SAKO M90ですね。フィンランド製です。こいつが出回っているとは珍しい。AKに似ていますが、細部が違います。弾はAK47と同じ7.62×39ミリ。威力は十分です」
「フィンランド製の銃だと?何でそんなものを使うんだ?」
「たまたま手に入ったからですかね?しかし、闇市から手に入れるならAKやM16の方が手に入れやすいし、足も付きにくい。自分だったら、わざわざこんなのを使ったりしません」
「その通りだな。さて、まずは作戦の立案、といったところか」
すると、デンプシーは席の後ろのほうで手を上げている男に気づいた。
「どうした?ブルース?」
Bチームのリーダー、ブルース・パーカーが立ち上がった。彼は元SEALsで、アフガニスタンでの作戦を行った経験を持つ。
「疑問点が一つあります。警備状況はどうだったのでしょうか?普通なら、プルトニウムを海上輸送するときは、海軍や沿岸警備隊の専属部隊が警備をするはずです。または、民間の警備会社を雇ったりしなかったのでしょうか?」
「そう。まさに、そこが問題だ。残念ながら、リトアニア、カナダ両政府共に警備状況を明かしてはいない。まあ、当然だな。しかし、このような状況になった以上、警備体制に何らかの不備があったとしか考えられない。それは今、考えるべきことではない。まずは、作戦準備に取り掛かってくれ。以上だ。解散」