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騎士団の島

 3月13日 2251時 マルタ国際空港


「マルタタワー、こちらブルーホーク。着陸を要請する」

パークスが交信を開始した。

『こちらマルタ・タワー。ブルーホーク及びゴールドホーク、ランウェイ32にアプローチせよ。風向きは北方向から3.4m。今後、周波数は132.34でコンタクトせよ』

「132.34。了解」

 離発着がすっかり無くなってしまった滑走路に2機のドイツの民間の登録番号を記した軍用ヘリが着陸する。2機のHH-60Gは滑走路から即座に指定されたヘリスポットへと誘導された。プライベートヘリやビジネスヘリが離発着、駐機する場所に無骨な軍用ヘリが降りてくるのは何とも不思議な光景だった。既にマルタの警察官が出迎えに来ている。

「対テロ課ピエトロ・イアキンタ警部です」

 イアキンタは口髭をはやし、短躯で少し腹が出すぎた腰のホルスターにベレッタを入れている。

「ハワード・トリプトンです。こちらはイチロー・カキザキ」

 トリプトンはひと通りチームのメンバーを紹介した。

「状況は車の中で説明します。ではこちらへどうぞ」

 イアキンタは装甲車の中にプライベート・オペレーターたちを案内した。


「敵は何者なのかは不明。これまでの攻撃は放射性物質を混入させた爆弾を人通りの多い繁華街などに仕掛けていく、といったものです。ヨーロッパの過激派組織や国際テロリスト・グループのサイトなどにも犯行声明文は無し。爆発物処理班を即応状態にさせていますが、NBC対処部隊の能力が低いため、NATOから派遣してもらっています」

 イアキンタが状況を説明する。彼らが乗っている装甲車は空港から軍の基地へと向かっていく。

「それで、我々はまず何をするのです?」

 トリプトンが訊く。

「今日はもう遅いですから宿舎に案内します。明日は1000時にブリーフィングを開始しますので、0930時には迎えをよこします」

「了解です。では、明日からですな」


 3月14日 0936時 マルタ 


 トリプトンたちは、既に私服に着替えホテルの扉の前で屯していた。既に武器の手入れを終えている。サブマシンガンはナップザック、拳銃はファニーバッグに入れてある。これならば、いざ襲撃事件が起きても、いつでも対応が可能だ。もうそろそろ迎えが来てもいい頃だが、なかなかそれらしき車なり人なりは来ない。よって、傭兵たちは近くにあったピザの屋台で買った二度目の朝食をコーラで流し込んでいた。

「やれやれ、イタリア系の"お国柄"といったところか。早く起きすぎて損したぜ」

 ケラーマンがピザを咀嚼しながら言う。

「それにしても美味いな。この仕事が終わって帰る頃には5キロほど太っているかもしれん」

 トラヴィスは既に4枚のピザを胃袋に流し込んでいた。道路には通勤で走る車や自転車がちらほら見える。20人のプライヴェート・オペレーターは町並を見物しながらも、不審物や不審者が無いかどうか観察することも忘れない。パトカーが通りをパトロールし、警官が自転車に乗って通りを行く。

「ようやく来たようだぜ。見ろよ」

 パーカーが指さした先に、警察のものと思しきワゴンがいた。ホテルの前に停車すると扉が開き、イアキンタが出てきた。

「おはようございます。これより、警察の本部へ向かいます」

傭兵と警察官を載せた2台のワゴンはその場から走り去った。


 マルタ共和国は警察、軍ともに小規模で軍は陸、海、空と分けられず、統合した軍に歩兵部隊、工兵部隊、航空部隊、船艇部隊があり、一番大きな装備でも装輪装甲車、ヘリ、哨戒艇程度だ。NATOから訓練は受けているものの、軍自体が小規模な上にこうした本格的なテロ事件に対処した経験も無い。また、NATOには加盟していないため、他国に頼るのが難しいため、今回はPMCに支援を要請したのだ。そんな小さな治安組織が国際テロリスト相手にまともに戦うのは難しい。そもそも、この国は16世紀頃からマルタ騎士団と呼ばれる中背ヨーロッパの三大騎士団の所領だった。19世紀にはナポレオンに支配され、その後、イギリス領となった。1964年には英連邦下で独立し、今に至っている。

「みんな、ガスマスクとアトロピンは持っているか?ヨード錠剤は?」

 トリプトンが訊くと、全員が手を上げた。

「そんなものまで持ち歩いているのですか!いやはや・・・・」

 イアキンタは驚いて目を見張った。ヨーロッパに駐留していた米軍兵士が冷戦期はワルシャワ条約機構(WTO)軍によるNBC兵器攻撃に備えて神経ガスの解毒剤としてパムという薬剤を持たせたりしていたが、今ではそのような脅威は低減しているので廃止されているようだ。

「今回はNBC兵器が使われたので、持っていくことにしました。天然痘やポリオのワクチンも接種しました」

 なんという徹底ぶりだ、とイアキンタは改めて感心した。PMCが乱立する現代では、それが軍や警察で経験を積んだ人間がいて実績を上げている組織なのか、それとも一発屋のベンチャー企業の人間がジェームズ・ボンド気取りで始めたものなのかを見分けるのは難しい。中には、経歴を偽ってオペレーターになる人間までいるのだ。

「それで、NBC兵器への訓練は?」

「基本的なことならひと通り。例えば、防護服を素早く着る、だとか、初期の救護、だとか自分が被曝、汚染された時に手当てをする方法だとか。さすがに、専門部隊並みの訓練まではできませんが・・・・・」

「なるほど。我々よりもそこのところは詳しそうですね」

「さすがに専門家には負けます」


 3月14日 0941時 マルタ


 ビジネス街の路上にある駐車スペースに1台のステーションワゴンが駐車した。周りではビジネスマンが歩きまわり、取引先へ向かったり、ビルから出入りしたりしている。運転手はメーターを作動させて、その場から立ち去る。仕事に集中しているのか、誰一人、それに注意を払う者はいない。作業着姿の男はその場から立ち去り、通行人の中に紛れ込んでいった。

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