流血の週末-2
12月1日 1443時 ドイツ シュトゥットガルト
買い物客で賑わう週末ショッピングモールは、あっという間に凄惨なテロの舞台となった。突如としてバラクラヴァ帽を被り、ウージ・サブマシンガンを持った男が現れると、モールの中にある交番にいたシュトゥットガルト市警察の警官2人を射殺したのだ。そして、そのテロリストは手榴弾を近くにいた家族連れの男に投げつけた。その男と妻は即死し、中学生の二人の娘は脚に大怪我を負った。
しかしながら、その場にいた人間の多くは、目の前で起きている出来事が理解できず、その場で棒立ちになっていた。そのため、テロリストに無差別殺傷をさせるのに十分すぎるほどの時間を与えてしまった。
テロリストはウージをフルオートにして9mmのホローポイント弾をばら撒き、周辺にいる人々をなぎ倒す。そして、そいつは弾倉を入れ替え、再び銃弾を放ち始めた。
この建物に現れたテロリストは1人だけでは無かった。AKS-74Uを持つ女が2人、イングラムM10を持つ男が1人、別の場所で銃撃を開始し、無差別に買い物客を撃ち始めた。
12月1日 1447時 ドイツ シュトゥットガルト
柿崎たちは拳銃を手に、遮蔽物から遮蔽物へと慎重に移動した。大きな円柱形の柱は遮蔽物として役に立つが、観葉植物や衝立は何一つ役に立たない。まだ銃声は鳴り続いており、テロリストは市民の虐殺を続けている。ユーロセキュリティ社の即応チームはまだ到着した様子は無い。即応チームは武装しており、正/準看護師や救急救命士の資格を持つメンバーが含まれている。発足当時からシュトゥットガルト州警察との協定を結んでおり、非常時には警察官が現場に駆け付ける前に到着した場合は、独自の判断で対処してよいとされている。
素早く、かつ、慎重に動かねばならない。とにかく、最初の一撃は敵の不意を突かねばならない。銃声を頼りに、遮蔽物から遮蔽物へと移動することを意識し、敵の位置を探る。緊急通報をしたので、ユーロセキュリティ社の本部で待機している緊急即応チームは、もう出発準備を整えているはずだ。
12月1日 1459時 ドイツ シュトゥットガルト
ショッピングモールの駐車場では、建物から命からがら逃げて来た買い物客でいっぱいになっていた。そんな中、通報を受けてやって来た警察のパトカーが一台、サイレンを鳴らしながら駐車場に入ってきた。
「くそっ、本当にテロが起きているらしいな」
ディートリヒ・フォン=ロスバック巡査はこの光景を見て、腰のホルスターに下げているグロック17に手を伸ばした。フォン=ロスバックの相棒であるハンス・フォルバンはパトカーから出て、事件現場を見上げる。
「おまわりさん!マシンガンを持った連中が店の中で暴れまわっているんだ!そいつら、誰でも無差別に撃ってるから気を付けて!」
その場にいた男の一人がフォン=ロスバックに話しかけた。
「おいおい、マシンガンだって?GSG-9に応援に来てもらった方がいいんじゃないのか?」フォルバンがフォン=ロスバックに話しかける。
「何はともあれ、まずは状況確認だ。行くぞ」
柿崎は、前方にサブマシンガンを持つ男を確認した。背後にいる仲間に"敵発見"とジェスチャーで合図する。目測して、距離にして約20m。柿崎程の拳銃射撃の腕前を持つ人間ならば、余程のヘマをするか、何か邪魔が入らない限り、失敗しない距離だ。柿崎は両手で拳銃をしっかりと構えると、目の前にある高さ80cmほどのプランターに両腕を依託させた。そして、サイトに目線を合わせ、しっかりとターゲットの頭部に照準を合わせる。引き金を遊びの終わり、つまりウォールまで引いてから、一旦、人差し指の動きを止める。そして、撃発位置まで引き金を引いた。パーン!9mmのレンジャーSTX弾が飛び出し、テロリストの頭蓋骨を砕いた。弾丸は、そいつの脳髄に入ると、予め加工された6つの切れ込みに沿ってバナナの皮が剥けるような形になりながら、敵の大脳を引き裂く。テロリストは、まるでスイッチを切ったかのうように銃を手放し、バタリと床に倒れた。
「ナイスショット」
一人、仕留めたが、まだ暴れているテロリストは複数いる。奴らは全滅させなければならない。警察はこっちに向かって来ているだろうか。即応チームを呼び出したが、辿り着くまで時間はかかりそうだ。
12月1日 1504時 ドイツ シュトゥットガルト郊外
「急げ!急げ!急げ!」
ユーロセキュリティ・インターナショナル社のヘリポートでは、ベル412EPXとMH-6Eリトルバードがそれぞれ2機、ローターを回していた。ヘリに向かって、16人の重武装した屈強な男たちがヘリへ向かう。そして、ベル412のキャビンに入り、MH-6のベンチに座る。パイロットは、人員が全員ヘリに乗ったことを確かめると、すぐにヘリを離陸させた。
ユーロセキュリティ社の即応チームは、4交代制で24時間待機しており、1チームにつき16人編成の武装攻撃小隊2個とヘリのパイロット8名で編成されている。このチームは、特に、シュトゥットガルト近郊で非番の人員の通報があったり、社員やその家族が襲われた際には即座に出動し、対応する。
「こちらエマ―1、状況をしらせてくれ」パイロットはオペレーション室に無線で連絡した。
『エマ―1、こちらHQ。郊外にあるショッピングモールで、カラシニコフで弾をばら撒いている連中が暴れている。特殊現場要員と一般市民、警官隊がいるから、誤射に注意せよ』
「了解だ。まずは、確認して射撃、だな」
12月1日 同時刻 ドイツ シュトゥットガルト
フォルバンとフォン=ロスバックはグロック17を手にショッピングモール内を進んだ。テロのせいで、週末とは思えないほど静まり返っている。そして、20メートルほど先に禿げ頭の太った男が倒れているのを見つけた。フォルバンが素早く近づき、様子を確認したが、背中の心臓の辺りに穴が空いているのを見つけた。
「くそっ」
「やっぱり応援が来るまで待った方が良かったんじゃないのか?」
「バカ言え。これだけテロが続発しているのに、放っておけるか。それに、GSG-9を呼んだとしても、どう考えても間に合わんだろ。つまり、俺たち二人で何とかするしか無いってことだ。行くぞ!」
二人の警官は、銃を構えて進んだ。しかし、二人とも支給されているグロックを使うのは、射撃訓練で人間の形をした標的を撃つ時だけで、実戦で撃った試しは全くない。それに、フォルバンもフォン=ロスバックも、今まで担当したことがある事件と言えば、真夜中に徘徊する未成年のグループを補導したり、窃盗犯を何人かしょっ引いたくらいで、殺人事件、ましてやテロの現場だなんて一度も担当したことが無い。
今は、銃声は聞こえない。しかし、テロリストは何処かに潜んでいるはずだ。フォルバンもフォン=ロスバックも、ヨーロッパでテロ続発していることは、頭ではわかっているものの、いざ、自分がその現場に居合わせて見たら、全く頭が働かない。くそっ。こんなことなら、警察官じゃないで消防士にでもなっておけば良かった。
12月1日 1513時 ドイツ シュトゥットガルト
不意に銃撃が始まり、フォルバンはその場で倒れた。腹に5発の5.45mm弾を食らい、おびただしい血が流れ出す。
「くそっ!相棒!」
フォン=ロスバックは、銃声がした方向に向かってグロックをめくら撃ちした。当然、しっかりと狙い撃ちされなかった弾丸は全て外れ、明後日の方向へ飛んで行った。フォン=ロスバックは、腰のポーチに入れてある止血材をフォルバンの銃創にあてがい、両手で押さえつけた。しかし、フォルバンの顔はみるみるうちに青ざめ、リノリウムの床に真っ赤な血だまりがあっというまに広がり、体内から急速に血液が失われていくのがわかった。畜生!なんでこんなことに!こんなことで!フォン=ロスバックは、相棒の銃創を手で押さえている間、ヘリが近づいているような音が聞こえた気がした。
12月1日 1515時 ドイツ シュトゥットガルト
「今だ、行け!ゴー!ゴー!ゴー!」
ベル412のキャビンドアが開き、ロープが垂れ下がる。それと同時に、重武装した黒づくめの人物が8名、ファストロープで降下した。2機のMH-6Eが駐車場に着陸し、同じような恰好をした人間を同じく8名、下ろして飛んで行く。
この屈強な人間たちは、防弾チョッキと防弾ヘルメット、突撃服に身を包み、光学照準器を載せてサプレッサーを取り付けたHK416D自動小銃を持っている。その集団のうちの一人がスマホを取り出し、通話し始めた。
「イチロー!QRTのヨハン・デュッセンベルグだ!現着した!これより突入する!」
柿崎はスマホでデュッセンベルグの声を聞いて、すぐに通話を切った。ようやく援軍がやって来た。これで、不利になるのはテロリストの方だ。
「騎兵隊が来た。もう突入している」
柿崎はブルース・パーカーの方を振り返って言った。
「よし!来るまで堪えるぞ!」
パーカーがそう言った時だった。銃声が鳴り、全員が反射的に床に伏せる。
「くそっ!」
パーカーは視線を僅かに上げた。AKS-74Uとおぼしきカービン銃を撃ちながら、一人の女が、婦人服店の前にあるエスカレーターから上の階へと逃げていくのが見えた。
柿崎が拳銃を構え、その女に向かって5発発砲した。3発は外れ、1発はテロリストの左肩を掠め、最後の1発は女の左耳を吹き飛ばした。そこで、柿崎の拳銃のスライドが後ろに下がったまま止まる。そいつは紳士服売り場の向こうに姿を消した。仕留めそこなった。
「畜生!」
柿崎はポーチから新しい弾倉を取り出し、空弾倉と入れ替える。普段なら外すはずがない距離だったのだが。これが実戦というものだ。
「おい、後はデュッセンベルグたちに任せよう!」
パーカーは、テロリストを追撃しようとした柿崎を止めた。暫くすると、散発的に銃声が聞こえてきた。が、すぐに止んだ。そして、自動小銃を持つ黒装束の人物が4人、向こうからやって来きて、柿崎に向かって手を振り、右手の人差し指を立てた後、親指で自分の首をなぞる仕草をする。一人仕留めた。
4人のユーロセキュリティ社の即応チームが自動小銃を手に、ショッピングモールを進んだ。そして、カラシニコフを持つ女とイングラムを持つ男を見つけた。先頭を歩く隊員が銃を構え、4発撃った。テロリストは額に2発ずつ5.56mm弾を食らって絶命した。
テロリストを全員仕留めてからが大変だった。GSG-9の2個中隊が、柿崎たちがテロリスト全員を仕留めてから15分後になってようやく到着した。建物は地元警察によって封鎖され、捜査のための事情聴取から柿崎たちが開放されたのは、午後8時を過ぎてからだった。そして、ユーロセキュリティ社CEOのジョン・トーマス・デンプシーは、明日の午前11時にドイツ国防省から、ベルリンに召喚するためのヘリを寄越すという連絡を午後10時を過ぎてから受け取ったのであった。




