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昼のブリーフィング

 11月30日 1144時 ドイツ シュットゥットガルト郊外


 今日は、未明から白い大粒の雪がパラパラと降っていた。空は鉛色の雲に覆われ、明け方には地面は薄っすらと白い雪に覆われてしまい、人々は慌ててスタッドレスタイヤに交換したり、タイヤにチェーンスパイクを巻いたりしていた。

 柿崎一郎は、ハマーを運転し、ユーロセキュリティ・インターナショナル社の門の前に車を一旦停車させた。そして、車の窓を開け、近づいてきた寒冷地用の戦闘服に防弾チョッキと防弾ヘルメットを身に着け、肩からステアーAUGをスリングで下げたテッド・ミラーストンという名の警備員にIDを差し出す。

「おはようございます」

「おはよう、テッド。全く、すっかり冬になってしまったな」

「世間じゃいよいよクリスマスシーズンでしょうけど、我々はそうもいかんでしょうな」

「全くだ。寧ろ、忙しくなりそうな気がするよ」

「そいつは大問題ですね。そうそう、昨夜も情報部の方々は泊まり込みだったらしいですよ」

「こっちは遅出だというのに、ご苦労様だな。まあ、今日は夜間の実弾射撃襲撃訓練をやるから、俺たち特殊現場要員と作戦支援要員は出勤時間が遅くなっただけだがな。おかげで、ゆっくり朝寝ができたよ」

「そいつは良かったですね」

「その代わり、今日は泊まりこみだよ。真っ暗な中、屋内で撃って良い標的と撃ってはダメな標的を暗視ゴーグルで見分けながら実弾をばら撒くんだからな」

「恐ろしいですね」

「君も現役の頃にやっただろ?テッド」

「自分は元はMPですよ。普段は、基地の警備や外出して酔っぱらった兵士を持ち帰る仕事ばっかりやっていましたよ。あなたみたいな精鋭とはまるで違います」

 ミラーストンは、柿崎のIDを手持ちのスキャナーで読み込む。そして、パスコードの入力装置を柿崎に差し出した。柿崎は、今朝、一斉配信メールで送られてきた8桁のパスコード番号を入力した。

「はい、OKです。それでは、どうぞ」


 柿崎は、ハマーを運転し、いつものように指定されている駐車場に向かう。積もった雪に轍が刻まれ、歩道には幾つもの足跡が目立つ。自動小銃を持ち歩く警備員や、櫓の上に陣取る狙撃手や機関銃手たちは、先程会ったミラーストンと同じ白い寒冷地仕様の迷彩服と防弾チョッキを身に着けている。

 そして、敷地内の大きな車道では、夜勤を終えた警備員や情報部の文民職員、その他、施設関係者たちが乗った車が門に向かうために列を作り始めていた。


 11月30日 1159時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル本部


 ジョン・トーマス・デンプシーとハワード・トリプトン、ブルース・パーカーは情報部の人間から、先日、ドイツ国内で暗殺した二コラ・ベギフ、オーランド・エムセバ、マームード・アル・ビン・シャジールが、ドイツ国内で何をしようとしていたのか判明したという説明を受けていた。なんでも、この3人は、ドイツ国内で化学兵器を使ったテロを企てていたのだというのだ。そして、その化学兵器はドイツ警察とドイツ陸軍の対NBC兵器部隊によって押収されたのだという。

「おいおいおい、こいつら、シュトゥットガルトでサリンを使おうとしていたのか!?」

 トリプトンは、渡された資料を見て驚愕した。それには、サリンガスを発生させるための二種類の化学物質がベギフの隠れ家から発見されたと書かれていた。

「ああ。それも、これだけのサリンを発生させれば、少なくとも2000人は死んでいたかもしれない。そうなったら、東京の地下鉄のテロどころじゃない騒ぎになっていた。未然に防げたのは、本当に幸運だったとしか言いようがないよ。警察は、他にもテロの計画があったんじゃないかと更に調べるらしい」

「ヒエッ、恐ろしいな」

 今日のブリーフィングを担当しているのはファイサル・シャディーン。元はCIAのエージェントだったアラブ系アメリカ人で、イエメンやリビア、チュニジアで潜入工作員として活動した実績もある。シャディーンは、タブレットPCを操作し、スクリーンに映っている画面を切り替えた。

「で、そのサリンはどうなったんだ?」とデンプシー。

「陸軍の化学研究所に送られて成分を分析調査したのち、焼却処分です。いつまでもあんなものを持ち続けるわけにもいきませんからね」

「そりゃそうだな。また誰かに盗まれたり、横流しするような輩が現れたりしたら、また俺たちにとって頭の痛い問題が持ち上がる」トリプトンが無精ひげが生えた顎を撫でながら言った。

「北海で盗まれた核物質だけでも頭が痛いのに、こんなものまで出回っているとなると、ストレスがいよいよ入院してしまうレベルに達してしまうからな」シャディーンがぼそりという。

 そこで、この場にいた4人がハッとなった。確かに、北海で奪われた核物質が行方不明になって、もう8ヶ月が経つ。MI6やDGSE、更にはCIAまでもが行方を追っているが、未だに手掛かりは掴めていない。情報部は、不審な核物質がブラックマーケットに流れていないかどうかダークウェブを慎重に調査しているが、そのようなものが出品されているという情報は掴めていなかった。

「アメリカであれば、エネルギー省にNESTという部隊があるが、ヨーロッパにはそういう部隊がいないからな。アメリカもこの件に関しては関心を寄せていて、捜索をしているらしいが、難航しているようだ」デンプシーが口を開く。

「どっちにしろ、我々だけではどうにもなりません。勿論、実際に現場に派遣する情報部の諜報員を増員できれば良いのですが、そんな人材は限られていますよ」

 ユーロセキュリティ社のHUMINT要員は、基本的には警備業務を行っている現場へと警備班の小隊や中隊に紛れて行動する。彼らは、CIAやMI6、DGSE、モサドで実際に現場の工作員、それも外交官としての身分を持たない非合法工作員(イリーガル)として経験を積んだ凄腕たちばかりだ。

「ううむ、仕方が無い。一度、ロックに相談して、HUMINT要員を何処に配置するのか見直すべきかどうか考えよう。ここのところ、HUMINT部隊の人間を警備班を派遣している場所に見境なく同行させてしまっているからな」デンプシーは、腰にホルスターに入れている古いブローニング・ハイパワー拳銃のグリップをさすりながら言う。

「それが良いと思います。我々情報部も、最近はHUMINT班の人員配置に無駄ができているという意見が上がっていまして。警備班に見境なく同行させた結果、既に2ヶ月も有益な情報が流れて来ない班も出てきていますので」

 シャディーンはポケットからメモ帳を取り出し、"ロックにHUMINT班の人員配置の全面的な見直しを進言すること"と書き込んだ。

「そうだ。特殊工作班はどうなっている?」

 デンプシーがシャディーンに思い出したように訊いた。

「実は、アル=ファジルの組織の幹部がイスラエルのガザにいることを突き止めました。そいつの名は、マームード・シャジル・ビン・ラマン。ラマンは・・・・・」

 シャディーンがそこまで話した時、デンプシーのオフィスをノックする音が聞こえた。デンプシーが「入れ」と命じると、特殊工作班のメンバーの一人、MI6出身のケネス・マッコードが入ってきた。

「失礼。実は、先ほど、イスラエルにいる特殊工作班から連絡が入りました。ガザでラマンを仕留めたそうです」

 シャディーンが驚いて、目を皿のようにした。

「おい!本当か!?あの幽霊みたいなラマンをか!?」

「はい。特殊工作班は、ラマンの隠れ家をガザで発見し、ラマンを2週間、慎重に追跡し、最後は隠れ家に放火して、奴を丸焼きにしました。実行した班のメンバーは、今、チャーターしたビジネスジェットでイスラエルから出国し、ドイツに向かっている最中です。勿論、奴を焼く前に、DNA情報を幾つか採取していると報告がありますので、彼らが帰国次第、照会ができるでしょう」

「凄いな」

 デンプシーは、背もたれに背中を預け、LEDライトで照らされる真っ白な天井を見た。

「どれどれ、あ?これか?ガザのアパートで火災が発生。1人死亡、33人が重軽傷。当局は不審火の可能性を指摘」

 パーカーはポケットからスマホを取り出し、ネットニュースを眺め、CNNの報道記事を見つけた。

「捜査がなされたところで、イスラエル政府とドイツ政府はもみ消すだろうな。ま、それが俺たちの特権さ」トリプトンが肩をすくめた。

「さて、明日は土曜日だ。今日は、夜間の訓練や基地の警備をする人間以外は、皆、早めに仕事を切り上げて週末を楽しむといい。こうも仕事詰めだと、いよいよメンタルに異常をきたすだろうからな。特に、俺たちのようなことをやっていると、な」

 デンプシーは立ち上がると、右腕をぐるぐると回し、肩の凝りをほぐそうとした。

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