『除去』
11月14日 1311時 イエメン フダイダ
ムアンマル・ザカージーは頭を抱えていた。シュトゥットガルトで大規模な爆弾テロを起こすはずだった仲間が、路上強盗によって皆殺しにされたのだ。勿論、ザカージーは、その報道は全く信用していなかった。恐らく、GSG-9かKSKの仕業だろう。しかし、路上強盗にやられたかのうように殺すのは、奴ららしくない。普通ならば、仲間が潜んでいるアパートの一室や家屋に突入して襲撃してくるはずだ。
だとしたら、一体、何者にやられたのだろうか。全くわからない。ザカージーは、スマホを手にして、ファリド・アル=ファジルに簡潔なメッセージを送った。ここは、フダイダの中でも、比較的賑わっている地区であり、車の交通量も多く、歩き回る人も多い。
無政府状態・内戦中のイエメンではあるが、ザカージーのような人間にとっては、身を隠すにはうってつけの場所だ。ザカージーは、この古いアパートに潜伏し、ソマリアやシリアにいる仲間と連絡を取り合っていた。
ザカージーは、アル=ファジルから、イエメンで作戦を立案し、それを送るよう命令されている。ザカージーは、ここで、ヒュンダイの中古車を使って行動していた。これは、市内の中古車屋で手に入れたもので、ジョン・ムゲンベがその代金を出してくれた。ムゲンベは、作戦に必要な資金を出すのに惜しまない人間だ。この中古車は確かに古いが、しっかりと動いてくれるし、今のところ、故障らしい故障もしていない。
ザカージーのスマホが鳴った。メッセージを送って来たのは、ファリド・アル=ファジルだ。アル=ファジルの命令は、フダイダの郊外まで行って、プランCの作戦資料が入ったUSBメモリを連絡員に渡せというものだった。ザカージーは、そのUSBメモリを手にすると、ジッパーのついた小さな緑色の鞄の中に入れた。そして、車とアパートの鍵を手にして、部屋の扉をしっかりと施錠して、階段を降り、外に出た。
アパートの駐車場は、建物からやや離れたところにある空き地だ。そこは、大きな市場の中にあり、大勢の人々が行き交う中を歩かなければならない。
今日も市場は賑わってた。通りを歩いて行くと、代わる代わる様々な種類の香辛料の匂いが漂ってくる。露店の店主たちは、大きな声を張り上げて小麦粉や米、野菜、果物、あるいは、羊や鶏の肉を買い物客たちに勧めている。空はカラっと晴れ渡り、雲一つない。こうして市民の暮らしぶりを見ていると、とても無政府状態には見えないな、とザカーシーは思った。だが、この国の別の場所では、絶えず幾つもの武装勢力が戦闘を繰り返しており、サウジアラビアやオマーン、UAE、クウェート、といった国が支援するハーディ政権とイランが支援するフーシ派は絶えず武力衝突を起こし、特にフーシ派は、北朝鮮やイランから弾道ミサイルを手に入れているとされている。
ぱっと見た目は平和そうに見えるが、いつ、銃撃が始まったり、RPGがどこかに撃ち込まれたり、迫撃砲による攻撃が始まってもおかしくないのだ。なので、ザカージーは、手榴弾とミニウージ、予備弾倉を常に持ち歩き、町の状況を見て、戦闘が激化するような様子であれば、クローゼットの中からAK-47の中国製コピーである56式自動小銃を持ち出すこともあった。
ザカージーは、駐車場にある黒いヒュンダイの車を見つけた。自分が持っている車だ。そして、車上荒らしに遭っていないことを確認し、ドアの鍵を開け、エンジンキーを挿し込んで回した。
駐車場で凄まじい爆発が起こり、黒いヒュンダイが炎上しながら宙を舞う。その爆風により、隣にあった赤いトヨタの軽自動車とマツダの青い軽トラックが横転する。中にいたザカージーは即死し、付近にいた子供3人と男性1人、女性2人が爆発に巻き込まれて死亡し、その他30人以上が重軽傷を負った。街路樹のヤシの木がなぎ倒され、周辺の建物の外壁の一部が崩落した。
11月14日 1313時 イエメン フダイダ
その爆発事件の様子を、1機の無人機が撮影していた。MQ-9Bシーガーディアンだ。ガンシップグレーに塗られたこの無人機には、ドイツの登録記号が描かれている以外には、どの組織が保有しているのかを示すマーキングは一切描かれていなかった。
11月14日 同時刻 ジブチ ロワイヤダ西部
「ターゲットダウン確認」
アンリ・ポンドールは、シーガーディアンのオペレーターの後ろから、無人機が送信してくるカメラの映像を眺めていた。映像には、炎上する車と通りに転がる死体を遠巻きに眺める人々が映っている。
「やるもんだな。ちょっと爆薬が多すぎたかもしれないが」
ポンドールの後ろから映像を眺めていたのは、マイケル・パルマーだ。ポンドールとパルマーは、ユーロセキュリティ・インターナショナル社から警備員としてジブチへ派遣されてきた人間だ。
「いや、念には念を入れて、こういう場合に用意する爆薬は、多ければ多いことに越したことは無い。中途半端な爆薬の量を仕掛けて仕留め損なったら、作戦は失敗だからな。俺たち現地の工作員が車に爆弾を仕掛けて、エンジンをかけた途端、ドカン!だ。しかし、ザカージーの野郎、ここまで追いつめるのに半年以上はかかったぞ。あいつはまるで幽霊みたいな奴だったからな。尻尾を掴んだかと思ったら、すぐにすり抜けて消えやがる」
「だから、"見つけ次第消去"の対象になったのさ。それに、あいつ、リベリアでの俺たちの仲間が殺された件に関わっていたらしい」
「そりゃこういう報いを受けても当然だな」
「さて、お次はどうするんだ?」
「そりゃ、ジョン・ムゲンベを見つけるまでここで情報収集することには変わりは無い。実際にやるのは特殊現場要員になるだろうが、俺たちがいなければ、連中は敵を攻撃することすら叶わないからな」
「まずはボスに報告だ。ザカージーの排除を完了したとな。これだけの大物がやられたならば、ムゲンベかアル=ファジルが何かしらの行動を起こすだろう。勿論、自分からのこのこ出て来るような事は無いだろうが、それでも奴らにとっては見過ごせないダメージにはなっているはずだ」
「確かにな。さて、他はどうかな?」
11月14日 同時刻 ソマリア モガディシュ
ソマリアは相変わらず無政府状態が続き、国際社会からも見棄てられてしまっている。
数々の武装勢力が乱立し、誰もがこの国の支配権を握ろうと躍起になっている。そんな状況であってか、ならず者にとっては、身を隠すには持ってこいの場所だ。
最近は、かつて内戦に参加し、生き残った連中は海賊となり、アデン湾を航行する貨物船や客船を襲撃し、金目のものを強奪したり、船員や乗客を人質に取り、身代金を要求することで生計を立てる輩が後を断たない。
それもそのはず。ソマリアは、地下資源も無く、土地も農業に不向き、と、言うよりは、そもそも人間が住み着くには向いていない場所なのだ。
オーランド・モグデンは、そんな通りをAK-74を肩に下げて歩いていた。この国で、自動小銃を持ち歩くのは、別に珍しいことでは無い。
モグデンは、ジョン・ムゲンベと連絡を取りつつ、作戦実行の指示を待っていた。その作戦とは、ジブチに展開中の多国籍軍部隊やPMCに対する攻撃だ。
そこで、モグデンは、多国籍軍やPMCの拠点に出入りしている業者に目をつけた。連中は、決まった曜日、決まった時間に基地へトラックで入り、多国籍軍に物資を届ける。そこで、モグデンは、まず、多国籍軍の基地へ向かうトラックを襲撃、運転手を殺害し、トラックの荷物の中の物資を、爆弾が入った段ボール箱とすり替える。そして、入れ替わった運転手は、何事も無かったかのように、爆弾入りの物資を多国籍軍の基地に届け、スマホを使い、遠隔操作で起爆させるという作戦だ。
一見、単純そうだが、偽物のIDを作ったり、多国籍軍の基地に出入りする業者の様子を観察したりと、下準備は思っていた以上に骨が折れた。
それにしても、今日の午前中の会合は、思った以上に時間が延びてしまった。本来ならば、会合はとっくのとうに終わって、アパートの部屋で一度、荷物を点検してから昼間の礼拝をしてから、昼食を食べる頃である。
ソマリアは退屈な国だが、身を隠すには持ってこいだ。政府が機能していないので、入国審査も、出国審査も無く、警察も無いに等しい。さて、時間はずれてしまったが、いつものルーティンを繰り返そう。
モグデンが潜伏しているアパートは、モガディシュの大きな通りにある、かなり古いものだ。モグデンは、その5階の部屋に住んでいる。モグデンは、部屋の鍵を開け、部屋に入る。だが、モグデンは、そこで、説明ができない違和感を感じた。
確かに、部屋の鍵はかかっていたし、空き巣に部屋を荒らされた形跡は無い。だが、何かがおかしい。モグデンは、丹念に、慎重に、部屋の状況を調べた。まず、金庫・・・・は、開けられていない。中身を確認したが、カネも銃も盗まれていない。次はクローゼットだ。だが、何も取られていない。冷蔵庫の中身も無事だ。
やがて、外からアッザーンが聞こえてきた。熱心なイスラム教徒であるモグデンは、部屋に絨毯を敷き、いつものようにメッカの方を向いて、礼拝を始めた。
直後、モグデンが住む部屋が大爆発を起こした。モグデンは、当然ながら即死し、崩落したり、爆発によって飛び散ったアパートのコンクリートや鉄筋の破片で、他にも合わせて36人の死傷者が出た。
「ターゲットダウン。撤収する」
『了解だ。ロッキービーチに急いで来てくれ。そこで回収する』
「了解」
ユーロセキュリティ・インターナショナル社特殊工作班員でCIA出身のハワード・クインは相棒であるケネス・ブローニーの肩を叩いた。二人とも、アフリカ系アメリカ人だ。
「ずらかるぞ、相棒」
「了解」
クインとブローニーは、計画通り、1時間後にロッキービーチにたどり着いた。そこには、グレーに塗られた、何のマークも無い、巨大な高速クルーザーが待っていた。
「よう、ハワード、上手くいったか?」
クルーザーを操縦していたのは、アメリカ海軍特殊舟艇チーム、通称『SWCC』出身のゲイリー・マーロウとジェラルド・フランクリンだ。
「ああ。モグデンは今頃、地獄でハデスに会っている頃だ」
「そいつは良かった。ここからジブチまでちょっと遠いぞ。下の船室で、ビールでも飲んで、昼寝でもしていてくれ」
「助かるな!それじゃ、お言葉に甘えるとするか」
巨大なクルーザーは、ゆっくり、時間をかけてジブチへと向かった。そして、クインたちは、ジブチへ飛行機でやって来たユーロセキュリティ社の特殊工作班の要員数名と交代し、ドイツへ向かうその豪華なビジネスジェットに乗ってアフリカ大陸を後にした。




