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処置

 11月9日 1911時 ドイツ シュトゥットガルト


 この時間になると、あっという間に辺りは暗くなり、やや厚めのコートやウィンドブレーカーが無いと寒くて外に出たくなくなるくらいまで気温が下がってしまう。だが、柿崎一郎とマグヌス・リピダルにとっては、かなり都合がよい気候ではある。分厚い防寒着で、持ち歩いている拳銃やナイフを隠し持つことができるからだ。

 ターゲットの二コラ・ベギフは、未だにこちらの追跡に気づいている様子は無い。柿崎とリピダルは、注意深く、ベギフを追う。もう3時間以上も街中を歩き回っているが、ベギフは誰とも接触していない。どうやら、事を慎重に進めているのか、それとも、長時間の散歩に出かけただけなのか。二人は判断しかねているが、確かな事が一つだけある。それは、できれば今日、ベギフを『排除』する必要があるということだ。

 やがて、柿崎のスマホがポケットの中で振動した。柿崎はそれを取り出し、メッセージを確認した。デンプシーからだ。

『強襲チームに出動命令を出した。助けが必要なら呼んでくれ』

 つまり、ベギフが帰宅次第、強襲チームをアパートの部屋に突入させ、"排除"する用意をしていると共に、そのための許可をドイツ政府またはNATOから取り付けたということになる。

 ユーロセキュリティ・インターナショナル社の強襲チームのメンバーは、いずれもグリーンベレーやSAS、GSG-9といったエリート部隊出身者が多く、その実力は特殊現場要員に引けを取らない。

「おい」

 リピダルが柿崎の肩を軽く叩く。ニコラ・ベギフは、人通りが殆ど無い、真っ暗な裏通りへと入っていく。仕留めるには、絶好の機会が訪れた。柿崎とリピダルは、歩く速度を速め、ベギフを追い始めた。


 ニコラ・ベギフは、荷物を拾うために、寂れた通りを歩いた。この先にある無人の雑居ビルに、仲間が装備を置いて行ったはずだ。中身は、セムテックスと起爆装置、タイマー、携帯電話などだ。


 ベギフは、予定の建物を見つけた。事前に言われた通り、誰もいる気配は無い。なので、ベギフは、ポケットから小さなフラッシュライトを取り出し、真っ暗なビルの中を進んだ。


 ビルの1階はロビーになっており、その左手にあるロッカールームの1123番のロッカーに荷物は入れられているはずだ。ベギフは、すんなりと目的のロッカーを見つけ、仲間から予め渡されていた鍵をポケットから取り出し、ロッカーの扉を開く。

 ロッカーの中には、事前の情報通り、大きな鞄が入っている。ポケットから懐中電灯を取り出し、ベギフは鞄の中身を確かめた。起爆装置や電気回路に使うリード線、信管、プラスチック爆薬に加えて、9mm弾とMP448グラッチ半自動拳銃、予備弾倉が4つ入っている。


 ベギフは、鞄のチャックを閉め、この荷物を持って立ち去ろうとした。が、真後ろに人の気配を感じた。

 ベギフは、振り返ろうとした。しかし、その直後、右耳に激しい痛みが走ったと同時に意識を失った。


 柿崎一郎は、ベギフの右耳に長いダガーナイフを突き立てた。ナイフの長い刃は、内耳から頭蓋骨の内部に侵入し、あっという間に大脳に達した。ベギフは、当然ながら、即死した。柿崎は、布で慎重にナイフを血を拭い、自分の服に返り血がかかっていないことを確認し、スマホのカメラでベギフの顔写真を3枚、撮影した。

「おい」

 リピダルが柿崎の肩を軽く叩く。手には、ベギフがロッカーから回収しようとしていた鞄を持っている。

「とっととずらかるぞ。強襲チームが、ここから300mのところで待機している」

 柿崎は頷き、ベギフの死体を死体袋の中に入れてビルの外を目指した。そして、出入り口の扉を少しだけ開き、近くに誰もいないことを確認してから、何事も起きなかったと言わんばかりの表情で通りを歩き始めた。その間、スマホでトリプトンとパーカー、デンプシーにベギフの死体の写真付きでミッション完了の報告のメールを送信した。


 11月9日 1914時 ドイツ シュトゥットガルト


 柿崎とリピダルは、通りに路上駐車している、何の変哲もない黒いステーションワゴンに近づき、後部座席のドアをノックした。ドアが開くと、二人がよく見知った人物が乗っていた。運転手はSAS出身のトーマス・ギリモア、後部キャビンにいるのはDGSE出身のアンリ・ボンドゥールだ。二人とも私服姿だが、ウェストポーチには拳銃と予備弾倉を入れていることは、柿崎にはお見通しだ。

「上手くいったか、兄弟?」ボンドゥールが柿崎に話しかける。

「ああ、上手くいった。他の連中から連絡は?」

「ビン・シャジールは、もう天に召されている。さて、そいつがターゲットか?」

 柿崎とリピダルは、特大サイズのゴミ袋を抱えていた。三人でそれをステーションワゴンに積み込む。

「ああ、そうだ。このまま本社に向かってくれ。そこで"処理"することにする」

「わかった。そうしよう」

 ギリモアは、全員が車に乗ったことを確かめるとアクセルを踏み、街の郊外へ向かう道を目指した。


 暫く通りを走っていると、雨が降り始めた。街中を走る車は、この時間になると、流石に減ってくる。やがて、車はアウトバーンに向かった。そして、そのまま郊外へと法定速度で走り去って行った。


 この夜、シュトゥットガルトで発生した殺人事件は3件だった。いずれも、誰一人として目撃者はおらず、更に言えば、被害者の遺体すら、誰からも発見されることは無かった。そのため、シュトゥットガルト市警察は、この事件を捜査することはおろか、事件が起きたことすら把握することは無かった。

 そして、この殺人事件が起きたことを知ることとなる人間は、ユーロセキュリティ・インターナショナル社の内部のごく少数の人間と、テロ組織だけだった。

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