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追跡

 11月9日 1611時  ドイツ シュトゥットガルト


 柿崎一郎とマグヌス・リピダルは、揃って街中の通りを歩いていた。既に太陽は傾き始め、夕日が町並みをオレンジ色に染め始めている。

 時折、高校生の集団が自転車で走り去ったり、スーツ姿のビジネスマンが歩く中、だぶだぶのパーカーとカーゴズボン姿の二人は、やや周囲から浮いているようにも見えた。

「そろそろ、だな 」

 柿崎とリピダルは、ターゲットが出入りしているのが確認されているアパートの前に着いた。そして、そのアパートの前に、通りに椅子とテーブルが並べられたカフェを見つけた。ターゲットを監視するには絶好のポイントである。


 二人は、カフェの屋外席に座り、コーヒーをちびりちびり飲みつつ、フォークでアップルパイを口に運ぶ。時折、強い風が吹いて歩道に散らばっている黄色いイチョウの葉を巻き上げた。


 柿崎とリピダルが、アップルパイの最後の一口を口に運んだ時、アパートの正面ドアが開いた。そして、色白で茶髪、茶色い口髭を生やした灰色の瞳の男が出てきた。年齢は50代といったところか。慎重は175cm程で、黒く、丈が長い分厚いコートを着ているが、がっしりとした体格だというのがわかる。

 二人の目つきが鋭くなった。このスラブ系の男こそ、ターゲットの一人である二コラ・ベギフだ。柿崎とリピダルは、ベギフが20mほど自分たちから離れて行くのを待ち、コーヒーを飲み干すと、チップとして1ユーロ札をテーブルに置いて立ち上がった。さて、商売を始めるときだ。

 リピダルはスマホを取り出し、予め書き込んでおいたメッセージを送信し、更にGPS機能を利用したビーコンアプリを起動した。これで、街中にいる他の"特殊現場要員"のメンバーと本部の連中には、自分と柿崎がターゲットの追跡を開始したことが伝わったはずだ。


 11月9日 同時刻 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


「カート、始まりました。イチローとマグヌスがメッセージを送ってきています」

 情報部の技術者の一人、ジェイコブ・グリーンヒルがカート・ロックを呼んだ。グリーンヒルが操作しているデスクトップパソコンの画面にはシュトゥットガルトの地図が表示され、そこにあるI・KAKIZAKIとM・LIPIDALという名前のアイコンが動き出した。他のメンバーの位置情報も、GPSとビーコン装置によってリアルタイムで追跡できるようになっている。見たところ、他のメンバーはカフェでくつろいだり、本屋や雑貨店に立ち寄ったりしているらしい。

「よし、目を離すな。それと、向こうから連絡をしてこない限り、こっちからのコンタクトは控えるんだ。極力現場の奴らに任せろ。俺たちが細かいところまで余計な口出しをしたら、作戦は失敗する」

「了解です」 


 11月9日 1617時 ドイツ シュトゥットガルト


 柿崎とリピダルはベギフの追跡を続けた。15m程距離を置き、二人で交互にターゲットを視線で追跡する。片方はベギフに視線を向け、もう片方は視線を外すというやり方だ。通りを真っ直ぐ歩き、橋にさしかかった時、柿崎の上着の内ポケットでスマホが振動する。

 柿崎がスマホを取り出し、受信したメッセージを確認した。送信者はJ・T・デンプシーとある。そして、内容を確認した。

『チャンスがあればためらうな』

 この一文だけだった。つまり、ターゲットを"無力化"できる状況ならば、即座にやれということだ。柿崎は無言でリピダルに自分のスマホの画面を見せる。リピダルは黙って柿崎に目配せをしただけだった。

周囲にはまだ人が多く、作戦を実行できるような状況では無い。それに、今日の追跡は、ベギフの行動パターンと、ここで誰に会っているのかを把握するのを目的にしていた。場合によっては、ベギフに会っている人間を排除する必要も出て来ると柿崎は考えたからだ。

「おい、イチロー、今日やるのか?」

「いや、まずは奴の行動パターンを見る。そして、誰に会っているのかも確認しないといかん。場合によっては、ベギフに会っている奴も排除する必要があるからな」

「了解だ。まあ、ベギフに会っているのは、エムセバとビン・シャジールだけとも考えられるが、それ以外の奴に会っている可能性もあるからな」


 11月9日 同時刻 ドイツ シュトゥットガルト


 シュトゥットガルトの中心街からやや離れたアパートの一室で、シャルル・ポワンカレとピーター・スチュアートは通りを挟んで建っているアパートの6階にある、向かって右から7番目にある窓の様子を注意深く観察していた。その窓には、日中であるにも関わらず、ずっと灰色のカーテンが掛けられ、中の様子を窺うことはできない。

「畜生、流石に用心深いな」

 500mmの大きな望遠レンズを取り付けた一眼レフカメラでターゲットの部屋を観察していたスチュアートが毒づく。このアパートにターゲットの一人であるオーランド・エムセバがいることまでは確認できた。だが、エムセバは、この部屋に姿を現すと、カーテンを閉めてしまい、以降、外出するのを確認できていない。しかも、他のターゲットであるベギフもビン・シャジールもここを訪問していない。

 一方、ポワンカレは、黙って鋭いダガーナイフとコンバットナイフを砥石で砥いでいた。ポワンカレならば、この距離からターゲットを狙撃するなど造作も無いことであるが、今回はライフルの使用は厳禁かつ、なるべく銃を使わないようにする作戦だ。敵を、できるだけ自分たちの仕業と思わせないように仕留めなければならない。それには、ナイフを使うのが一番手っ取り早い。ポワンカレもスチュアートも、それほど大きくないナイフを使い、一発で人間を仕留める訓練を受けている。しかも、今回はできるだけ銃器を使わないという制約を受けている。

「そうそう、こいつも用意しておいた。場合によっては使ってもいいだろう」

 ポワンカレが大きなダッフルバッグからそこそこ大きなハンマーを取り出す。これは、ドアに楔を打ち込んで屋内に強行突入するためのものだが、人間の頭に振り下ろしても十分に武器として通用する代物だ。

「こいつはまた。物騒なブツだな」

「だが、対人用じゃないからな。奴の部屋に強行突入するのに使う用だな」

「しかし、いつまでカーテンを閉めて閉じこもっているんだか・・・・・」

 スチュアートがそこまで言った時、不意にカーテンが開いた。そして、痩せたアフリカ系の男が窓の外を注意深く見回してから、ごそごそとテーブルに置かれた鞄に何かを入れるのを確認した。

「奴だ!」

 スチュアートがすぐにカメラのシャッターを切り、オーランド・エムセバの姿を写真に収める。そして、エムセバは部屋の奥に姿を消した。

「シャルル!」

「わかっている!」

 ポワンカレはアパートのドアを開き、すぐに外に出る。やがて、アパートの玄関が開き、エムセバが姿を現した。スチュアートは素早く連射してエムセバの写真を撮って、カメラを床に置いて、玄関へ急ぐ。

 ポワンカレとスチュアートは、アパートの踊り場でやや待ち、エムセバが歩いていく方向を確認してからターゲットの追跡を始めた。セオリー通り、付かず離れず、適切な距離を取りながらエムセバを追う。その途中、スチュアートはポケットからスマホを取り出し、本部と他の仲間にショートメッセージを送った。これで、自分とポワンカレがエムセバの追跡を始めたことが他のメンバーに伝わったはずだ。


 11月9日 1630時 ドイツ シュトゥットガルト


 ハワード・トリプトンとブルース・パーカーは、トリプトンのアパートでデスクトップパソコンが置かれた机の前に座っていた。

 今回、トリプトンとパーカーは実働部隊には加わらず、報告を受けつつ情報を取りまとめる役目に徹することになった。だが、本部にいるデンプシー同様、二人は追跡に関わる仲間たちに指示を細かく送ったりはしない。観察を続けるのか、タイミングを見計らって排除に動くのか、どう行動するのかは、全て実際に追跡をする仲間たちに一任している。 

 暫くすると、スマホから着信音が鳴る。画面を確認すると、スチュアートからショートメッセージが届いてた。内容は『アフリカゾウが動いた。追う』というもの。つまり、オーランド・エムセバが動き出し、追跡しているという内容だ。

 これで、この町で動き回っているのはエムセバとベギフということになる。問題は、この二人が接触するかどうかだ。

 そして、こいつらを排除するタイミングだが、誰もいない裏通りにターゲットが入った時が良いだろうとトリプトンとパーカーは判断した。実は、工作班のバンが近くで待機しており、そのバンは、二人の行動にあわせてゆっくりと移動している。

『了解。追跡し、可能であれば即刻"除去"せよ』トリプトンは、そうスチュアートに返信した。

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