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暗殺司令

 11月7日 1003時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 木枯らしの風が吹く、この秋晴れの日。ユーロセキュリティ社のメンバーは、それぞれ情報を集めたり、その情報を精査したり、施設を警備したりする中、射撃場で黙々と一人の日本人が拳銃を撃っていた。

 柿崎一郎は、ワルサーPPQ/M2の弾倉を交換し、両手でしっかりとグリップを握り、15メートル先の標的に向けた。引き金を引くと、轟音と共にスライドが動き、9㎜のフルメタルジャケット弾の薬莢が飛び出す。実戦では、ハイドラショック弾やレンジャーSTXといったホローポイント弾を使うのだが、こういった弾薬は総じて高価なので、射撃訓練ではフルメタルジャケット弾を使うのが普通だ。

 このワルサーのトリガーは、極めて滑らかで、軽くて、キレが良く、撃っていて物凄く心地が良い上に、本当によく命中する。

 柿崎は、特に、射撃レーンで拳銃を撃つのが好きだ。周りに他人が居ない環境であれば、尚よろしい。勿論、通常のCQB訓練や野戦訓練を怠っている訳では無いが、柿崎にとってこれは、半ば、精神を落ち着かせるための座禅のようなものでもあった。

 ここのところ、情勢が静かなのか、特殊現場要員やその支援班が実働する状況になることが無い。勿論、それはそれでとても良いことなのだが、あれだけテロが続いていたと思ったら、急に静かになるというのも、また不気味でもある。

 今朝の情報部のブリーフィングによれば、ムゲンベの組織の追跡のため、アフリカに追加で"資産(アセット)"を送り込んだという。ジョン・ムゲンベは、いわば幽霊のような奴で、尻尾を掴んだと思いきや、いつの間にか、するりとその手から逃げ出しているような奴だ。

 柿崎は、やろうと思えば、路上強盗にやられたと見せかけてターゲットを排除するための訓練を受けてきたし、実際にそれを実行したことも何度かある。弾倉を1個分撃ち切った時、射撃レーンの扉が開いた。柿崎がそこに目を向けると、カート・ロックとジョン・トーマス・デンプシーが入ってきた。

「イチロー、いいか」

 柿崎はワルサーから弾倉を抜き、スライドを引いて固定するとホルスターに収め、射座に置いてあるパイプ椅子に座った。


 ロックはA4サイズの茶封筒を持っていた。それには赤い文字で『For Your Eyes Only』つまり"関係者向け黙読のみ可"という文字がプリントされている。ロックはその封筒を開き、中から3枚の写真を取り出した。その写真に写っている人物は、柿崎も何度か見た事があった。

「こいつらは知っているな」ロックが言う。

「ああ。まず、この禿げ頭。こいつはハンガリー人のハッカーで、アル=ファジルの右腕の一人だな。名前が確か、二コラ・ベギフ。そして、この肌の黒いちょび髭はオーランド・エムセバ。確か、この間、フィンランドの外交官をニジェールで襲った容疑者の一人だろ。それから、最後のこいつはマームード・アル・ビン・シャジール。イエメンの過激派だな」

「その通り。で、こいつらが、今、ドイツにいることが分かった。防犯カメラにハッキングしたら、シュトゥットガルトにこいつらが集合し、1週間で4回も3人で会っていることがわかった」

「ボス、ということは・・・・・」

 柿崎がデンプシーを見ると、デンプシーは自分の喉を横に親指でなぞる仕草をした。つまり、そういうことだ。

「わかりました。特殊現場班でやります。ハワードには?」

「もう話してある。だからお前に言いに来たんだ。やり方はお前たちに任せる。ただし、当局に見つからないように注意しろよ」

「当然です」

「だが、万が一、当局に暗殺現場を押さえられた時についての対応策も用意しておかないとな。それで、こいつの出番だ」

 デンプシーは、金属製の大きなケースを机に置き、暗証番号のダイヤルを回し、更に鍵穴にポケットから取り出した鍵を挿し込んで回す。ガチャリ、という音と共にケースが開く。その中には、ドイツ政府発行の恩赦状がぎっしりと収められていた。

「こいつは、連邦政府発行の恩赦状だ。今朝早く、法務省の副大臣が直々に届けに来た代物だ。いざとなったらこれを使え、だと」

「ひょえー、こんな代物まで用意するとは、政府の連中、相当本気ですね」

「まあ、これを使わずに済むに越したことは無いが、用心のためだ。ま、保険みたいなものだと思ってくれ」


 11月7日 1409時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 昼食を終えたブラックスコーピオンこと特殊現場要員のメンバーと情報部からの人員数名が、集まっていた。当然ながら、暗殺作戦についてのブリーフィングだ。

「ターゲットは3人。二コラ・ベギフ、オーランド・エムセバ、そしてマームード・アル・ビン・シャジール。やり方は任せるとのことだが・・・・・いつものやり方でいいか?」

 ブルース・パーカーはそう言って、特殊現場要員のメンバーの顔を見回す。パーカーに意見する者はいない。

「じゃあ、それでいいな。武器はナイフと警棒、それからトウガラシスプレーだな」

「ああ、それでいい。この中でどうしても拳銃を持っていきたい奴は?」

 ハワード・トリプトンがそう言ってメンバーの顔を見回したが、誰も手を挙げる者はいなかった。こういう作戦では、とにかく、ターゲットが通り魔か路上強盗にやられたかのうように仕留めなければならない。

「で、やった後は、財布やスマホ、アクセサリーの類を失敬する、と」とジョン・トラヴィス。

「ああ」

「だが、やり方はどうする?3人が集まっているところを一気に片づけるか?それとも、1人ずつやるのか?」マルコ・ファルコーネにとって、それが一番気がかりだった。

 トリプトンは腕を組み、やや考えた。

「1人ずつだ。その場で仕留めてもいいし、なんなら、一旦拉致してから、人がいないような場所で"処置"してもいい。それは、時と場合によりけり、だな」

「了解だ。ところで、ボス。そいつは作戦が終わったら政府に返却ですか?」ディーター・ミュラーがケースの中に入った、ドイツ政府の恩赦状に視線を向けて言う。

「いや、政府の使いの奴、それは好きにして構わないと言っていた。つまり、そういうことだ」

「わかりました。ところで、ターゲットの居場所の目星は付いているのですか?」山本肇が続いて質問する。

「ああ。既に情報部の人員を派遣して、奴らの潜伏場所を監視させている。勿論、定時報告も入ってきている」

「そいつは好都合ですね。ああ、そうだ。あと頑丈な車も4台程用意してもらえますか?そうですね。できればブッシュマスター耐爆装甲車がいい」そう意見したのはマグヌス・リピダルだ。

「ブッシュマスター?なんでそういうのが必要なんだ?」デンプシーは訳がわからない、といいった様子でリピダルを見る。

「場合に寄っちゃ"ひき逃げ交通事故"に遭うんですよ。奴ら」

「いい考えだ」ブルース・パーカーが頷いた。

「あと、死体はその場に残さない方がいいな。どこか郊外の、人が住んでいないような場所で焼却処分するのがいいだろう。現役の時、よくやっていた」デイヴィッド・ベングリオンのこの意見には、その場にいた全員が賛成した。

「それじゃ、マッチと、ガソリンも用意した方がいいか。そして、死体を運ぶための死体袋も」オリヴァー・ケラーマンが最後に付け足す。

「よし、作戦はこうだ。まず、ターゲットの行動パターンを監視して把握する。そして、一人ずつ、強盗にやられたかのように"処理"して、車で死体を郊外まで運び、最後は全部の死体を焼却処分。これでいいな」

 ハワード・トリプトンの一言で、作戦は決まった。とにかく、シンプルに。誰がやっても、やるべきことはわかりやすく。これが、対テロ作戦の基本中の基本だ。 

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