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強奪

 11月1日 0114時 ドイツ キール


 以前もこんなことがあったな、とハワード・トリプトンはヘリのキャビンの中で、真っ暗な夜空を眺めた。


 情報が入ったのは、つい2時間前のことだった。キールに不審な貨物船が入港したのだ。一応、今夜遅くに貨物船が入港する予定はあった。しかしながら、入港してきたその船が問題だった。入港の予定表にあったのは、インドネシア船籍の『パジャワ・マガルカット号』のはずだった。だが『パジャワ・マガルカット号』が停泊するはずだった16番バースには『バリチェルスヴィエ・ワリエフ号』というアルメニア船籍の別の貨物船が停泊していた。

 港湾職員が今夜の入港予定表を何度も確認したが、『バリチェルスヴィエ・ワリエフ号』なる船が入港する予定は無く、念のため、更に一週間前までと一週間後までの予定表も確認したが、そのような名前の貨物船が入港する予定は無かった。

 税関職員が警察に通報し、警官と税関職員、国境警備隊が船舶貨物立ち入り検査礼状の発行を待っていた。


「なあ、この間の余剰金、ボスはどうするって言ってたか?」

 口を開いたのはトム・バーキンだ。"ブラックスコーピオン"のメンバーは、作戦前には、雑談をして緊張をほぐすのが慣例になりつつある。

「余剰金?そんなのあったか?」

 ディーター・ミュラーは初耳だ、と言わんばかりにヘルメットとバラグラヴァの間の蒼い目をぐるぐる回す。

「あー、アレのことか?情報部の連中が、サウジアラビアの富豪から強奪した暗号資産のことだろ。それなら、よく洗ってから現金化して、情報部と特殊作戦部、警備部の一人一人にキックバックだと」

 ハワード・トリプトンが答えた。ユーロセキュリティ社には、株主や一般従業員には知り得ない闇資金が大量にプールされている。当然ながら、会社の表向きの会計には計上されないもので、その多くはテロリストキャンプを襲撃した時に得た現金や貴金属、テロリストの銀行口座へハッキングすることで強奪した資金などだ。

「そう言えば、イエメンのテロリストキャンプに突入して、たっぷり頂戴した金塊とダイヤモンドがあったな。鑑定してもらったところ、ダイヤはナミビアの正規流通品だったな。あれはどうするとボスは言っていたんだ?」

 柿崎一郎が会話に加わる。

「ボス曰く、ああいうのは、一度に全部現金化したら、当局に怪しまれる。だから、市場価格を睨みつつ、小出しで売り捌いた方が良いんだと」

「なるほど、賢いねー。流石はボスだ。俺とは頭の造りがまるで違う」


 デイヴィッド・ネタニヤフにとって、まさに"ブラックスコーピオン"は天職だった。若き日のネタニヤフは、学校の成績は酷いもので、小学校から高校まで、成績順ならば、常に下から数えた方がすぐに名前が出てくるような生徒だった。


 だが、大柄でがっしりと筋肉だけが発達していった10代の頃のネタニヤフは、学校なんてものにはとっととおさらばして、兵役に就きたかった。両親からも『お前は軍人か警察官、消防士くらいにしかなれないだろう』と言われていたし、ネタニヤフ自身、軍、特に特殊部隊に対する憧れは非常に強くいだいていた。


 やがて、ネタニヤフは陸軍に入隊してかなり早い時期に『特殊部隊への適性が極めて高い』と推薦を貰った。やがて、同時最年少でサイェレット・ゴラニの隊員となり、10年間、特殊作戦に従事した後、ユーロセキュリティ社に引き抜かれたのだ。

「そろそろ着陸するぞ。準備しろ」

 機長のハリー・パークスの声に、キャビンにいる全員が武器のグリップを握った。


11月1日 0122時 ドイツ キール


 問題の貨物船の船員は、令状を見せたにも関わらず、まだ沿岸警備隊の隊員と海軍の憲兵に抵抗していた。

 憲兵たちはNATOの『特殊班』が早く来てくれないか、やきもきしていた。と、いうのも、上層部からは『特殊班』が来るまでは、通常の捜査令状を用いた臨検のていでやれ。但し『特殊班』が到着したら、好き勝手押し入って船員を拘束し、積み荷を押収せよ、との命令を受けていたからだ。


 やがて、ヘリの羽音が聞こえてきた。憲兵はブラックホークの系統のヘリだ、と、その音を聞いただけでわかった。

「ゲルプ軍曹、例の『特殊班』が来た。パーティーの用意しろ」

『了解です、大尉』


 "ブラックスコーピオン"の専用ヘリである、コールサイン『ブルーホーク』及び『ゴールドホーク』は、港の片隅に着陸し、ローターを止めた。周りでは、既に完全武装したドイツ陸軍の憲兵隊と沿岸警備隊の立ち入り検査部隊が『VBSS』の腕章を付け、HK416を手に整列し、貨物船に向かっていた。


 ハワード・トリプトンがヘリから降りると、真っ直ぐ司令部になっているテントに向かった。そして、トリプトンを迎えたのは意外な人物だった。

「おや、グリーンベレーを辞めたと思ったら、こんなところで出会うとはな」

「なぁに、偶然さ」

 テントの中にいたのは、ハンス・バラック。元KSKの少佐で、トリプトンとは旧知の関係だ。

「今は何で憲兵隊にいるんだ?ハンス。お前並みに優秀な奴なら、KSKはなにがなんでも手放さないと思うがな」

「そこは、まあ、人材育成のため、だとよ。上層部は、KSKの隊員を教官として憲兵隊や空挺部隊、更には工兵に送れとせっついてね」

「なるほど。状況は?」

「入港予定に無い貨物船が、真夜中に現れた。俺たちは、そいつの中に押し入って、船員を拘束、中にある物を捜索して、違法な物、例えば、武器とか薬物とかカネとかを押収する準備をしている。さて、お前らが来たという事は、俺たちは命令通り、あの船の中を好き勝手捜索できるということだ」

「よし、始めよう」


 トリプトン率いるαチームは、ガチャガチャと音を立てながら武器の用意を始めた。武器はドイツ陸軍憲兵隊が持っているものと同じHK416だが、光学照準器のタイプが違うのと銃口にサプレッサーが付いているのが相違点だ。

「ハワード、こっちはOKだ。そろそろ始めるぞ」

 柿崎は、HK416のチャージングハンドルを引いて弾倉から5.56mmAPM弾を薬室に送り込み、セレクタースイッチが『安全』の位置にセットされているのを確認した。

「よし、では待ちに待ったパーティーだ。始めるぞ」


 11月1日 0134時 ドイツ キール


 トリプトンたちの姿を見た途端、ゴネ続ける船員たちに応対していたドイツ海軍の憲兵たちの態度が一変した。憲兵はいきなり船員の腕を捩じり上げ、手錠で拘束する。船員はマレー語で何やら喚きたてたが、憲兵たちは全く気にしない。そして、憲兵の一人がトリプトンたちにただ一言「好きにやれ」と言い放つ。トリプトンは「喜んで」と言って、ズカズカと貨物船の中に押し入った。


 11月1日 0135時 ドイツ キール バリチェルスヴィエ・ワリエフ号 船内


 トリプトンたちはやや間隔を空けて船内に入った。それを見ていたまだ16歳か17歳くらいの少年の船員が、ぎょっとした表情でこちらを見る。トリプトンに続いて進入した柿崎が素早く、柔道の大外刈りをその少年に仕掛けて床に倒し、両手両足をプラスチック手錠で拘束し、目隠しをする。

「オスカー、クリア」

 味方はフォックス、敵はタンゴ、そして敵味方不明の第三者はオスカーとして識別される。今回の作戦でそう取り決めていた。

 トリプトンと柿崎は、拘束した少年のボディチェックを行う。すると、腰のベルトにベレッタ92Fのコピー品と思しき拳銃と、その予備弾倉を挟んでいるのを確認した。

「ブルース、トリプトンだ。オスカーを1名発見、拘束した。どちらも武装している。他にも武装したオスカーがいるかもしれないから注意しろ」

 トリプトンが無線機に向かって、低く、静かに囁いた。予想していない事態ではない。寧ろ、問題なのは、船員というよりは、船員に密輸に関わった組織の人間が紛れている可能性がある点だ。

『了解だ。オスカーに注意しつつ、見つけた場合は拘束する』


 ブルース・パーカーは貨物船のコンテナの一つの前に立っていた。その傍らには、プラスチック手錠で両手両足拘束された船員が二人、床に転がされている。問題は、そいつらは一見、ただの船員に見えたが、両人とも腰のベルトにNZ75半自動拳銃を差していたのだ。更に、ズボンのポケットには、9㎜フルメタルジャケット弾が入った予備弾倉も2つ、隠し持っていた。

「トリプトン、こちらパーカーだ。オスカー2名拘束。拳銃で武装していた。他にも武装している奴らがいるかもしれん」

『了解だブルース。それと、わかっているだろうが、向こうが銃を向けてきたら、オスカーだろうがタンゴだろうが、排除して構わんからな』

「ああ、当然だ。では、一旦、交信終了」

「ブルース、こいつ、鍵を持っているぞ。多分、コンテナのやつなんじゃないのか?」

 マグヌス・リピダルが拘束した船員から鍵束を奪い取っていた。鍵束には5つの大きな鍵が纏められている。

「よし来た。じゃあ、この鍵に合うコンテナを探し出して、中身を確かめるとしよう」

 船員は何語かわからない言葉で抗議の声を上げていたが、パーカーは無視してコンテナの鍵穴に鍵を差し込む。鍵はあっさりと回り、錆びついた金属が擦れる音と共にコンテナが開く。

「さて、中身は、と」

 コンテナの中には、真ん中が通路になるようにスペースが空いた形で、左右に大きめの木箱が幾つも重なっていた。そして、その木箱はこれまた大きな油紙で蓋がされている。

「おやおや?こいつはなかなかのデカブツみたいだな。おい、だれか手伝ってくれ」

 パーカーとオリヴァー・ケラーマンが木箱のうちの一つを下ろした。木箱の大きさは、見た目で見積もったところ、高さが約50cm、幅約70cm、長さが約1m50cmといったところか。ケラーマンが箱に蓋をしている油紙を丁寧に開くと、AKが箱の中に積まれているのがわかった。

「おい、こいつはカラシニコフだ。他にも何かあるか?」

 ケラーマンが別の荷物を調べているジョン・トラヴィスの方を見て言う。

「ああ。この木箱には、ベレッタ92?いや、刻印から判断するに、トーラスPT92だろう。ブラジル製のコピー品だ」

「さて、これでこの船がクロだってことは確定したな。沿岸警備隊の連中に引き継ごう。容疑は違法な武器の密輸及び免許の無い武器の所持でな」


 11月1日 0258時 ドイツ キール


 それからが慌ただしかった。陸軍憲兵隊と沿岸警備隊の連中が『バリチェルスヴィエ・ワリエフ号』の中をくまなく捜索し、乗っていた連中全員を武器の違法所持及び密輸の疑いで現行犯逮捕し、警察に引き渡した。船は当然ながら、当局によって差し押さえとなり、捜査が完了するまでキール港に留め置かれることになるだろう。

「カラシニコフならまだしも、RPGにグレイル、セムテックスに手榴弾、迫撃砲まで密輸しようとしてやがる。幸い、化学兵器の原料は無かったみたいだが、完全に違法な武器の密輸だ」ハワード・トリプトンは貨物船を見上げて言う。

「問題は、この密輸に関わった連中が何者で、この武器で何をしようとしていたか、だな。密輸品の写真、撮ったか?」柿崎一郎が山本肇の方を見て言う。

「当然だ。ここがソマリアとかイエメンとかだったら、この武器を丸ごと頂くところだが、ここがドイツなら仕方が無い。当局の連中が違法行為の証拠品として押収するなら、それに従うしかないさ」

 やがて、スマホで何やら話していたブルース・パーカーが片手を上げて柿崎たちに近づいてくる。

「ボスから後は当局に任せて撤収しろとのお達しだ。帰って軽く報告書をまとめたら、4日の0800時まで休暇で良い、だとよ」

「了解だ。情報部に写真は送ったか?」

「勿論だ。それじゃ、俺たちは引き上げるとしよう」


 2機のHH-60Gがローターを回し、ゆっくりと夜空へと飛び去って行った。その下で、沿岸警備隊の隊員たちが拘束した容疑者を連行し、更に詳しく船内を調べるために立ち入り検査部隊を再編制している。

 トリプトンはキャビンの中で、少し残念な気持ちでいた。もし、当局からの協力要請で無ければ、これらの武器は全て持って帰って検分し、使えそうなものは全てユーロセキュリティ社の武器庫に入れるのだが、今回はドイツ沿岸警備隊が違法な武器の密輸の容疑の証拠品として、全て押収してしまったからだ。

 カラシニコフもRPGも腐るほど武器庫に入れてあるが、それでも、グレイルにRPGとその弾頭は是非とも欲しいところだった。東側の武器は、特に、正体を隠しつつ、武器を現地に捨てて帰る事態になる可能性が高い作戦に向いている。

 さて、今回の件はどう考えても超過勤務だ。明日以降は、また平穏になって欲しいものだが、絶対にそうなってはくれないことをトリプトンは知っていた。

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