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The Easy Day

 3月12日 0912時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 いつもと変わらない朝だ。先日のタンカー事件から、もう一週間が経ったのだ。トリプトンは本社の要塞のような壁に囲まれた、敷地を見回す。相変わらず、武装した警備員がシェパードやドーベルマンを連れて巡回している。例のタンカー事件の後、テロ事件は鳴りを潜めていた。彼は先ほどまでランニングをしていて、次は射撃訓練、というメニューに移ろうとしていた。タンカー事件の後処理はE・I社とロイズ保険が行った。近年はテロが過激化し、多くの大企業がテロ・戦災保険に加入し、PMCに警備を委託するようになってきたが、今後はますますこのような動きが加速するだろう。だが、ヨーロッパが標的になったのは2012年のロンドンの連続爆破テロ以来のことであった。だが、きな臭い匂いが消える気配は無い。ロシアでは、つい昨日、爆破テロがあり、トルコでもクルド人テロリストが政府高官を暗殺した。今日の現場要員の会議は無くなり、全てのスケジュールが訓練に当てられることになった。


「突入5秒前・・・4、3、2・・・突入!」

 ドアが開くと同時に部屋の中にスタングレネードが投げ込まれた。1.2秒後に凄まじい閃光と轟音が発生し、すぐにゴーグル、バラグラヴァ帽、黒いツナギを身につけ、FN-57を持った男たちが飛び込み、AK-47のモデルガンを持ったマネキンを撃ち始めた。撃ち込まれた弾丸で、マネキンの顔面や後頭部が割れる。サプレッサーを使っていたため、銃声は抑えられ、代わりに陶器に鉛弾がめり込む音が響く。

「クリア!」

「クリア!」

「オールクリア!」

 銃撃が始まって、ものの3秒で終了した。破壊されたマネキンと空薬莢がそこら中に散らばっている。声をかけたのは、元デルタフォースのクリス・キャプランという男で、ツルツルに剃り上げた頭と白い口髭がトレードマークの教官だ。

「よし、いいタイムだ。ところで、デンマークじゃ大変だったみたいだな」

「ああ。特殊部隊員が殺されるわ、プルトニウムは奪われるわ、踏んだり蹴ったりとはこの事だ。奴らがアレをどこに持ち去ったのか、全く見当も付かない」

 βチームのリーダー、ブルース・パーカーが答える。

「事件という意味では、アレ以来、ここんところ目立ったトラブルは起きていないが、またいつ何が起きるかはわからんな。ボスは今日はNATOのお偉いさんたちと会談らしい。まーあ、事務処理関係でトラブルが起きるとしたら、今日の午後以降になるな・・・・」


 3月12日 0934時 ドイツ 国防省


 ジョン・トーマス・デンプシーは会議のために国防省のゲート前にやって来た。今日、会談する相手はフランス陸軍司令官とドイツ空軍司令官、それからNATOの副司令官だ。かつて、SASにいた頃と比べて、PMCを立ち上げてからの方が国防省に出入りする回数が増えた。とは言え、こっちはドイツであっちはイギリスだったのだが。


 デンプシーは乗っているニッサンのレンタカーを来客用駐車場に向かわせた。ふと、前を見ると小さなNATOの旗が掲げられた真っ白なベンツが丁度、同じ所に向かっているところだった。デンプシーの現役の兵士だった頃の給料では、一生分働いても買えなかったであろう。今では、楽々買うことができるが、彼にはそんなステータスは何の意味もなさなかった。デンプシーにとって車というのは、あくまでも交通手段の1つに過ぎず、高級車を買うくらいならば攻撃されたり、事故に遭ったりした時に、自分や同乗者の身を守れるような頑丈で、ある程度の不整地でも楽々。そんな車を選ぶ。普段乗っているハマーのダッシュボードには、いつも持ち歩いているハイドラショック弾を装填した20発入りマガジン付きのシグザウエルP226と予備のマガジンが4本入っていて、いざという時でも身を守ることができる。駐車場のゲートに近づくと、G-36Kで武装した兵士が近づいてきた。デンプシーは彼に身分証と書類を見せた。兵士は一度、それらを持って詰め所に戻ってから確認を完了すると、デンプシーに先程の書類と来館証を渡して、"行っていい"と手で合図した。デンプシーは片手を上げて、車を駐車場に向かわせた。


 デンプシーは案内係の少尉に連れられて会議室へと向かった。中では軍服姿のNATOの将官が数名、既に着席している。彼は、パッと彼らの制服を見ただけで、どの国から来た人間なのかすぐにわかった。こうして立派な徽章や勲章を胸につけた軍服姿の人間が並んでいるのを見ると、ただの黒いスーツとネクタイという自分の格好が、かなり場違いに感じる。デンプシーが着席すると、給仕係の少尉がコーヒーの注文を聞いた。砂糖を2つ、クリーム抜きと注文したデンプシーには、その少尉はまるで高校を卒業したばかりのように見えた。

「さて」NATOの副司令官であるハインリヒ・シュナイダー中将が口を開いた。「人が揃ったことだし、始めるとしよう。デンプシー君、先日は大活躍だったそうだな」

「あれは部下が優秀だったおかげです。しかし、問題なのは数名逃してしまったことです」

「今のところ、例のテロリストはデンマーク軍および警察、ノルウェー軍、イギリス軍が追跡しているが、途中で見失ったらしい。依然、手掛かりは無し。では、本題に入ろう」

 シュナイダーが話題を切り替えると、スペイン海軍の准将が立ち上がり、会議室のスクリーンにスペインとポルトガルの地図が表示された。そして、沿岸部にいくつかの赤い点が付く。

「MI6とDGSEが、南ヨーロッパに対するテロ攻撃の可能性を幾つか捉えた。不審な貨物が現地時間今日未明、ポルトガルとスペインで押収された。中身は大量のセムテックスとダイナマイト、そして、これが問題だが、かなりの量のポロニウムとセシウム、ストロンチウムが混ぜられいて、爆発したら、放射能汚染で大惨事になっていただろう」

汚い爆弾(ダーティーボム)か」

 デンプシーが呟く。

「問題は、これだけでは無い可能性があるということだ。調べた所、送り主不明の貨物がアフリカや中東からイタリア、マルタ、キプロス、サンマリノ、モナコに送られていること。これらの貨物がそれぞれの場所に同日、同時間に到着する予定である、ということだ」

 再び、スクリーンの地図の攻撃目標と考えられている場所に赤い点が付く。

「これを送りつけた人間は、同時多発テロを起こす気だ。そして、ポルトガルとスペインの件は"試し撃ち"といったところか。例の貨物が届くのはいつの予定なんだ?」

 デンプシーが言う。

「船便で届く。予定は1週間後。他の貨物、つまり金属製品や食品と一緒に送られているのが厄介なところで・・・・・」

「先回りして、押収すればいいだろう。それに、これは警察や軍の仕事だろう?何故、我々と関わりがあるのかね?」

「実は・・・・恥ずかしながら、我々は人手不足でね。現場全てに回せるほど、人員を確保できていないんだ」イタリア陸軍の将軍が言う。

 これにはデンプシーは閉口した。今、NATO、特に欧州の軍はアフリカや中央アジアに部隊の多くを派遣しており、自国の防衛が疎かになりつつあったのだ。これは、各国の議会で追求されているが、根本の原因は数年前、欧州各国がこれまた議会のせいで、大幅な軍縮と情報機関の規模の縮小を迫られた事に起因する。鉈を振っといて、いざ危機的状況となったら、過去に自分たちが原因だったのを棚に上げて、危機管理がなってないとまるでコントのような状況になっていた。

「それで、我々には何をしろと言うのです?」

 これにはイタリア海軍の将軍が答えた。

「君らの部隊の規模がどれくらいなのかは我々だって把握している。そもそも、君らを『創った』のは我々なのだからな。君らには、我々の手が回らない部分、具体的言えば・・・・・ここ。マルタの港の警備を担当してもらう。交戦、という事態も考えられるから、現場の人間には武器の携帯も許可しよう。マルタ警察と軍には、君らが武装して協力してくれるだろう、と連絡を入れておこう。以上だ」

 会議はそこで解散となった。新たなテロの脅威がヨーロッパに迫っている。デンプシーには、どうもこれだけでは済まないような気がしてならなかった。

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