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真夜中の観察者

 10月14日 1832時 ドイツ レーオンベルグ郊外


 2機のMH-60Lがひと気が殆どない郊外の河原の上で、ほんの10cm程浮いた状態でホバリングを始めた。キャビンのドアが開き、中からブラックスコーピオンの隊員たちが出て来た。

 河原には、既にユーロセキュリティ社の支援部隊が展開し、至る所にテントが張られ、タンクローリーやトラックなどが止められている。


 支援部隊の隊員は武装は拳銃とコンバットナイフ、特殊警棒、催涙スプレー、テーザー程度だが、不足の事態に備え、トラックの中にはHK416自動小銃とM110狙撃ライフル、更にはM249分隊支援火器まで積まれていた。

 ヘリが着陸し、ローターとエンジンが完全に停止すると、整備班の隊員が近づき、機体のアクセスパネルを開いて必要な部分を点検していく。それと同時に、燃料の補給も始まった。


 ハワード・トリプトンと柿崎一郎はテントのうちの一つの中に入った。テントの中には大きなテーブルがあり、そこにターゲットの周辺の地図が置かれている。その地図とにらめっこをしているのが、作戦運用部のアンリ・デュプレックスだ。

「よう、アンリ」

 デュプレックスはトリプトンと柿崎の方を見て、軽く手を上げ、地図を見るように指示した。地図のターゲットは赤丸で印をつけられ、周囲には青ペンで凸の字が書かれている。この青い印は味方の偵察部隊が展開している位置だ。

「やっと着いた、ハワード。作戦開始までまだかなり時間があるが、我々はもう偵察班にターゲットの様子を見張らせている」

「偵察班の隊長は?」

「ダニエル・トマイチク。フォースリーコン出身の腕利きだ。それと、無人機も用意してある。スカイレンジャーR60にRQ-11Bレイヴンだ。いざ攻撃が始まったら、我々はそれで君らを支援するって訳だ」

『こちら"ワーム"、ターゲットに動きなし』

『こちら"スコルプ"、異常無し』

『"スパイダー"、特段動き無し』

『"フライ"異常無しだ』

『"ホーネット"、動きは確認できず』

 偵察班からの定時連絡なのだろうか。無線機から次々と声が流れてきた。話によれば、偵察班は全員狙撃手で、こうした監視任務には慣れっこなのだそうだ。

「狙撃手は何を持っている?」

 トリプトンの質問にデュプレックスが答える。

「サコーTRG-21。予備にはM110と拳銃を持っている。穴倉を掘って、ずっと監視中だ」

「他には?」

「新しく買った赤外線カメラとX線カメラ、サーモグラフィを用意している。そいつを使えば、建物の中を外からでもある程度は確かめることもできる」

「そいつを使った結果は?」

「中は無人みたいだが、油断はできない。それに、ここの"住人"が帰ってくる可能性もある」

「言えてる。それに、当局の連中が踏み込んで来ることに備えて、室内にブービートラップを仕掛けている可能性もある。だから、新しい赤外線センサーとX線カメラを使って中を探る。それと、ドアを開けるときはセムテックスで吹っ飛ばす。下手にドアをこじ開けたら、ドアとワイヤーで繋がった爆弾でドカン、だ」

 トリプトンは頷いた。デュプレックスの言う通り、プロのテロリストならば、隠れ家に当局の連中がいずれ踏み込んでくるのは織り込み済みだろう。

「まずはこいつを使おう。遠くから見張れるし、音も静かだから敵に気づかれにくい。だが、スマホの圏外に入った途端、操作不能になってしまうのが欠点だ」

 デュプレックスが差し出したのは、小さなクアッドコプター式のドローンだ。これはスマホやタブレット端末のアプリで操作することができ、高解像度CCDカメラと赤外線カメラを装備している。

「なるほど。そいつはいい。それにしても、地元警察の連中、俺たちみたいなPMCに縄張りを荒らされるのをよく我慢しているな」

 デュプレックスはGIGN出身なので、警察組織が外部から来た連中がずかずかと踏み込んでくるのを嫌うことをよく知っている。

「そいつは言えているが、プロのテロリスト相手にあいつらが対処できると思うか?」

「確かに」

「ドローン以外に用意している物は?」

「爆発物処理ロボットだ。カメラも付いているし、勿論、リモコンで遠隔操作もできる。これでスタングレネードを投げ込んだり、MP5を搭載したりはできないが」

 トリプトンとデュプレックスが話し込んでいる間、柿崎はテントの中にある椅子の一つに座り、机の上のパソコンの画面をじっと見ていた。パソコンの電源ケーブルはガソリン式の発電機に繋がっており、ほぼバッテリー残量を気にすることなく使い続けることができる。ポケットWi-Fiも持ち込んでいるので、こんな辺鄙な場所でも高速でネットに接続することもできる。

 ターゲットからこの前方展開キャンプまでの距離は、およそ50km。ヘリを使えば何のことは無いが、20kg近いフル装備を背負って移動となると、決してきつすぎるという訳では無いが、体力の消耗を考えると、歩くのは賢いとは言えない。ここにあるジープやトラックを使って、もう少し近くまで接近しておきたい。

「ターゲットまでちょっと遠いな。何かしらの手段でもう少しだけ近づきたい」

「ああ、それなら問題ない。ついてきてくれ」


「こいつだ」

 デュプレックスがトリプトンと柿崎に見せたのは、二人乗りの電動バギーだ。これがざっと40台は並んでいる。

「バッテリーは充電済み。予備も1台につき2個付いている。電気式だから音も静かで、他の人間にも気づかれにくい」

「こりゃいい。うちの装備部は、作戦に必要そうなものは前もって用意してくれるし、何より仕事も早い」

 トリプトンはバギーをさっと見て、上機嫌な口調で言う。

「さて、ターゲットまでの『足』はこれで決まったな。後はターゲットの様子だが・・・・・」

そこで、たむろしている三人組に、一人の女性が近づいてきた。彼女の名はガブリエラ・ラヴィアン。イスラエル国防軍のエリート部隊、ゴラーニ旅団の出身だ。

「楽しく会話しているところ悪いけどお客さんよ。こっちに2台のバンが向かっているって、監視チームからのお知らせ」

 3人は急いで作戦司令部となっているテントに駆け込んだ。


 10月14日 1904時 ドイツ レーオンベルグ郊外


『"スパイダー"より本部。タンゴ1、2共にターゲットに向かっている』

暫くの間。

『"スコルプ"より本部。タンゴ1、2共にターゲットの前で停止。中から・・・・4人だ。一人がウージかイングラムらしき銃を持っている。3人は男、1人は女だ』

「本部より"スパイダー"、"スコルプ"。監視を続けろ。指示があるまで撃つな」

デュプレックスがマイクに向かって呼び掛け、振り返ってトリプトンを見る。

「さて、どうする。暫く監視して、連中が集まったところを一網打尽にするのが良いだろうな」

「もう少し待とう。奴らが油断して、反撃しづらくなっているタイミングを待ちたい。例えば・・・・」

『"スコルプ"より本部。タンゴは4人とも同じ場所を行ったり来たりしている。こいつらを歩哨と確認』

『"スパイダー"より本部へ。キャンピングカーがこちらに3台向かって来ている。これよりタンゴ3、4、5と識別』

「本部了解。"スパイダー"、そいつから目を離すな」

『"スパイダー"了解。今のところ、ターゲットはさっきのバンと同じ道を辿っている』

「本部より"スパイダー"へ。そいつらから目を離すな」

 作戦本部は車道からかなり離れたところに設置したため、こいつらからテントやヘリを目撃される恐れは無いが、いざという時に駆け付けるにはヘリで向かう必要がある程距離が離れている。

『"スパイダー"より本部へ。3台はこっちの視界から外れた』

『こちら"スコルプ"、タンゴ4から6を全て視認。ターゲット前に停車した』

 やがて、キャンピングカーから合わせて10人が出てきた。武器は確認できない。

『"スコルプ"より本部へ。10人がターゲットに向かう。非武装だ。監視を続行』


「さて、どうする?こいつらを放っておく訳にはいかないが、かといって今、強行突入も難しい」

 デュプレックスがお手上げだと言わんばかりの様子でトリプトンと柿崎を見た。

「こいつら、今夜はここで泊まるのか、それとも用が済んだら引き上げるのか、そこが肝心だな」

 トリプトンが狙撃手が持つカメラから送られてくる映像を見て言う。

「暫くは監視を続けよう。もし襲撃するならば、真夜中から明け方前。奴らが疲れて寝ているところがいい。こっちは交代要員がいるから、休み休み、体力を温存しながら対応できる」

 特殊現場要員のうち、ブルース・パーカーが率いるβチームは現在、休憩をしている。

「ちょっといいか。奴らが寝静まっている可能性があるなら、これは寧ろチャンスだ。歩哨をサプレッサー付きのライフルで排除して、家の換気口から麻酔ガスをたっぷり流し込んで無力化する。俺たちは化学防護装備を持ってきているから、影響を受けずに済むはずだ」

 柿崎がトリプトンとデュプレックスに提案する。

「よし、それで行こう。まずは、本社に連絡して、麻酔ガスをヘリで空輸してもらおう。あまり近いと敵に気づかれるから、近くのヘリポートで受け取って、作戦開始だ。では、早速準備に取り掛かるか」

 柿崎はポケットからスマホを取り出し、電話帳からユーロセキュリティ社の資材管理部に電話をかけた。

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