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 10月14日 1711時 ドイツ シュトゥットガルト ユーロセキュリティ社


 ユーロセキュリティ社の特殊現場要員がヘリポートに整列していた。ヘリポートにはMH-60Lと武装を施されたAH-6J、ベル412EPIが整備員から点検を受けている。また、特殊現場要員の他、作戦支援部隊、破壊工作部隊、航空統制部隊が並んで装備を点検していた。

 作戦の司令が下されたのは、つい今朝のことだった。NATOから、ドイツ国内にテロリストの拠点らしき建物を複数確認したので、制圧に向かえと指令が出たのだ。KSKとGSG-9から選抜されたチームが編成され、出動する予定だったが、どうも人員が足りない状況になり、そこで白羽の矢が立ったのがユーロセキュリティ社という訳だ。


 ハワード・トリプトンはヘリポートにいた人物に近づいた。その人物は破壊工作部隊の隊長であるホーマー・トレンチだ。トレンチはグリーンベレーの工兵部隊出身で、発破から架橋まで様々な工作に精通している。

「やれやれ、また俺たちが雑用係か。どうして軍の連中だけじゃダメなんだ?」

 トレンチがトリプトンに向かって吐き捨てるように言った。トレンチの装備はMP-7サブマシンガンとグロック19、他は全て爆発物や工具などだ。

「トカゲの尻尾切りだよ。奴らからしてみたら、簡単にいいように扱えるし、何か失敗したら簡単に俺たちに責任を擦り付けられる。それ以上に、特殊部隊員は人材不足だとさ。おいそれと適正な人間を見つけるのも難しいし、育成するにもカネと時間がかかるからな。それなら、一旦リタイヤしたが、現役で戦える人間に依頼した方が手っ取り早い」

「ちっ、くそったれが」

 トレンチは大きな背嚢を背負い、部下たちに合図した。爆薬を持った破壊工作部隊の隊員たちが、ベル412EPIに分乗する。

 破壊工作部隊と後方支援部隊を乗せた412EPIがふわりと浮いて、夕焼けの空へと飛び去って行った。UH-1に形は似ているが、ローターが4枚なのでバタバタとした独特の音はせず、比較的静かなローター音が鳴る。ヘリは最低限のアンチコリジョンライトだけを点灯させているため、緑色と赤色の光の点となって目的地を目指した。


 特殊現場要員を運ぶのは、勿論、コールサイン"ゴールドホーク"と"ブルーホーク"の2機のMH-60Lだ。航空支援はGAU-19ガトリングガンを搭載した4機のAH-6Jのみとなる。ターゲットの建物は市街地から遠く離れた田舎にあるものの、周囲に人が全く住んでいないという訳でもない。そのため、ハイドラ70ロケットやヘルファイアミサイルは使用できないと作戦運用部は判断した。

 全部で10機。これだけ多くのヘリコプターが飛ぶとなると、住民の注意を引きかねないが、緊急時なので仕方あるまい。どうせ、KSKとGSG-9も同様にヘリで移動しているのだから。

 ヘリを使うとはいえ、かなり長距離移動になるとのことなので、途中、ドイツ軍が用意している補給地点で燃料を補給することとなる。目標地点に辿り着くころには、周囲は真っ暗になっているはずだ。寧ろ、その方が"ブラックスコーピオン"にとっては有難かった。


 10月14日 1714時 ドイツ ザンクト・アウグスティン


 ダークグリーンに塗られた4機のベル412EPIが特徴的な羽音を立て、ゆっくりと離陸した。機内には、HK416カービンとグロック17、HK512散弾銃を持つGSG-9の隊員が搭乗している。

 特殊部隊員の人員不足は深刻だった。基本的に、ドイツ政府は国内でのテロの対処にはGSG-9を派遣し、KSKは海外でのドイツ国民の保護などを担当するという仕組みを続けていたが、ここ数か月の欧州におけるテロの状況から、国内での対テロ活動もKSKの任務に追加された。

 GSG-9のメンバーは完全に押し黙っていた。必要なことは、全て作戦前ブリーフィングで確認済みだ。途中、完全武装したEC665タイガー攻撃ヘリと合流し、援護を受けることになっている。

 

 ここのところ、テロリストの野郎どもに先手を取られ続け、つい先週末、ロンドンで多くの犠牲者が出たばかりだった。

 これほどまでに早く報復の機会が巡ってきたのは意外だった。後は、情報部の連中がきちんと正しい情報を寄越してきたことを祈るだけだ。情報部の失態で、容疑者を逃してしまった事は数えきれない。この間、フランスの国家憲兵隊介入群(GIGN)との共同作戦で、ロレーヌ地方の某所にあるとされていたテロ容疑者のアジトを急襲したとき、フランス対外情報局(DGSE)の連中の失態により、そこは慌てて逃げ出したテロリストが残していった、7.62mm×39小銃弾1発が床に置かれているだけだった。

 そこのクローゼットや机の中、床下まで探りを入れたが、他には何一つ手掛かりになりそうなものは残っていなかった。


 GSG-9の攻撃部隊の隊長、ヨハン・シュナウゼルはデジタルの腕時計の文字盤をちらりと見た。ヘリは一旦、民間のヘリポートに着陸して、燃料を補給しつつ、攻撃開始時間になるまで待機する。攻撃目標は地元警察と警察特殊部隊のSEKが周辺を封鎖しつつ、監視している。

 もし、隠れ家にテロ容疑者がいた場合、突入直前まで気づかれるのは避けたい。そうなった場合、テロリストは裏口から逃げ出すか、最悪、こちらに向けてカラシニコフをぶっ放して来るだろう。

 だが、そんなことを考えていても意味が無いことは、シュナウゼル自身が良くわかっていた。だから、いつもの訓練通り、余計な事は考えずに敵を制圧すれば良い。この日のために、厳しい訓練に励んできた。


 10月14日 1736時 ドイツ シュトゥットガルト上空


 2機のMH-60Lと4機のAH-6Jが静かに薄闇の中を飛び続けている。ドイツ陸軍が用意した補給地点までは、もうしばらく飛行し続けねばならない。


 コックピットの中で、ハリー・パークスは飛行高度と方向を改めて確認した。送電ケーブルの殆どは地下にあるコンクリートのパイプの中を通っているが、大都市から外れた一部の地域では、未だに鉄塔と高圧線が聳え立っている。

 これらの送電網は、特に、夜間、低空飛行する特殊作戦ヘリにとっては最大の難敵の一つと言っても良い。過去には、送電線に気づかないまま衝突し、死亡事故も起きている。

 当然ながら、パークスらヘリクルーたちは、周辺の送電網の高度を徹底的に調べ上げ、飛行計画においても下限高度を決めて飛行に臨んでいる。

「こちらブルーホーク。全機、高度に注意しつつ、ゆっくり飛べ」

『キラービー1了解』

『ゴールドホーク了解』

 ロバート・グレインジャーはヘリの電波高度計に目をやり、そして飛行服の太腿に括り付けたフライトデータを書き込んだ大判の野帳に目を落とす。そこには、下限高度や作戦行動を行う現地の地形図、その他注意事項が書き込まれている。

 パークスは左手首に身に着けた、ブライトリングの腕時計に目を落とした。作戦行動の時間は1分単位で細かく決められており、遅れることは勿論、先行しすぎるのも許されない。と、言うのも、今回の作戦は、別々の拠点に潜む容疑者が攻撃された途端、別のアジトにいる仲間に連絡を取る隙を与えないことが重要になるからだ。

 今のところは、全て時間通りに作戦が進んでいる。しかしながら、不測の事態は常に起きるものだ。まず、警戒しなければならないのは、目標に到達した途端、敵が携帯式地対空ミサイル(MANPADS)を放ってくる可能性があること。そして、12.7mmや14.5mmの重機関銃で攻撃してくることが上げられる。いくら防弾板を追加した特殊作戦用のヘリコプターであっても、防御性能には限界もある。そのため、SA-16やスティンガーの射程圏に入る前に隊員を下ろし、上空援護を行う。

『キラービー1より全機へ。間もなくチェックポイント・アルファ・スリーを通過する。高度、飛行経路、燃料の確認を行え』

 パークスはヘリの計器盤、もとい多機能ディスプレイに目をやり、続いて野帳を見た。問題無く、高度も残燃料も問題無い。

 一方で、副操縦士のロバート・グレインジャーが使っているのはタブレット端末だ。こちらの方は、灯りが無くとも内容を確認することができた。


 ヘリのキャビンにいる特殊部隊員たちは、ただじっと静かに座っているだけだった。行動を始めるタイミングは把握しているし、何より、体力を温存しておく必要がある。拠点を攻撃し、撤収するだけの任務なので、強行突入用の装備以外は身に着けていない。

 この作戦において、幾つか決められている部分があった。まず、目標にテロ容疑者がいた場合はただちに制圧、または拘束すること。誰もいなかった場合、パソコンやHDD、その他書類、更に武器弾薬類などを全て持ち帰ることとされていた。

 実際に攻撃を開始する時間は、真っ暗になってからの予定だ。そのため、前方展開拠点に到達した場合、数時間以上は待たされることになる。その間は、作戦行動の手順の確認を行う貴重な時間となる。但し、攻撃目標に動きがあれば、その時間は早まることになるだろう。

 破壊工作部隊と後方支援部隊は、一足先に前方展開拠点に到着し、攻撃の準備をしているはずだ。


 10月14日 1741時 ドイツ


 人里離れたところに、ある一軒家が建っていた。この家は、元の持ち主が引き払った後、誰の所有物になっているのか、地方の役所ですら把握していなかった。

 この空き家には、いつの間にか見知らぬ人物が住み着いていた。この家に住んでいる人物は、時々、出入りしつつ大きな荷物を搬入していた。その事を目撃した地元住民が警察に通報したので、ブラックスコーピオンの攻撃目標となったのだ。


 この家の全体図を見渡せる位置にパトカーが2台停車し、地元の警官が監視をしていた。4人の警官はヘッケラー&コッホSFP-9拳銃を持っていたが、AK-47で武装している可能性があるテロリストに対抗できるようなものではない。着ている防弾チョッキも、拳銃弾を止める程度の強度しか無く、ロシア製の突撃銃で撃たれたらひとたまりも無いのは目に見えていたが、支給されているのはこれしか無いので仕方が無い。

 警官の一人がガムを口の中に放り込み、咀嚼しながら双眼鏡で監視対象を見る。現状、誰も家に出入りしていないが、万が一、何者かが出入りした場合は即座にGSG-9との連絡所に通報する手はずとなっていた。

 

 全く、偶然にも付近をパトロールしていたというだけの理由でこんな張り込みに駆り出されてしまうとは運が無い。今日の日勤が終われば2日間の非番が待っているその巡査の相棒は、家宅捜索を行うと知らされてあった特殊部隊がやってきたら、そいつらに文句の一つや二つでも気が済まんと思っており、極めて不機嫌だった。

「おい、オリバー。そんなにカッカするな。こいつでも噛んでリラックスしろって」

「ちっ、ハンス。お前とパトロールに出たばっかりにこれだよ。俺たちが一番近いからって、どうしてこんなド田舎までパトカーを走らせなきゃならないんだ?こんなのはGSG-9に任せ解きゃいいだろ」

「そのGSG-9の連中が来るまで、誰かがここを見張ってなきゃならないだろ。いいからお前もその目ん玉ひん剥いて、妙な連中が出入りしないかどうか見張っておけ」

 やがて無線から雑音が鳴り、司令センターのオペレーターから指示が飛んできた。

『センターから31号車へ。センターから31号車へ。何か異変は無いか?』

「31号車からセンターへ。今のところ異常は無しだ」

『センター了解。家宅捜索と制圧を行う部隊はヘリで来る。待機せよ』

「31号車了解。待機する」

 ハンスは大きく伸びをして、両腕を動かした。応援はヘリで来るって?GSG-9の奴ら、いい気なもんだ。やって来たら文句の一つ二つ言ってやらんと気が済まん。

 だが、ここ数か月、何者の仕業かはわからないが、ヨーロッパ中でテロリストがやりたい放題やっている。そのような非常事態にヨーロッパが見舞われているにも関わらず、今、この二人の地元警官は、とっととGSG-9がやって来て、ここの見張りを引き継いでくれもらうことだけしか考えていなかった。 

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