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警備の皮を被った諜報活動

 10月13日 0911時 イエメン アデン


 モーガン・オッコーネルはサングラスをかけ、HK416に弾倉を取り付けて建物の外に出た。駐車場には、既に11名の仲間が集まっている。ここはアデンにあるユーロセキュリティ・インターナショナルの支部だ。周囲は非常に分厚い鉄筋コンクリートの壁と有刺鉄線に囲まれ、銃座や櫓、更にはAN/TWQ-1アベンジャー防空システムまで備えられている。

 支部の庭は海に面しており、小型の船があれば即座にクルージングを楽しむことができる。この邸宅を持っていた人物は、相当な大金持ちだったのだろう。

 アデン支部が開設された時、ユーロセキュリティ社は使われなくなった大きな住宅を買い取り、利用していた。そして、あれよあれよという間に改築工事を繰り返し、周囲に3重の防壁と銃座、櫓などを増築し、窓は全て最高レベルの頑丈さを持つ防弾ガラスに換装し、要塞化してしまった。

 駐車場にはハマー汎用車輌の他、爆発反応装甲を追加したボクサー装輪装甲車、ブッシュマスター耐爆装甲車、更にヘリポートもあり、S-70ブラックホークやベル412EPI、MQ-8Cファイアスカウトが駐機している。

 ここの支部は、アデン湾で闊歩している海賊に対処しているため、アデン湾を挟んでジブチに設置している支部と緊密に連携しつつ作戦を行っている。市内のボートクラブにはRHIB高速ゴムボートを搭載した、大型のレジャー用クルーザーを数隻ほど停泊させている。但し、そのクルーザーには防弾版がほどこされ、50口径のマシンガンや40mmグレネードランチャー、更にはジャベリン対戦車ミサイルやスティンガー対空ミサイルも搭載されている。

 

 今日のオッコーネルのチームの仕事は、アデン湾のパトロールだ。チームは12人編成で、1人がM249分隊支援火器を持ち、1人がスコープ付きのM14EBR、1人がこれまたスコープを搭載したバレットM82A1対物ライフルを持つ。他の9人はHK416で武装する。全員がベレッタM92FS拳銃を携帯し、他に破砕、閃光、発煙の各種手榴弾、コンバットナイフや手斧、プラスチック手錠、リモコン信管とC4プラスチック爆薬などを装備する。

「ようし、みんな。今日も一日、クソ暑い中パトロールだ。武器弾薬、装備を確認したら高速艇に乗り込め。不審なスキフを見つけたら、停止させて臨検だ。特に、タンカーや貨物船の周囲に注意しろ。大型船を無理に右側から追い越したりはするな。武器の使用要領は通常通りだ。今日のパトロールは1300時まで。その時間には交代のチームがやって来るから、昼飯は支部に帰ったら食える。AISと天気図、周囲の船舶の状況には十分注意を払え。もし俺たちの手に追えない状況になったら、武装したヘリが来る。以上、何か質問は?」

 チームメンバーは誰一人手を上げなかったが、オッコーネルは2分ほど待った。

「よし、ならば今日の仕事を始める。全員、乗船!」


 10月13日 0914時 イエメン アデン


 海上パトロールチームが今日の巡回に出かけた頃、ユーロセキュリティ社の支部で一人の男がベランダに設置されたアンテナの向きを調整した。このアンテナは衛星放送受信用のアンテナを巧妙に偽装しているが、これはテレビやラジオのアナログ/デジタル派を受信するためだけのものではない。このアンテナは、一定の範囲内での電話による通話、Wi-Fiを利用したインターネット上でのメールやショートメッセージの送受信、SNSへの書き込み、無線通信を全て傍受するための道具だ。

 一定範囲内における全ての電子的な通信を傍受するので、ユーロセキュリティ社ではこの道具を"バキュームクリーナー"と呼んでいる。しかしながら、これが拾ってくる情報の99%以上はどうでもいい一般人の日常会話や、ネット上への真偽不明のアホみたいな書き込みだ。

 ここで集めた情報は支部でふるいにかけられ、本当に重要そうな情報は秘話回線でシュトゥットガルトの本部に送られる。

 ここで活動しているのは、当然ながら自分たちだけでは無いことは把握済みだ。調べたところ、MI6、CIA、DGSE、更にはSVRやモサド、中国国家安全部、中国人民解放軍参謀部第二部といった情報機関が活動しているのを確認している。こういった連中は、お互いに誰が派遣されているのか、諜報員の個人名まで把握しあっているくらいだ。

 だが、この連中はユーロセキュリティ・インターナショナル社という第三者にも監視されていることに気づいているのかどうかは不明だ。昨日、本部から諜報班と警備班を増派すると連絡を受けた。連中は身分を偽装して、アデンにやって来るはずだ。


 この支部で作業をしているこの男の名はアーロン・コルツ。NSA出身で、専門はSIGINTとELINTだ。コルツはNSAに入る前は大学でコンピューターサイエンスを学び、情報の暗号化と暗号化された情報の解読を専攻していた。勿論、コルツは情報部の人間であり、ユーロセキュリティ社にいる警備部隊の連中とは違い、銃に触れたことは無い。

 この男はひょろひょろに痩せていて、肌は白く、眼鏡をかけ、とても民間軍事会社に勤めている人間には見えない。

 しかし、彼が本気を出せば、大企業のネットワークシステムをあっという間に破壊できるし、ましてや、一般人の電子メールの内容をのぞき見するだなんて朝飯前のことだ。

「おい、何か飲まないか?」

 コルツの後ろから話しかけたのは、彼とはまるで正反対の体格の男だった。黒いベレー帽とサングラス、黒い肌と高い背と筋骨隆々の体の持ち主だ。彼の名はスティーブン・カーライル。アメリカ海軍特殊部隊SEALs出身の戦闘のプロで、ここに派遣されている警備部隊の隊長だ。カーライルは私服姿だが、防弾チョッキとタクティカルベストを身に着け、肩からM4A1アサルトライフルをスリングで吊り下げ、レッグホルスターにグロック19を入れている。

「ああ、そうだな。コーラあるか?」

「あるぜ」

 カーライルはすぐ隣にある部屋から、冷蔵庫でキンキンに冷えたコーラのボトルを2つ持ち出し、コルツに片方を投げてよこした。コルツはうまい具合に空中でそれをキャッチし、机の上に置く。

「さて、アーロン。状況はどうだ?」

「どうもこうも、屑情報ばっかりだ。嘘っぱちのネットの書き込みにクソみたいなフェイクニュース。ここに派遣されている軍の通信は、どれも定時連絡ばっかり。勿論、本国との連絡は秘話回線が使われているから、そう簡単にのぞき見はできない。何かの拍子に見られたとしても、どうせ内容も暗号文だろうから、さっぱりわからんだろ」

「本部から連絡は?」

「通常通り、商売を続けろとさ。イギリスが爆弾テロでてんやわんやになっているが、本部はアフリカと中東に派遣されているチームを呼び戻す気は無いらしい。と、言うより、今、本部はアフリカにこそ注目しているんだ。だから、アフリカに派遣する工作チームを増派するとさ」

「なるほどな。それに、ニュースで見たが、イギリスの爆弾テロに関して犯行声明を出した奴らは、十中八九、アフリカの過激派組織と考えていいらしいな」

「そうか。じゃあ、俺たちは、向こうが特別な連絡を寄越さない限り、いつも通りやればいいってことか」

「そういうこと。確かに、関心事はアデン湾を挟んで向こう側だが、こっちも無関係では無い。俺たちも、対岸で起きていることによく目を凝らして見る必要があるってことさ」

 カーライルの衛星無線機がカチッと音を立て、海の向こうで警備をしているチームから定時連絡が入った。

『"オーシャンネスト"こちら"ペリカン"。現在のところ、異常は無い。引き続き警戒する』

「"オーシャンネスト"了解」

 今日の始まりは平穏無事に始まった。しかし、これから15時間の間、どんな非常事態が発生しても全く不思議ではない。特に、ジョン・ムゲンベの組織の動きを掴んだ場合、早急にドイツの本部に情報を送る必要がある。

 ここから南西、アデン湾の対岸にあるアフリカは、今や静かな戦場となっている。ヨーロッパを狙う過激派組織が、姿を見せることなく活動し、自分たちもまた、そいつらを陰から追跡、監視をしているのだから。

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