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恐怖の宣告

 10月9日 0731時 ドイツ シュトゥットガルト郊外


 ユーロセキュリティ社は、特殊現場要員、情報部、作戦運用部、政府関係及びNATO連絡部の職員に非常招集を行った。

 外を見張る重武装の警備員や狙撃手の数が増やされ、アフリカや西アジア、中央アジアに派遣されている一部の現場要員は急遽ヨーロッパに呼び戻されることになった。

 櫓には相変わらず狙撃手が配置されているが、一部のスナイパーはL115A3やM110K1では無く、ステアーHS50やバレットM82A1といったアンチマテリアルライフルが支給されていた。

 来客は、事前連絡が無い者は、例え身分が明かされていようが完全シャットアウトの状態となり、現場要員や警備要員は勤務時間外であっても拳銃を常時携帯するよう通達が出された。


 ジョン・トーマス・デンプシーはハマーを停車させ、警備員にIDと免許証を提示し、指紋と網膜のスキャンを受けた。その間、銃身の下にM320グレネードランチャーを装着したHK416をスリングで肩から下げた警備員が鏡で車の下を慎重に調べている。

 警備員が手を上げて『行ってよい』という合図を送ると、デンプシーは慎重に車を前進させ、指定の駐車場に向かった。警備のために、ブローニングM2重機関銃を屋根に乗せたハマーが巡回し、重武装した警備員の小隊が歩きつつ、無線で定時連絡を取っている。

 デンプシーはホルスターに収まったグロック19を確かめ、車から降りてリモコンで鍵をかけ、セキュリティを作動させた。昨日のロンドンでの爆弾テロ。そのせいで、今日はまたてんてこ舞いになることは織り込み済みだ。しかしながら、今はそれよりも優先すべき事項が、デンプシーには一つだけあった。アパートにコーヒー以外、胃袋に入れるものが一切無く、空腹のまま車を運転してきたのだ。


 10月9日 0754時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 カート・ロックはカバンをそっと自分の机に置き、すぐさまノートパソコンとタブレットPCを機動させた。昨日のロンドンでのテロの余波は、一晩で急激に広がっていた。ヒースロー空港が一時的に閉鎖されたことにより、三桁を超える航空便がフランスやアイルランド、オランダなどへのダイバートを余儀なくされた。また、攻撃されたのが大使館だったこともあり、リトアニアも警戒レベルを上げていた。

 ロンドンの証券取引があと1時間もしたら始まるが、今日は株のトレーダーたちにとっては悪夢のような一日になるだろう。そうなると、ニューヨークと東京の取引市場も連動して大幅下落を起こす。それと、ボスはすぐにでもドイツの国防省に呼び出されることになるだろう。


 ロックが主な情報を調べていると、遠慮会釈なく彼のワークステーションの扉が開かれた。入って来たのはノーマン・コックス。この男は、かつてアメリカ陸軍の工兵部隊に所属しており、専門は爆発物。特殊部隊出身では無いが、ユーロセキュリティ社において、この男は"ボムペディア"というあだ名で呼ばれていた。それほどまでに彼は多数の爆発物の知識を頭の中にため込んでおり、時折、爆弾テロの現場の状態を見ただけで使われた爆発物を当ててしまう奴、とまで呼ばれていた。

「カート、昨日のロンドンの・・・・・」

「ああ、君の見解を聞こうか、ノーマン。その前に」

 コックスが口を開こうとしたが、ロックは右手を上げて遮って話し始めた。

「いや、いい。ついさっき、スコットランドヤードが、使われた爆発物についての情報を公開した。使われたのはセムテックスで、起爆装置には携帯電話が使われたみたいだ。つまり、この事件を起こしたのは、単純に手先が器用で、爆弾の知識をため込んだだけのズブの素人のじゃない。完全に、訓練を受けたプロの仕業だ。セムテックスなんて、ダークウェブでもそれほど出回ってはいないし、高価でそう簡単に手が届く代物でもない。勿論、我々の弾薬庫にはたくさんあるが、あれはテロリストから私的に押収したものだからな。もし、当局に見つかったら、当然ながら、ただじゃ済まんだろ。もっとも、シュタインホフ国防大臣の力やシュナイダーNATO副司令官の力で、当局による捜査を中止させてしまう可能性もあるがな」

「そうか。つまり、爆弾からは訓練されたプロの仕業、という事以外、何もわからないということになるな」

「そういうことだ。スコットランドヤードの連中は気の毒だな。今頃、上へ下への大騒ぎで、場合によっては軍の連中に捜査の協力を仰いでいるだろう。犯行声明のようなものは出ているが、どれもネットの掲示板に書かれたものも、恐らくは適当にでっち上げられたものばかりだ。誰かがいたずら半分で書き込んだものだろう。こんなのは、テロ事件があるたびにいくらでも書き込まれるから、手掛かりとしてはそれほど重要では無い。勿論、中には実行犯がそのでっち上げられた書き込みに本物の犯行声明を紛れ込ませる可能性もゼロでは無いが。ところが、最近は、テロを発生させても、犯行声明を出さないパターンも増えているから、何とも言えない」

 確かに、テロ攻撃によって政府に対して何かしらの要求を突きつける、という目的であれば何かしらの犯行声明を出すのは当然だが、殺戮そのものが目的であれば、そういったものをわざわざ出す必要が無いだろう。ただ、それをテロ行為と呼ぶことができるかどうかは怪しいが。

「ふむ、そうか。そうなると厄介・・・・・」

 そこまでコックスが話した時、ロックのオフィスのドアが開いてノートパソコンを持った情報部のニッシム・ツェルビンがやって来た。このイスラエル人はモサド出身で、ロックの右腕の一人でもある。

「カート、犯行声明が出た。ネットの動画サイトに投稿されてる。恐らく、今のところ、これが一番信頼性は高いだろう」

 ツェルビンがPCを操作し、ロックとコックスがモニターに注目する。画面には大柄で30代後半から40歳くらいの年齢の、アフリカ系の男の姿が映し出されていた。男は手にFALを持ち、真っ黒な丸いサングラスをかけ、古いウッドランドパターンの迷彩服、マルーンのベレー帽という恰好だ。

『諸君、既に君たちはイギリスで起きた事件について知っているだろう。これは、我々からのメッセージだ。諸君は未だに多国籍企業をアフリカに派遣し、我々の富を収奪している。多国籍業の連中は、我々を再び奴隷化し、石油や天然ガスを奪っている。おまけに、支援のためと余計な学校を建設したりして、子供たちへ洗脳すら行っている。我々は警告したはずだ。アフリカから出て行け、と。しかし、お前たちはそれを無視した。それならば、我々も相応の措置を取る。お前たちは、もはや世界のどこにいようが安全ではない。どこで、誰を攻撃するのか、それは我々の都合によって決まる。攻撃されるのが、政治家か、軍人か、それとも一般市民なのか。そんなものは、我々の知ったことではない。お前たちが全ての企業、民間組織、軍隊、そして大使館関係者を含む政府関係者、全てをアフリカから撤退させない限り、我々の攻撃は続く。我々にとって、貴様らはマラリアを運ぶ蚊のような害虫だ。当然ながら、その害虫は駆除されねばならない。そして・・・・・』

 ほとんどBGMのようにテレビで流していたBBCのニュースが、テロ事件の犯行声明の動画を流し始めた。その内容は、たった今、ロックたちがユーチューブで見たものと全く同じだった。

「くそっ、これは間違いなく本物だ。そして、こいつは十中八九、ジョン・ムゲンベとみなして問題ない。ボスに報告すべきだな。背景が真っ白だから、CGで合成されたんだろう。当節じゃ、カメラに映った背景から居場所を割り出すなんて、特に屋外で撮影された写真や動画ならば、比較的短い期間でできてしまうからな。それを防ぐには、動画編集で背景を弄るのが一番手っ取り早い」ロックが吐き捨てるように言う。

 やがてロックは両腕で机に肘をつき、両手の上に額を乗せ、大きく深呼吸した。

「これは本来ならばMI6やDGSEの仕事になるが、俺たちも独自に奴の行方を探すしかないだろう。ボスが帰って来たら、情報収集班にムゲンベの居場所を特定する作戦をするように進言しよう。さもないと、毎週のようにヨーロッパのどこかで爆弾が爆発することになる」

「爆弾だけならいいけどな。マルタの時みたいに毒ガスを撒かれたり、ましてや生物兵器を使われたりしたら、大規模テロどころじゃ無くなる。まさに、第三次世界大戦が起きたのと同じくらいの被害が出るぞ」コックスが愕然とした様子で言う。

「ニッシム、ノーマン」ロックが顔を上げた。

「俺はボスが帰って来たら、すぐさま情報収集班の活動範囲を広げるように進言しておく。こいつは、もはや戦争だ。戦時体制を取るようにしないとダメだ。それと、特殊現場要員の支援班の人数を増員するようにも。今までは、何かあったらトリプトンたちが"後処理"を任されていたが、今回ばかりはそうもいかない。あいつらだけで"後処理"をするのは無理だ。作戦運用部にも持ち掛けて、実行部隊を臨時に編成し、あらゆる事態に対処できるようにしないと、またまた犠牲者が増えて、最後には手を付けられなくなる!よし、今すぐ取り掛かるぞ!」

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