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爆弾テロ

 10月8日 1233時 イギリス ロンドン


 ロンドン市内は日曜日の昼間ともあり、空がどんよりとした鉛色の雲にほぼ完全に覆われてしまっているにも関わらず多くの人々が出歩いている。

 地中海沿岸のフランス南部やイタリア、スペインでは乾燥し、かつ温暖な気候が続いているものの、北大西洋に近いこの島国は北極海からやって来る北風に晒され、すっかり秋の装いとなった。風が吹けば、道路に散らばった、黄色い広葉樹の葉が巻き上がり、人々の視界を一時的に遮る。

 ビッグベンやテムズ川のある通りには、名物の赤い二階建てバスが観光客を満載して走り去る。日本人やオーストラリア人など、一部を除いて、この車が左側を通るこの国の交通事情に多くの外国人観光客は戸惑いを隠せないでいた。


 ヨーロッパでテロの嵐が吹き荒れているせいなのか、市街地の、特に人通りが多い場所でMP-5サブマシンガンやG-36Cカービンを携え、ホルスターにグロック19を入れた警察官の姿が目立つ。

 観光シーズンからはズレた時期だが、それでも観光客と思しき人間をちらほら見かける。テムズ川のど真ん中で停泊している、博物館と化した軽巡洋艦ベルファストの甲板にも、そういった観光客の姿が見える。


 とりわけ観光客が多いのは、なんと言ってもバッキンガム宮殿だ。丁度、衛兵の交代が行われているところで、銃剣を取り付けたL85A2アサルトライフルを携え、横並びになった衛兵が足並みを揃えて行進している光景に、多くの観光客がカメラやスマホを向けている。

 こう見えて、ここの警備はかなり厳重だ。現在、ロンドン市内の政府の重要な建物や歴史的建造物、観光名所など人が多く集まる場所には目立たないところでMI5のエージェントやSASやSBSの隊員が警戒に当たっていた。


 10月8日 1235時 イギリス ロンドン


 この日の午前の会議が終了し、議会から一斉にぞろぞろと議員たちが出てきた。この日の議題は、国内の経済状況、離脱後のEU加盟国との貿易及び国民の往来関連の調整、そして欧州を震撼させているテロ事件についてだった。

 テロ事件が続発して、既に半年が経とうとしている。その間、かなりの数の一般市民が犠牲になった。

 そして、午前の委員会では、ヨーロッパでのテロ事件は二つのタイプに分かれているとMI5の担当者が語っていた。一つは、テロと聞いて誰もが思いつくような、一般市民を無差別に爆破や銃の乱射で殺傷するタイプ。そして、もう一つが、経済や政治関係に大きな影響を与えている人間を狙って暗殺するタイプ。特に、後者の方はここ数日でかなり深刻な問題となっている。

 先日も、オーストリア、フランス、スペイン、スイス、デンマークで財界の大物や議員、そしてEUの職員が銃撃されたり、路上で刃物で刺されて殺されるなどの事件が起きた。そして、犯人は、金品を奪うなど路上強盗に見せかけて殺しに及んでいるという。

 勿論、MI5は、これを単純な強盗だと見ていない。犯人は、被害者を殺すことそのものが目的だ。そして、テロリストは、無差別殺人からターゲットを絞って殺害するやり方に手法を変更しているとスコットランドヤードの担当者は今日の会議で語っていた。


 イギリス国防長官クリスティーン・バージェスは今日の昼食と、午後の予定をすべてキャンセルした。その代わり、すぐに議事堂を出てヘリに乗り込み、テムズ川のほとり、ヴォクソール橋の東側のある場所に向かった。

 それこそ、ロンドンである意味で非常に有名な建物、MI6ことSISの本部だった。ここは幾度となく映画や小説の題材にされ、CIAと並ぶ、世界的にも超有名な情報組織だ。

 しかしながら、この組織の実態を知っている人間はほとんどいないだろう。ここには、ウォッカマティーニを好み、ワルサーPPKを携えて世界中を股にかけつつ、美女と血沸き肉躍る冒険をする人間など、誰一人いない。

 ここにいるのは、各地に派遣された諜報員、傍受した電子的通信から得られる、安全保障上極めて重要となる精査し、必要とあれば政府に警告を送ることを役目としている人間たちだ。

 

 MI6の応接室でバージェスを待っていたのは、MI6長官オーランド・ジョンストンだ。ジョンストンは、イアン・フレミングの小説の登場人物になぞらえ、職員たちから陰で"O"と呼ばれている。勿論、彼自身、部下たちからそう呼ばれていることを知っているが、それを好意的にも不快とも受け取っていない様子だった。

「やれやれ。折角の休みが、ろくでなしどものせいで完全に潰されてしまいましたよ」

 ジョンストンはバージェスと握手を交わす。

「仕方ないわ。それにしてもオーランド。早く仕事の話をしましょう」

「そうでしたな。紅茶はいかがですか?」

「いただくわ。ドイツから報告は?」

「"彼ら"は非常によくやっています。これまで大規模な作戦に投入されていますが、未だに大きな失敗はゼロ。先日リスボンやキプロスの件も・・・・・」

「知ってるわ。しかし、そのための"生贄"が高すぎると陸軍と海兵隊の上層部から凄い勢いで出ている。彼らがSASとSBSからどれだけの人間を引っこ抜いているか、わかっているでしょう?」

「わかっています。しかし、カネのためだけに働く大手PMCと違い、黒い蠍野郎どもは、我々の手先となってくれている」

「さて、連中の話はここまでにしましょう。そして、オーランド。あなた、かなりの懸念事項があると私に言ったわね?」

「ええ。ここ数日で起きた、殺人事件の件です。先月、ドイツでドイツのエネルギー会社の重役とフランスのエネルギー会社の重役が行った会談の後で起きた殺人事件のことです。警察の発表によれば、凶器はAK-74自動小銃。どう考えても素人の仕事ではありません。状況から考えて、あからさまに被害者当人を狙ったものと我々は考えています」

「そうなると大問題ね。奴らにターゲットの行動が筒抜けだったことが考えられる」

「その通りです。奴らが被害者の行動をどうやって突き止めたのか、慎重に調べる必要があります。今のところ、シュトゥットガルトの警察が捜査中です」

「確かに、これが最初から被害者を狙った殺しだとしたら、相当厄介だわ。ターゲットの行動をどうやって突き止めたのか。それが一番の問題よ」

「我々は幾つかパターンがあると考えています。ターゲットの行動を長期的に観察し、電話や電子メールのやり取りの傍受を行った可能性もあります」

 バージェスはため息をついた。

「簡単に言えば、どこにいようが何をしようが、誰にとってもこの世の中は安全じゃ無いってことね。残念だけど」

「その通りです。問題は、どこで誰がターゲットになってしまうかです。我々は・・・・・」

 ジョンストンがそこまで話した時、くぐもった爆発音のような音が聞こえたような気がした。そして、バージェスが窓越しに外を見た時、テムズ川を挟んだ向こう側から黒い煙が立ち上るのが見えた。

「オーランド・・・・・」

「わかってます。緊急事態のようですね。すぐにシチュエーションルームへ行きましょう!」


 10月8日 1244時 イギリス ロンドン


 爆弾テロにより、駐英リトアニア大使館の東側は瓦礫の山となっていた。後で調べてわかったのだが、業者が運び込んだ荷物にセムテックスが仕掛けられており、それが遠隔操作で爆発させられたのだ。

 通行人も多数巻き込まれ、歩道には怪我人やガラスの破片、石膏などが散らばっている。通りを挟んで立つアパートや宝石店にも爆風が及び、ガラスの殆どが割れてしまっている。

 程なくして救急車やパトカー、消防車のサイレンが聞こえてきた。しかし、その間、野次馬たちはスマホを掲げて写真を撮ったり、中にはウェブ上で生中継を行う者まで現れた。


 この日、ロンドンの町は非常事態宣言が出された。ヘレンフォードから急遽、重武装したSASの部隊が派遣され、陸軍のアパッチ攻撃ヘリやリンクス汎用ヘリがヒースロー空港に駐屯することとなった。

 また、アジア方面に派遣される予定だったプリンス・オブ・ウェールズ空母打撃群は、急遽出港が取りやめとなり、イギリスでは更なる警戒態勢が敷かれることとなった。

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