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一見、世の中は平穏に見えているが、実はそうではない

 10月4日 0827時 ドイツ シュトゥットガルト


 柿崎一郎はアパートの部屋の隠し場所から、装填済みのワルサーPPQを取り出し、ホルスターに収めた。そして、9mmのハイドラショック弾が装填され予備弾倉を4つ、腰に付けたマガジンパウチに入れる。

 勿論、持ち出す銃はこれだけでは無い。予備の銃としてグロック26と、専用の弾倉を3つ、市販の小さなパウチに一緒に入れた。後は、ハマーの鍵と財布、身分証、運転免許証を確認し、家のセキュリティシステムのスイッチを入れ、ショットガンとライフルが入れられたガンロッカーの鍵を確認し、家を出た。

 本来なら、レミントンM870とサコーM85、ホーワM1500に加え、MP-5かUZI、もしくはAKS-74UやコルトMk18といった全自動火器をホームディフェンス用に所持したいのだが、勿論、ドイツの国内法では、一般市民がアサルトライフルやサブマシンガンを持つことはできない。


 柿崎はハマーを運転し、ものの30分でユーロセキュリティ社の門の前に到着した。相も変わらず、肩からFN-SCAR-Lを吊り下げ、ホルスターにシグP226を入れている警備員に身分証を見せ、手のひら全体の指紋スキャンを受けて門を通る。

 柿崎は、自分が運転する車に、屋上で見張りをしている狙撃手がステアーHS50やバレットM82A1、そしてサコーTRG-41といった狙撃ライフルで狙いを付けているのを意識しながら車を駐車場へ向かわせた。


 10月4日 0831時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 シャワーと着替えを終えたカート・ロックは、少し前まで自分が着ていた衣類が入った大きなバッグを掴んだ。

「やっとお帰りですか、カート」

 ロックに話しかけたのは、同じ情報部のピーター・ロンダールだ。

「ああ、ちょっと寝るつもりが、いつの間にかこんな時間になってしまってね。それで、ボスに朝一で報告したんだが、とっとと家に帰って、美味いものを食べて3日ほど休めと命令された」

「その様子だと、運転するのも危ないんじゃないですか?」

「ああ。だから、ボスは運転手を付けると言ってきたよ。勿論、その通りにするさ。そうそう、必要な情報は共通タイムラインに全部載せておいたから、確認しておいてくれ。最重要監視目標の情報も、詳しく載せてある」

「わかりました。では、よい休暇を」

 ロックはバッグを左手に持ち、右手を大きく振って情報部のワークステーションを後にした。そろそろ、入れ替わりで別の人間がやって来る頃合いだ。ロックの予想通り、情報部の人間や現場要員、警備員らがぞろぞろと列を成してやって来た。


 10月4日 0933時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 特殊現場要員は、今日は新しく届いた武器のテストを行うことになっていた。14人全員が射撃レンジに並び、教官連中がやって来るのを待っている。この射撃レーンは、5メートルの接近戦から、2500メートルの長距離狙撃まで、あらゆる距離で標的を設定できる。


 そこへ、クリス・キャプランを始め、戦術教官班が大きなコンテナを持ってぞろぞろとやって来た。中に銃器や弾薬、光学サイトが入っているのは一目瞭然だ。

「よーし。みんな、集まっているな。今日は新しく導入した武器のテストをやってもうらう。君らが気に入ったのなら、警備員と現場要員用向けに大量配備をするのをボスから承認されている。では、早速だがやってもらおう」

 キャプランはコンテナの中に手を入れ、小さな黒い拳銃を取り出した。新しく導入するとは言っても、ハワード・トリプトンを始め、特殊現場要員には見慣れた形の拳銃だ。

「こいつはグロック43。君らも気に入っているグロックの最新モデルだ。口径は9mmで、装弾数は6発と少ないが、バックアップ用の拳銃としては十分だろう。勿論、仕様は第5世代のメカが搭載されているから、トリガーのキレは各段に良いはずだ。次」

 キャプランが次に取り出したのは、ついこの前、柿崎が武器庫でちらりと見かけたアサルトライフルだった。

「こいつはAK-19。AK-12を5.56mmNATO弾に換装したタイプだ。ちょっと前に少数だけ買ったんだが、まずは君らにテストしてもらってから大量発注に入ろうと思っている。そうそう、AK-12、15、19の導入でAK-100シリーズは廃棄する計画だ。これから、うちで使うカラシニコフは、この新型シリーズと、そこら辺で拾ってきた中国やルーマニア製のAKシリーズになるな。次」

 キャプランはまた、別のアサルトライフルをコンテナから取り出す。

「こいつはSIG MCX。名前はSIGだが、本場スイス製じゃなく、ザウエル&ゾーンのアメリカ法人で製造された銃だ。俺が試したところ、コンパクトでバランスが良く、それなりの腕があれば、狙ったところにスパスパ当たる。君らの腕ならば、何ら問題無く扱えるだろう。それから次、これだ」

 キャプランは別の拳銃を取り出した。ぱっと見た目は、トリプトンたちもよく使うワルサーP99と同じだが、それよりも二回りほど小さいサイズとなっている。

「ワルサーP22。名前の通り、見た目はワルサーP99のデザインをそのまま流用し、.22ロングライフル弾を使用する拳銃にした。だが、メカニズムはシングルアクションのストライカーファイアから、ダブルシングルのハンマーファイアに変更されている。そして、見ての通り、ベレッタ92Fのように、デコッカーを兼ねた安全装置が搭載されている。こいつを使うとなると、暗殺任務になるだろう。今まで使っていたルガーMk3よりも安全性は高い。以上、4丁だ。後は、それぞれ実際に射撃して慣らしてくれ」


トリプトンはMCXを構え、標的に向けて発砲した。この銃は民間モデルのためフルオートでの射撃はできないが、トリプトンは全くその点に関しては気にならなかった。そもそも、ここにある銃で、フルオート射撃ができるものは、テロリストから強奪したAKと、マシンガンくらいのものだ。それに、実際の戦闘では、自動小銃やサブマシンガンをフルオート射撃をすることは殆ど無い。セミオートで素早く相手の頭が心臓を正確に狙い撃ちするのだ。口で言うには簡単だが、実際にこれを撃ち合いの最中にやるとなると、極めて高度な技術が必要となる。それに、実際の撃ち合いでは、周囲にいるのはテロリストだけでは無い。マルタやアテネ、リスボンで経験したように、無関係の一般市民が多数逃げ惑う中、撃って良いテロリストと、撃ってはならない一般市民を一瞬の判断で見分けて正確に射撃を行う必要があるのだ。

 そのため、屋内戦闘訓練施設や市街地戦闘訓練施設で訓練する場合、そこには必ずと言って良いほど、撃つべき標的と撃ってはならない標的が不規則に並べられる。もし、撃ってはならない対象を撃ってしまった場合、その日の訓練は不合格となる。

 実際に、こうして動かない標的を撃つというシチュエーションはあり得ないが、それでも基礎的な射撃技術を身につけておかなければならない。

 特殊現場要員たちは、この日の午前中、たっぷりと数千発もの5.56㎜弾や9mm弾を消費して射撃訓練を続けた。


 10月4日 0913時 イエメン アデン


 遠くから空爆の音が聞こえてきた。この国は無政府状態となり、数年に渡って内戦が続いていた。旧政府派と過激派であるフーシ派の、2つの組織がロシアを中心とする国とアメリカを中心とする西側、更にはISまで入り込み、3つ巴の戦闘が未だに繰り広げられている。

 そして、ファリド・アル=ファジルの組織にとって、その状況はむしろ好都合だった。アル=ファジルはイエメンの南西部に複数の拠点を構築し、そこを隠れ家とした。ヨーロッパとアフリカに程近く、危なくなったらいつでも撤収することもできる。

 

 ファリド・アル=ファジルはキャンプの周囲を見渡した。テントの殆どは既に片づけられ、トラックに物資が積み込まれている。

 少しここに長く居座り過ぎてしまった、とアル=ファジルは思った。NATOの偵察衛星や無人機に捕捉されなかったのが奇跡に近い。ここのところヨーロッパでテロが頻発していたせいか、奴らはいよいよなりふり構わなくなった。つい一週間前、アル=ファジルやジョン・ムゲンベと協力関係にあった部族のキャンプが空爆によって壊滅し、多くの死傷者が出たばかりだ。

 当然ながら、奴らには代償を支払ってもらわねばならない。しかしながら、それには計画と武器、人員が必要だ。それを揃えるには時間と資金も必要なのは、アル=ファジルも理解している。


 アル=ファジルの携帯が振動した。連絡してきたのは、なんと、ジョン・ムゲンベ本人ではないか。アル=ファジルは通話ボタンを押す。

「アル=ファジルだ」

『ムゲンベだ。状況を知らせてくれ』

「今、撤収作業をしているところだ。この後は計画どおり、あんたの庭へ」

『そうか。それと、ファリド。君の計画を承認した。部下を何人かよこす。後は、君の考えるままに行動してくれ。君のサウジの口座にカネも今日中に振り込んでおく』

「了解だ。それにしてもこれは・・・・・?」

『でかい花火を打ち上げるんだ。俺もその場で見たいのは、君にもわかるだろう』

「そうか。それと、アメリカ人は、ついに関心を失ったみたいじゃないか」

『ああ。奴らは遂に臆病者になった。それならば、こっちも好都合というものだ。それで心置きなく、ヨーロッパを破壊できる。第一段階は、ヨーロッパに回復不可能な混乱を引き起こすことだ。そして、第二段階で一気に集めた人間をヨーロッパになだれ込ませる』

「人間はどれだけ集まった?」

『ざっと三千人、とったところだ。全員、西サハラで待機させている。だが、必要とあれば、倍以上増やしたい』

「そうか。それならば、俺に考えがある。ソマリアとシエラレオネ、リベリアで相当な人間を集められるかもしれない」

『そいつは有難い。もっとも、この計画は人間の数が膨らめば膨らむほど効果が大きくなるからな』

「一つだけ問題があるとすれば、だ。これだけの人数が一斉に動けば、当然ながらかなり目立つ。これを発動させるのは、タイミングが肝心だ」

『当然ながら、それは織り込み済みだ。それでは、俺の庭で会おう』

「じゃあ、後で」

 ファリド・アル=ファジルは撤収作業の様子を、自らの目で一つ一つ確認していった。テントやバラックは殆ど片づけられ、AK-47の空薬莢一つ落ちていない。自分たちがここにいたという証拠は、一切残っていない、完璧な撤収だ。

 アル=ファジルは無線機を取り出し、撤収作業の責任者を呼び出した。

『はい、ボス』

「出発できるか?」

『勿論です。あとは、あなたが手近なバスやジープに乗るのを待っているところですよ』

「わかった。すぐに行く」


 アル=ファジルはAK-74を肩から下げ、トラックの荷台に乗った。部下に連絡を取ると、車列はすぐに動き出した。今日も良く晴れて日差しが強烈で、熱中症に注意が必要だ。それと、西側の無人偵察機にも注意をしなければならない。幸い、スティンガーやZU-23-2といった対空兵器をトラックに載せているため、比較的低空を飛ぶ中型無人機に対して対抗手段が無い訳では無い。しかしながら、遥か成層圏の近くを飛ぶグローバルホークや偵察衛星が相手となると、一切なすすべが無いのも、また事実だ。

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