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平和を守りたければ戦いに備えよ

 10月2日 1004時 ドイツ シュトゥットガルト郊外 ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 ユーロセキュリティ社の敷地に設置された射撃場で、かなり大きな銃声が連続して鳴り響いている。射撃レーンに立っているのは、AK-12を構えた柿崎一郎だ。銃にはACOG光学サイトとAN/PEQ-2赤外線レーザー照射器、更にはレシーバーの下にはバーティカルフォアグリップも取り付けられている。

 柿崎の足元には5.45mm弾の空薬莢が無数にばら撒かれ、射座の机の上にはバナナ型弾倉と5.45mm弾のカートリッジが入った箱が積まれている。

 弾倉が空になったので、柿崎はカートリッジの紙箱を開け、5.45mm弾を1発ずつマガジンに手で押し込んでいく。そして、27発装填したところで弾倉の後ろ側を軽く平手で叩いて机の上に置いた。同じ作業を15回、ゆっくりと時間をかけてやった。陸上自衛隊の普通科連隊にいた頃の射撃訓練の時は、89式小銃の弾倉に弾薬を目いっぱい装填しないと教官から小言を言われるものなのだが、弾倉のフォロワーを支えるバネを長持ちさせたいならば、規定の装弾数よりも2~3発程少なく装填するのがコツだ。そうしておけば、射撃している途中で給弾不良や装填不良を起こす可能性も低くなる。

 AKシリーズは、頑丈さと取り扱いの簡便さを重視した設計ではあるが、その代わりに命中精度と射撃時の反動・跳ね上がりの制御、重量、外付けオプションによる拡張性を犠牲にしていた。

 しかし、AK-12は強化プラスチックを多用したことによる軽量化、ピカティニーレールがレシーバーに追加されて光学サイトなどのオプションパーツによるカスタマイズができるようになり、AEK-971と共にロシア軍の主力小銃として採用された。

 ユーロセキュリティ社は、このAK-12と共に7.62×39mm弾モデルのAK-15、5.56×45mm弾モデルのAK-19も導入し、状況に合わせてオペレーターに持たせている。

 柿崎は標的を交換した。先ほどまで撃っていた人間をかたどった標的には、頭部と胸部にのみ弾丸の痕が刻まれている。柿崎は標的を150mの位置にセットすると、AK-12のセレクターレバーをフルオートにセットして、指を小刻みに動かして射撃を始めた。断続的に銃声が鳴り、空薬莢が足元に散らばる。柿崎は射撃に集中するあまり、別の人間が射撃レーンにやって来たことに気づかなかった。


 ブルース・パーカーは射撃レーンの扉を開け、予め割り当てられた射座に向かった。手には幅30cm程の強化プラスチック製のケースを持っていた。

 パーカーはそのケースを射座のテーブルに置き、止め具を外して蓋を開けた。中に入っていたのは9mm口径のグロック19。ユーロセキュリティ社の警備員や現場要員に標準で支給される拳銃だ。

 パーカーは両手でしっかりと拳銃を握り、狙いを定めてゆっくりと引き金を絞った。通常、拳銃やサブマシンガンにはレンジャーSTXやハイドラショックといったホローポイント弾を使うが、それらの弾薬は総じて高価なので、通常の射撃訓練では通常のフルメタルジャケット弾を使っている。標的までの距離は30mあるが、パーカーは9mm弾を難なく人間の形をしたそれの頭部に集中させる。これくらいの射撃ならば、ユーロセキュリティ社の特殊現場要員"ブラックスコーピオン"のメンバーであれば朝飯前のことであった。

 

 10月2日 1006時 ドイツ シュトゥットガルト郊外 ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 ガンシップグレーに塗装された、小さなヘリコプターがまるで雲霞のように素早く低空を飛び回っていた。そのヘリはAH-6Jキラーエッグ。操縦しているのは、ハリー・パークスとロバート・グレインジャーだ。AH-9Jは一旦上昇した後、スピードを付けて急降下して赤い屋根の社屋に向かい、再び上昇する。パークスとグレインジャーは、その建物を標的に見立てて、2.75インチロケットや30mm機関砲での射撃をシミュレートする訓練を繰り返している。

 二人は通常、HH-60GやMH-60Lで兵員を運ぶのが主な仕事であるが、場合によってはこの小さな殺し屋を使った火力支援を行うこともある。しかし、パークスから言わせてみれば、ブラックホークの方がより安心できるという。それもそのはず、このヘリは機動性を重視する設計になっており、重たい防弾ガラスや防弾装甲は犠牲になっており、被弾した時はパイロットに大きな危険が及ぶ。MH-60のような赤外線ジャマーやチャフ・フレアディスペンサーも装備されておらず、防御システムに不安があるが上に燃料搭載量が少なく、航続距離や滞空時間が短いが、整備性が極めて良く、操縦も簡単という利点もある。

 AH-6Jは、機体が小さいながら、搭載できる武器の種類は豊富で、30mm機関砲や7.62mmまたは12.7mm口径のミニガン、40mm自動榴弾発射機。連装ロケットポッドやヘルファイア対戦車ミサイルランチャーの中から、機体両側にあるパイロンにそれぞれ1基ずつ搭載することができる。


 AH-6Jはかなりえぐい角度で機体を傾けながら左旋回し、次なる獲物を探した。そして、高度を下げ、訓練施設に建てられているやや高い建物の陰に隠れる。

 小さなヘリはその場でホバリングし、隠れた獲物を探すかのように高度をゆっくりと上げる。そして、ヘリは高度を上げ、訓練施設に設置された大きな通りの上を猛スピードで駆け抜けた。

 AH-6はまた旋回し、高速で低空飛行をすることを繰り返す。通りを埋め尽くすゲリラを機銃掃射で倒す動きだ。

 コックピットで操縦桿を握るパークスは、計器盤に目を走らせ、残りの燃料を確認する。当然ながら、ある程度燃料が減ったら"ビンゴ"を知らせるよう設定はされているが、それでも普段操縦するMH-60Lと比較して航続時間が短いので、注意は必要だ。


 10月2日 1011時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 現場要員たちが訓練を行っている間、カート・ロックは目の前のモニターに集中していた。SNSやダークウェブの投稿に目を光らせ、怪しげなものが無いか確かめる。

 勿論、ダークウェブに入り込むのは容易ではない。そのため、ロックは自分がドイツ在住で、社会に不満を持っている人間であることを装い、テロリストに接触することから始めることにした。

「ふう、なかなか釣り針に食いついて来ないな」

 ロックはコーヒーを一口飲み、再びモニターに集中した。ここにいる連中は、ユーロセキュリティ社の中でも、所謂"文民"に区分される奴らだ。

 まず、手で操作するのはタブレット端末の画面やパソコンのキーボードとマウス、USBメモリなどで、22口径のワルサーP22やグロック44、競技用のアンシュッツ1913すら撃ったことが無い奴らが大半を占める。

 しかしながら、銃とは違う意味で彼らはテロリストに打撃を与えている。つい先日、過激派組織のウェブサイトにワームを放ったり、ネットバンクに侵入して資金を強奪したりしたが、これにより、観察中の連中に新たな動きを確認することができた。

 奴らはシリアやベラルーシ、パキスタンの政府関係者とつながりがあるようだ。そして、この連中はこの3か国のパスポートを使って移動する可能性があること。場合によっては、一般向けのパスポートのみならず、外交官パスポートを所持している可能性もある。

 敵が外交官パスポートを持っている場合、軍の特殊部隊が連中を拘束するのは不可能だ。

 だが、"ブラックスコーピオン"は、過去にそんな外交官パスポートを所持していた奴を排除したことがある。


 3年前、リトアニアで爆弾テロを起こし、62人もの市民の命を奪ったアレクセイ・レフスキーというベラルーシ人がいた。ユーロセキュリティ社はリトアニア政府と協力して、この男を追跡し、最終的には特殊現場要員の柿崎一郎がボスニア・ヘルツェゴビナの寂れた小さな町の、人通りの無い裏通りでレフスキーをダガーナイフの心臓への一突きで暗殺した。そして、奪ったレフスキーの所持品の中に、ベラルーシ政府が発行した正規の外交官パスポートがあった。

 このことが明るみになれば、当然ながらベラルーシ政府はボスニア政府に対して、事件の捜査を厳格に行うよう要請があっただろう。しかしながら、柿崎はレフスキーの所持品を、衣服と装飾品を除いて全て奪い去り、ボスニアの空港で待機していたプライベートジェットで、即座に中継国であるフィンランドに逃亡し、ドイツへ帰国した。

 また、ベラルーシ政府が自国の外交官パスポートを持つ人物が殺害された事件を大きく取り上げなかったことからも、ベラルーシがレフスキーという男との関わりを外部から詮索されたくなかったというのは想像に難くない。


 しかしながら、これは極めて稀なケースであると言わざるを得ない。当然ながら、このような暗殺作戦は、通常、敵が町から離れたテロリストキャンプなどに潜んでいる時に行われる。この時は、緊急性を重視して、街中での暗殺作戦となったのだが。

 未だに進展しないこの事態を、打破するきっかけとなる事が起きれば良いのだが。しかしながら、そういう事が起きるという事は、同時に、テロ事件により、無関係の人間が殺傷されることも意味する。ユーロセキュリティ社は、そのような事態だけは絶対に避けなければならないというジレンマに陥っていた。

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