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殺人事件

 9月29日 2102時 ドイツ シュトゥットガルト


 今日は思わぬ超過勤務になってしまった。しかしながら、夜間における近接戦闘訓練だけは定期的に行わねばならない。明日は週末だ。二日間、しっかり休もう。柿崎一郎はハマーを運転しつつ、同乗者であるマグヌス・リピダルが住むアパートへと向かっていた。そのリピダルは、後部座席に座り、外の様子を注意深く眺めていた。

 一見、平穏に見えるこの街並みも、テロリストに常に狙われている。例えば、すぐ左手に見える、家族連れで賑わうレストランも、10秒後に爆弾で吹き飛ばされかねないのだ。

 このハマーのダッシュボードの下には、9mmのホローポイント弾が装填された2丁のヘッケラー&コッホSFP-9M拳銃が隠してあり、後部座席の下には、12ゲージのスラッグ弾が装填されたレミントンM870マリーンマグナムが入れられている。

「さて、明日はどうするんだ?」後部座席からリピダルが柿崎に話しかける。

「とりあえずは、アパートにある銃の点検だな。それと、注文していた新しい銃を受け取りに行かないと」

「ほう?何を買ったんだ?」リピダルは興味を示した。

「サコーM85フィンライトと豊和M1500。口径はどっちも7.62mmNATO」

「サコーはわかるが、そのホーワってのは何だ?」

「豊和は日本製の銃だ。自衛隊の主力小銃の89式を製造している。M1500は、日本の警察の特殊部隊が狙撃ライフルとして採用していて、狩猟用のライフルとしても日本国内外で出回っている」

「そんな銃があるとは初耳だな。今度、本部に持ってきてくれないか?」

 リピダルは豊和1500に興味を示したようだ。無理もない。リピダルはノルウェー陸軍に入隊する前から、ライフルやショットガンを持つ父親に、鹿や鴨の狩猟に連れまわされていた。中学校に入学する頃になると、ウィンチェスターM70ライフルやモスバーグM500ショットガンの扱い方を密かに教え込まれていた。

「まずはライフル射撃競技場でテストしてからだな。どっちもバレルをバーミント仕様で注文したから、命中精度はそれなりに良いはずだ」

 赤信号となったため、柿崎はブレーキを踏んで車を止めた。その後ろと隣でも、ブレーキランプを点けて車が一斉に停止する。

 柿崎のハマーの、防弾仕様となっている垂直なフロントガラスに僅かに水滴が付着してきた。確か、朝の天気予報では夜遅くから雨が降ると言っていたな。柿崎は前後のワイパーを作動させ、視界を忌々しく遮る水滴を拭き取らせ始めた。

 リピダルと柿崎は信号が変わるまでの間、注意深く周囲の様子を観察し、何か異常なことが起きていないかどうか確かめていた。


 9月29日 2108時 ドイツ シュトゥットガルト


 会食が思ったより長引いてしまった、とデュプレックス・エネルギー社のルイ・フォルバンは4つ星ホテルのエントランスから出て、黒い傘を広げた。取引相手のドイツ人との交渉はスムーズに進み、あっという間に商談が纏まった。

 夕食に出された料理もワインも、味は申し分無く、この料理に五月蠅いフランス人の舌と胃袋を満足させるには十分だった。

 少し飲み過ぎたが、今日はシュトゥットガルトで一泊し、午前中にフランスに戻る予定だ。アフリカでの油田・ガス田の開発は至って順調で、来週にはパイプラインの建設に着工される予定だ。そのパイプラインはチャドからカメルーンを通った後、ギニア湾の港湾施設に繋がってタンカーで世界各所に石油や天然ガスを供給するものだ。アフリカ諸国は現在、欧州やアジアから資源開発のための資本を積極的に呼び込んでおり、特に中国と日本が激しく開発競争の火花を散らしている。ヨーロッパ主要国は、この二か国からやや遅れをとったが、今は必死になって巻き返しを図っているところだ。

 

 紺色のリムジンがやって来て、ホテルの係員がドアを開けた。フォルバンは係員に礼を言って、チップとして1ユーロ札をさっと差し出してから、車に乗り込みシートベルトを身に着けた。


「会議は順調でしたか?」運転手のアンリ・ルノーが話しかけた。

「ああ、全く問題ない。明日は早いから、さっさとホテルに戻って休むとしよう。それにしても、我々が資源開発に乗り遅れてしまうとは」

「中東の石油にあまりにも目を向けすぎていたのです。その間、アフリカの資源開発は手つかずのままでした。当然ながら、力の空白地帯には別の力を持った何者かが入り込んでくる。それが、今は中国だったと言うだけです。当然ながら、経済的にも外交・安全保障的にも、アジアにおける中国の対抗馬は日本です。日本は半歩程中国に後れを取りましたが、今はアフリカへの技術提供を行う見返りに、資源開発を行っています。一方で、アメリカやヨーロッパは未だに中東に目を向け続けていました。そして、中国が徐々に覇権を握り始めたことにと気づいた途端、我々は慌ててアフリカに進出を始めました。当然ながら、アフリカというパイには、既に日本と中国が多くの利権を持って行ってしまってた。そして、政情不安にもそれに拍車をかけています。我々の開発地域でも、警備員を雇っていますが、問題があります」

「警備員に問題だと?」

「現地の引退した警察官や退役軍人を雇っていますが、練度が高いとは言えないと報告が上がっています」

「くそっ、今度の役員会で警備費用の増額を進言すべきだな。あまりにも安すぎるのも、やはり考え物だな」

 やがて、スマホが振動したため、フォルバンはポケットの中のそれを取り出した。電話の主は現地で警備の管理をしているジャン=ポール・エレールだ。

「フォルバンだ」

『エレールだ。フォルバン、問題が発生した。明日の会議で、警備費用が高すぎるとやり玉に上がるという噂が出ている。株主連中が警備費用を圧縮するように会長に圧力をかけてきているらしい』

 くそっ。

「奴らはあっちの状況をまるでわかっていない馬鹿者だ!油田も、貴金属鉱山も、武装勢力に連日襲撃されているんだぞ!我々の開発地域が、明日どころか5分後に爆弾テロで吹き飛ばされてもおかしくない!先週の会議で説明した危険情報の内容を、あの脳タリン連中はもう忘れたのか!?」

『あの連中は、ユーロセキュリティ社が入札してきた警備パッケージを高価過ぎるといきなり否定して、即日却下しろとテーブルを叩きながら喚き散らしたくらいだからな』

「全く、どうかしているとしか思えないな。それに、役員連中が採用しようとしていた、格安の警備会社は、評判が良いとは言えないようだ。俺が調べたところ、確かに軍や警察にいた警備員もいたようだが、それは前線で戦っていた奴らでは無く、後方支援部隊にいてまともに銃を握ったことも無い奴や、元警官でも交通整理や事務仕事ばかりで、定期的な射撃訓練以外で拳銃を撃ったことがないような奴らばかりだそうだ」

『ああ。その通りだ。だが、今日はもう遅い。じゃあ、月曜に』

「では」

 フォルバンは電話を切った。雨がやや強くなってきた。車通りが多く、様々な種類の乗用車からタクシー、路線バス、トラックなどが通りを行き交っている。中には、この悪天候の中、バイクを走らせている若者の姿も見えた。

 

 交差点に差し掛かると、赤信号になったため車が停車した。フォルバンは目の前を横切る通りを走る車を何となく眺めてみた。走っているのは欧州車と日本車が大半を占めているが、真っ黒な煙を吐きながら大きなハマーが1台、通って行くのが見えた。ああいう車は、近年は環境関係の税金が多く掛けられて、批判の対象にもなっているが、愛好家はそんなものはどこ吹く風と言わんばかりに平気な顔をして走らせている。

 やがて、自分の車の右隣に1台のパジェロが停止した。運転手の姿は見えるが、後部座席はスモークガラスになっていて、後ろに乗っている人物、いや、後部座席に人が乗っているのかどうかすらわからない。


 信号が青になり、大きな通りで止められていた車の列が徐々に動き出す。奇妙なことに、隣のパジェロはフォルバンが乗るリムジンの速度にぴったり合わせて並走し始めた。フォルバンがそのことに気づき、ちらりと左に視線をやった時、パジェロの左側面の窓が開き、そこからAK-74SUの銃口が付き出された。フォルバンが目を丸くし、運転手に警告しようとした瞬間、2丁のカービン銃が火を吹き、5.45mm弾を毎分約650発の早さで繰り返しリムジンに向かって浴びせた後、暗殺者が乗るパジェロは急加速してその場から走り去っていった。

 

 市民からの通報により、パトカーと救急車が銃撃事件の現場に辿り着いた時には、ルイ・フォルバンとアンリ・ルノーの二人はハチの巣となり、とっくのとうにこと切れていた。

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