影に潜む
9月17日 0911時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
柿崎一郎はいつものように防弾仕様のハマーを運転し、ユーロセキュリティ社の正門に向かった。ホルスターにはヘッケラー&コッホのSFP-9を入れ、車のダッシュボードに下にはシグP226も収めている。
ユーロセキュリティ社では武器の世代交代が始まり、古いブローニングハイパワーやベレッタM92FSなどは一部は予備武器として保管はされているものの、殆どが廃棄処分され、代わりにシグP320やグロックシリーズの第5世代モデルが幅を利かせている。
そうは言っても、古参の職員の中には未だにマニューリンMR73やスミス&ウェッソンM36などのリボルバーを使い続けている者もいるし、自分たちのような特殊現場要員が海外で作戦を行う時、証拠を残しづらい、アフリカや中東などで回収したAK-47のコピー製品も大量に武器庫に収められている。
警戒レベルは未だに高く、その辺りを歩いている警備員はM320グレネードランチャーを装着したHK416やベネリM4を持ち歩いている。柿崎はセキュリティチェックを終え、いつものように指定されている駐車場にハマーを置いた。
柿崎は、まずはユーロセキュリティ社の心臓部でもあるオペレーションルームに向かった。そこでは、長い机がズラリと並び、ここでは、海外に派遣されている警備部隊や国内における小規模な警備を行う部隊の状況が映し出されている。
柿崎ら特殊現場要員は、大規模テロが発生した時に緊急対応を行うこともあって、平時は極めて自由、というよりは定期的な戦闘訓練を行う日でも無ければ、出社する必要すら無い。
だが、この連中はみな独身ともあって、自宅で待機していてもそれほどすることも無いため、大抵は本部でダラダラ過ごして、定時になったら帰るということを繰り返している。
何かコトが発生しない限りは非常に暇な特殊現場要員とは違い、情報部は休日を除いて暇な日は無かった。それどころか、週末でも空ける訳にはいかず、ローテーションを組んで常に数名が部署にいるような体制を取っている。
今日は、ここのボスであるカート・ロックは休みだった。そのため、ここの職員は昨日のうちに予め決められていた手順に従って全員が仕事を進めている。ユーロセキュリティ社はあくまでも民間企業であるため、地元当局などから要請があり、余程の緊急事態が発生でもしない限り、休暇中の人間の人間を呼び出したりはしないのだ。
特殊現場要員のうち、βチームは今日は全員が休日になっていた。そのため、今日、万が一テロ事件が発生し、かつ当局からの協力要請が出た場合、αチームと、彼らのバックアップのために緊急に編成された支援チームで対応に当たらねばならない。
今日は何事も起きませんように。柿崎はそう祈りながら、オペレーションルームにある自分のデスクに向かって伸びをした。もう少ししたら射撃訓練でもやろう。後は、今日も何事も無く一日が過ぎて行ってくれることを祈るだけだ。
9月17日 0913時 スーダン 某所
ナイル川の支流のほとりに、バラックやテントが整然と並んでいた。トラックやジープが大量に並ぶ駐車場も設置され、更にはヘリの発着場、衛星通信施設まである。
ここは、ジョン・ムゲンベが率いる組織の活動拠点の一つで、AK47やFALを持つ連中が隊列を組んで闊歩していた。
丁度、このキャンプには、ムゲンベの盟友であるファリド・アル・ファジルが訪れていた。アル・ファジルはまずはここの管理者のゲオルギー・バルトロフに出会い、次なる攻撃計画の概要の説明を受けていた。
「既に細胞は送り込んでいます。フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、イギリス、スイスに。攻撃班がいます。ミスター・ムゲンベの指示さえあれば、いつでもターゲットを攻撃できます」
「ふむ。それで、ターゲットに指定しているのは?」
「誰でも。我々は政府職員から一般市民まで、どんな奴でも攻撃します。勿論、どのターゲットを攻撃するのかは、ボスの指示次第です。我々は、ターゲットの情報を常時ボスに送り続け、ボスが攻撃するターゲットを選定します。ボスは攻撃するかしないかの決定だけを行い、やり方やタイミングは全て我々に任されています」
「なるほどな」
「現在、ターゲットとしているのは、フランスのデュプレックス・エネルギー社の幹部、ルイ・フォルバン、同じくフランス在住のEU議員のマリー・デュルーム、それからスペイン在住の資源開発会社の社長であるエンリケ・バレンシス。この3名は、アフリカにおける資源開発を行っていますが、これを見て下さい。このパイプラインはデュプレックス・エネルギー社が設置しているものですが、我々が同じように資源開発する地域を南北に侵害しています」
「確かにな。それで、どうする」
「ボスは同時多発的な攻撃を指示しました。このパイプラインを爆破するとほぼ同時に、3名のターゲットを排除しろと」
「それで、攻撃はいつ行われる?」
「ほぼ1週間後です。まずは、ターゲットの動向を掴まねばならん。事を急いで失敗する訳にはいきませんから」
「わかった。それで、ムゲンベは今どこだ?」
「ここから東に200km程離れた、もう一つの拠点にいます。と、言いましても、ボスはすぐにソマリアに向かわねばならないのです」
「何故だ」
「北朝鮮から武器が届くのですよ。勿論、全て小火器です。AKにRPG、機関銃が大半ですが、爆薬もたっぷりありますが」
「北朝鮮か。フン」
「北朝鮮人は、本物の米ドル札をぶら下げたら、気前よく武器を売ってくれますからね。北朝鮮人が直接届けに来る訳ではありません。持ってくるのは、我々にカネで雇われた一般人です。勿論、中身が何であるかなんて知らせてもいません。ああいう連中は、カネ欲しさに運び屋をやっているような奴らですから」
「なるほどな。その武器でヨーロッパでの暗殺作戦をやるとでも?」
「とんでもない。そんなことをしたら、簡単に大きなテロ組織がやったとバレてしまいます」
「なに?」
「我々の今回の暗殺作戦は、あくまでも通り魔や路上強盗を装わねばなりません。AKや爆弾を使ってしまったら、簡単に犯人が割れてしまいますよ」
バルトロフは肩をすくめ、アル・ファジルは肩から下げているAK-47のストラップを調整し、足を進めた。確かに、自分たちの足取りが簡単に辿れてしまうような行動は抑えねばならない。
「我々も、不注意からアメリカ軍やイスラエル軍から無人機で空爆されたり、ミサイルを撃ち込まれた奴らを何人も知っている。それと、通信手段も気を付けねばならない」
「当然です。そのため、電話を使うのは緊急時のみに限定しています。通常は、プライベートネットワークシステムを使い、文章のみでのやり取りに努めています。音声通話は、当然ながら緊急時に限定しております」
「流石に慎重だな」
「攻撃を行う前後はこうなります。何かヘマをやらかして、全てを台無しにしてしまうのは絶対に避けるべきです」
「当然だな」
「ボスによれば、攻撃が終了しても、犯行声明を出す必要は無いとのことです。攻撃を仕掛けたら、我々は一旦姿をくらまします。下手に連続して行動をして、ボロを出すなというのがボスによる指示です」
「なるほど」
「勿論、この攻撃の後、大規模な攻撃も計画しています。奴らがアフリカから手を引くまで、攻撃を続けます」
「わかった」
アル・ファジルは腕組みをした。この様子ならば、すぐにでもムゲンベに会う理由があるとは言えない。ターゲットが決まり、ムゲンベが攻撃作戦を行う判断を下すのを待てばよいだけだ。必要も無いのに行動し、敵に見つかってしまうのは避けるべきだ。それならば、目立つ行動は避け、姿をくらますのが良いだろう。
「それでは、私は今は姿をくらますこととしよう。ムゲンベとはいつもの手段で連絡を取れば良いのだな?」
「ええ、それで構いません。それでは、お気をつけて」
ファリド・アル・ファジルは、キャンプの南側に停めてある自分のジープへと向かった。ムゲンベと直接話せなかったのは予想外だが、事は順調に進んでいるようだ。それならば、焦らずにじっくりとムゲンベの作戦が進むのを待つだけでいい。
アル・ファジルはジープの近くに立っていた3名の護衛に合図した。護衛たちはアル・ファジルと共にジープに乗り込み、ここから150kmほど東に離れた場所へと向かった。今日はそこにあるキャンプ地に滞在する予定だ。
そして、明日になったら、今度はエチオピアを超え、ソマリアに向かい、船に乗ってイエメンに向かう。とにかく、攻撃の実行が決まったらその前後はできる限り目立つ行動だけは避けねばならない。自分にそれが出来なければ、たちまちアメリカやヨーロッパの連中は、暗殺者を送り込んでくるか、無人機で空爆してくるだろう。




