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『何事も起きていない』日々

 9月10日 0911時 ドイツ シュトゥットガルト郊外 ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 ジョン・トーマス・デンプシーは相変わらずオフィスの椅子に座り、PCのモニターを眺めていた。今日は定例の経理関係の報告を受けることになっている。ユーロセキュリティ・インターナショナル社は紛争危険地帯での警備業務の委託が増え、売上も上々だ。

 どういう訳か、天然資源というものは、極めて不安定な国・地域に多く埋蔵されている場合が多い。まあ、その天然資源を巡って紛争が起きる、というのが正解なのだが。


 自分たちの商売相手は、何も政府や町の役場とは限らない。アデン湾やマラッカ海峡を通る貨物船やタンカーの所有会社、アフリカや中央アジアで天然資源を開発するエネルギー会社などなど。

 今日は、欧州の大手宝石会社の役員がやって来る予定だった。何でも、南アフリカ共和国に置いている自社の社屋の警備に関することだと言う。南アフリカ自体は紛争国では無いが、治安が極めて悪く、国民のみならず、海外からやって来るビジネスマンや外交関係者が強盗に襲われて金品を奪われたり、場合によっては死傷するという事件が絶えない。

 しかしながら、最大の懸案事項はこういった表向きの事業では無く、NATOから委託しているジョン・ムゲンベの追跡だ。

 ヘリの音が立て続けに聞こえてきた。音から判断すると、AH-6JかMH-6J、そしてベル412EPIのようだ。保有しているヘリは、どれもアメリカ陸軍機のようにガンシップグレーに塗装され、申し訳程度にわかるようにドイツ航空局のナンバー、もとい登録記号が記載されていた。


 9月10日 0912時 ドイツ シュトゥットガルト郊外 ユーロセキュリティ・インターナショナル社


 2機のAH-6Jキラーエッグがマーシャラーの合図で浮き上がった。1番機を操縦するのはハリー・パークスとロバート・グレインジャー。2番機のクルーはジョージ・トムソンとローレンス・ソマーズだ。

 そして、3番機のベル412EPIを操縦するのは、訓練生のピエトロ・スポルトーレと教官のハンナ・キージンガーだ。スポルトーレは、かつて第17強襲航空団と呼ばれていたイタリア空軍の空軍襲撃グループ出身で、キージンガーは元GSG-9だ。

 スポルトーレは2000飛行時間を超える経験があり、イタリア空軍が保有するありとあらゆるヘリの操縦資格を持つ。一方で、スポルトーレの副操縦士を務めるキージンガーの総飛行時間は3400時間に及んでいる。

 このフライトは、スポルトーレの社内飛行訓練兼技能検定だ。勿論、ユーロセキュリティ社にはスポルトーレの操縦技能に関するデータはあるものの、実際にその通りの技能があるのかどうかをテストする必要があるからだ。

 412EPIのキャビンの椅子には、ヘリの操縦教官であるアメリカ陸軍第160特殊航空連隊出身のポール・マクナイトが座り、クリップボードに束ねた書類とタブレット端末を見ながら、採点のチェックリストを確認している。

 スポルトーレは難なくこの中型ヘリを浮揚させ、計画通りの間隔を取って2機の特殊作戦用ヘリと編隊を組んでフライトを始めた。


 一方で、屋内戦闘訓練施設ではスタングレネードの爆発音と、サイレンサーで抑えられた銃声が断続的に響いていた。今、ここで訓練をしているのは特殊対応チームの連中だ。この連中は、警備部に所属しており、近接戦闘班、狙撃班、作戦支援班に分かれている。主な任務と言えば、ユーロセキュリティ社の敷地内に侵入してきた武装テロリストの制圧・排除、内部で暴れる職員の制圧と拘束、jiその他敷地内に不法侵入してきた不審者を取り締まり、必要に応じて地元警察に引き渡すことだ。

「クリア!」

「クリア!」

 テロリストをかたどったボール紙でできた標的の頭部と胸部には、5.56mm弾の痕が刻まれている。今回の訓練では、撃ってよい標的と撃ってはならない標的があるため、彼らは一瞬でそれを見分け、撃つか撃たないかの判断をしなければならない。

 連中は次の部屋に向かった。ドアの前で一度立ち止まり、フォーメーションを整える。部屋に突入する時は、誰がどの役目を担うのか、ブリーフィングで予め決められていたため、彼らの動きは至ってスムーズだ。

 ドアの両サイドにサプレッサーとCOMP-ML2光学照準器を取り付けたUMP9サブマシンガンを持つ4人の警備員が張り付き、一旦その場に立ち止まる。

 そして、先頭を任されている隊員がドアを開き、中にスタングレネードを投げ込んだ。大きな爆発音と、直視すれば目を傷めかねない強烈な閃光が放たれる。

 爆発の直後、特殊対応チームの一人がすかさず屋内に飛び込んだ。中には、AKを構えるテロリストを描いたボール紙の標的が二つあったため、この隊員はすかさず両方の頭部に5.56mm弾を2発ずつ撃ち込む。

 この隊員は、最初に決められていた通り、ドア側の壁を背に、部屋の右側へと横歩きで向かう。続いて、2番目に突入した隊員がボール紙の標的を撃ちながら、壁を背にしつつ部屋の左側を占領する。

「クリア!」

「クリア!」


 廊下の向こうでは、4人の特殊対応チームがまだ確認できていない部屋へと向かっていた。既に突入し、制圧済みの部屋のドアは識別のために開けられたままになっている。

 全員がボディアーマーとアサルトスーツ、PASGTヘルメット、ゴーグルを身に着け、口元を黒い布で覆っているため、個々人の顔を見分けることは難しい。そのため、彼らは身振り手振りでお互いの意思疎通を図っている。

   

 制圧が完了していない部屋に対応チームの4名が接近した。まずは、先頭を行く隊員がドアの周囲を両手でゆっくりとなぞり、爆発物の仕掛け線などの有無を確認する。

 そして、鍵がかかっていることを確認し、ショットガンで鍵を吹き飛ばすことに決めた。M26モジュール式ショットガンにスラッグ弾を装填した弾倉を取り付け、蝶番を全て撃った。

 蝶番を破壊すると、即座に2番手の隊員が内部にスタングレネードを投げ込む。激しい閃光と爆発音が同時に部屋の中を満たす。中に人間がいれば、そいつは確実に動けなくなってしまうはずだ。

 先頭の隊員の視界に最初に入ってきたのが、拳銃を持つ男の絵が描かれた張りぼてだ。彼はUMP9を構え、9mmのハイドラショック弾をそいつの顔面に撃ち込む。続いて、2番目に入ってきた隊員はAK47を持つ覆面姿の人間の顔に弾丸をぶっ放し、そいつの隣に置いてあった拳銃を持つ男の張りぼても撃つ。

「クリア!」

「クリア!」


 特殊対応チームの面々は、全ての部屋を制圧したことを確認した。この建物の至る所にカメラが設置されているため、訓練中の全ての隊員の動きは逐一記録されている。そのため、デブリーフィングでは一切のごまかしが効かない。

 勿論、ユーロセキュリティ社の武装隊員たちは、そのことを把握しているため、訓練後の反省会で嘘を吐いてもすぐにバレてしまうことを知っている。

 だが、教官連中も、例え訓練生がミスを犯したとしても、彼らを必要以上に責め、非難することはない。それ以上に大切なのは、この訓練で生じたミスを分析し、原因を究明して、次の訓練、そして万が一『本番』がやって来た時に活かすことなのだから。

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