収束
3月5日 2117時 デンマーク 首相官邸
『首相、事態は一刻を争います。このまま北海油田にタンカーが突っ込むと、大惨事は免れません!』
シュレーゼンが電話で切羽詰まった様子で言った。首相はその声を聞いて事態の深刻さを悟った。
「積まれていたという、例のプルトニウムだが・・・・あれはどうしたのだね?」
『実は・・・・奴らがヘリで持ち去りました。それについては、敵のアジトを急襲した時に見つけた資料で明らかになりました。それによると、敵は核物質が積まれていたことを知らなかったようです』
「どういうことなんだ?」
『プルトニウムは偽装するためにタンカーに積んでいたそうです。しかし、テロリストはそのタンカーには石油が積まれていたと考えていたそうです。ところが、積まれていたのはプルトニウム。そこで、計画を変更して脱出に使う予定だったヘリで持ち去ったようです。その代わりに、タンカーのありとあらゆる所に爆薬を設置、油田に突っ込ませて大爆発させる。これが奴らの計画だそうです』
「くそっ、どうしたら・・・・・」
『首相、私の個人的な意見としては・・・・タンカーの撃沈を進言します』
「撃沈・・・・ところで、そこに核物質が無いのは確かなのか?」
首相は一番重要な疑問を口にした。
『核物質はコンテナ1つに積まれていて、それはテロリストが持ち去りました!アレを止めなければ、北海の半分が油まみれになってしまいます!』
「わかった・・・・どうすればいい?」
『タンカーを撃沈するのです。それ以外にこれを止める手立てはありません』
「しかし、本当に核物質は奴らが持ち去ったのか?もし、奴らがプルトニウムを置きっぱなしにしたままだったらどうするんだ?」
『それについては心配いりません。先程、リトアニア政府に確認を取りました。奴らが持ち去ったのは核物質の容器に間違いありません!あそこにプルトニウムはありません!』
「わかった・・・・空軍を出動させろ。アレを撃沈するんだ。だが、プルトニウムを奪われたことは・・・・・」
『隠しても仕方がありません。そのまま公表すべきです』
3月5日 2145時 デンマーク スクリュズストロプ空軍基地
4機のF-16AM戦闘機が離陸していった。胴体下には燃料タンクを、翼の下にはAGM-84ハープーン対艦ミサイルを2発ずつ搭載している。デンマーク空軍が対艦攻撃を行うのはこれが史上初だ。
『シャーク・フライト。こちらHQ。任務は明らかか?』
「標的は"ブルードルフィン号"これで間違いないな?」
『間違いない。撃沈しろ。アレが油田に突っ込んだら大惨事は免れない』
「了解だ。撃沈する」
3月5日 2146時 北海
無人のタンカーはエンジンをかけたまま、北海油田に向かっていった。そして、その内部では大量のセムテックスが時限信管に繋がれて、その役目を果たす時を待っていた。
3月5日 2147時 デンマーク 海岸
傭兵たちは地元警官と合流し、状況を説明していた。死体と持ち物を証拠品として引き渡し、銃撃戦の一部始終を説明した。
「こいつらがタンカーを乗っ取った連中の仲間に違いありません。分析には暫くかかりそうですが、グルだったという証拠が叩けば叩くほど出てくるでしょう」
巡査部長の一人が言った。
「しかし、何故あなた方が奴らの追跡を?我々や軍に任せておけば・・・・」
「時間がありませんでした。おまけに、どこかに奴らの仲間がいると推測したのは我々です。政府のお役人は否定しましたが・・・・・結果はこの通りです」
トリプトンが説明する。
「わかりました。ここはもう我々に任せて下さい」
「では、もう行って良いですかな?ヘリを呼んであるので」
「ええ、構いません」
トリプトンが立ち去って、無線機に何事か言う。すると、ヘリが2機、空き地の方へ降りてきた。仲間に合図を送り、ヘリに乗る。HH-60Gはエンジンの回転を上げて、そのまま飛んで行く。現場検証をしていた警官たちは一斉に顔を上げ、飛んで行く軍用ヘリを見送った。
3月5日 2151時 北海
F-16が獲物を捉えた。既にタンカーは最高時速である時速33ノットで油田に向かって一直線に向かっている。そして、パイロットは知るよしも無かったが、タンカーの中には大量の爆薬が積まれ、あと14分で爆発するはずだった。
「こちらシャーク01、標的を確認した」
「02」
「03、標的を確認」
「04、視認した」
「こちら01。安全装置解除せよ。最大射程で攻撃せよ。発射まであと2分」
戦闘機はきれいにフィンガーチップ編隊を組み、低空で獲物へと近づいていった。やがて、射程距離に入ったため、ミサイルを発射した。ハープーンはマッハ0.85で暫く飛んだ後、標的であるタンカーを捉え、アクティブレーダーを作動させた。ミサイルはそのまま巨大な船体に飛び込んだ。
3月6日
テロの一部始終は瞬く間に世界中を駆け巡った。そして、報道の中でリトアニア政府、カナダ政府の危機管理体制の甘さが指摘され、奪われた核物質を今後、どうするのかといったことや、危険な物質を輸送する貨物船の警備の強化などが議論された。しかし、この事件で実際に戦った人間たちには誰一人、触れようとはしなかった。