猟犬たちの訓練
9月3日 0911時 ソマリア モガディシュ
ジョン・ムゲンベは部下が運転する車の後部座席に乗り、モガディシュの市内を進んでいた。助手席に乗っている護衛はAKS-74Uを持ち、隣の席に座っている部下は56-1式自動小銃というAK47の中国製コピー銃を持っている。
ソマリアは今でも混沌としており、各地域で武装勢力が乱立し、小競り合いを続けているという相変わらずの様子だ。しかし、ムゲンベのように戦う力を持つ組織を率いる人間にとって、このような国は身を隠すのにはうってつけだ。まず、こんな危険極まりない国にわざわざやって来る外国人なんてそうそういないし、西側諸国もこの国にたいする関心を急速に失い、諜報員を派遣したりすることがほとんどない。
車は市場の広い通りを進んだ。かつて、ここでは米軍とアイディードと呼ばれる男が率いる武装勢力が激しい戦いを繰り広げていた。アメリカを中心とする多国籍軍は、ここで内戦が発生した時、資源開発のための安定を名目に戦闘を繰り広げ、この国を滅茶苦茶にした。しかしながら、ソマリアが自分たちにとって魅力が無い国だということに気づくと、西側諸国の連中は早々に軍を引き上げ、この国をボロボロにしたまま放置した。
そして、ソマリアは統治する者を失い、貧困のどん底に落ちて行った。手を差し伸べる国も無く、内戦でゲリラとなった人々は、生きる糧を求め、特に、内戦でかつてゲリラとして武装していた漁師たちは海賊となった。
暫くの間、アデン湾などを通る貨物船などを襲い、物資を略奪することで生活してきたが、すぐにまた西側諸国に目を付けられた。隣国のジブチ政府は、アメリカや西欧諸国に対して、海賊を排除するための作戦を行う軍の拠点を差し出した。ムゲンベにとっては、それはジブチ政府による、アフリカへの裏切りとしか見えなかった。
ジブチにはアメリカをはじめとする西欧諸国、それどころか、日本や中国など、アジア各国の海軍艦隊や航空機までやってきた。あっという間に海賊は抑圧され、生活のための金品や身代金を得ることが難しくなってしまった。
奴らは、どこまでアフリカを虐待し、収奪すれば気が済むのか。しかし、今度は我々が奴らから収奪する番だ。
9月3日 0933時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
ユーロセキュリティ社の社屋区画から2kmほど離れた市街地戦闘訓練施設に2機のMD500ヘリが近づいてきた。ヘリの両サイドにはベンチがあり、1番機のベンチには4人、2番機のベンチには3人、重武装した男たちが座っている。
MD500が着陸すると同時に、銃を持った7人の戦闘服姿の人間が散開し、建物の影に隠れた。連中は銃を構え、それぞれ死角が生じぬよう、360度全周囲を警戒する。
「βチーム、こちらαチームだ。予定通り通りに展開した」
ハワード・トリプトンがサプレッサー付きSiG516自動小銃を手に、スロートマイクで報告した。チームの選抜射手兼狙撃手のシャルル・ポワンカレ以外のメンバーはトリプトンと同じ銃を持っている。
ポワンカレが持っているのはHK417で、レシーバーの上には5倍から20倍の可変倍率式のスコープが搭載されている。命中精度を重視した場合はアキュラシー・インターナショナル社製のL96A1やレミントンM40A5を選ぶが、このように機動性を重視する場合は、このような7.62mm口径の自動小銃にやや長めのバレルと狙撃用スコープをあしらったものが有利だ。勿論、銃口にはサプレッサーが取り付けられている。
『βチーム了解。こちらも作戦通り行動する』
ヘリの重低音が遠くから聞こえてきた。ガンシップグレー一色に塗られた、MH-60L(DAP)特殊作戦用ヘリだ。ヘリには7.62mm口径のM134ミニガンの他、AGM-114Kヘルファイアミサイルの模擬弾を搭載したM299ランチャーとM68多連装ロケットポッドを2基ずつ搭載している。
隊長であるトリプトンの周囲にチームの隊員たちが円を描くように集まる。トリプトンは地図とタブレット端末を手に、チームメンバーに説明を始めた。
「よし、ここに重武装のテロリスト連中が逃げ込んで隠れた。情報によれば、奴らはこの辺りをうろついているか、もしくは住民を人質にして立てこもっている可能性もある。奴らの武器は、把握してる限りではカラシニコフにRPG、拳銃、手榴弾などだ。また、自爆用のプラスチック爆薬も身に着けていることも考えられる。そのため、今作戦では捕虜は取らず、奴らを見つけたら、"即制圧"だ。以上だ」
ユーロセキュリティ社の司令本部では、クリス・キャプラン以下、教官連中が複数台あるモニターの前で訓練の様子を観察していた。訓練の様子は、全て記録され、終わった後のデブリーフィングで評価、統括され、今後の反省点や教訓を確認するために活用される。
訓練施設の各所には記録用のカメラが設置され、トリプトンたちが身に着けているヘルメットにも、リアルタイムで映像と音声を送信するためのCCDカメラが取り付けられている。勿論、その画像もキャプランたち教官連中にリアルタイムで送信されるが、教官たちは決して訓練の途中で訓練生たちに口出しをしない。戦場を見渡せることによって、見ている側はあれこれ現場の隊員にあれこれ口出しをしたくなるものだが、それによって現場に混乱をきたしてしまうことを、教官連中は誰よりもよく知っているからだ。
9月3日 0935時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
ブルース・パーカーは自動小銃を手に標的を探した。標的と言っても、生身の人間では無く、AKを持ったテロリストを模したマネキンだ。ところが、今回の訓練では、撃つべき標的と撃ってはならない標的とが混在している。そのため、標的を見たからと言ってすぐに敵と判断して撃ってはならない。
パーカー率いる小隊は素早く訓練施設の通りを慎重に進む。そして、古びた木造の建物の辺りにAK47を持つテロリストをかたどった張りぼてを2つ発見した。パーカーが仲間たちに合図し、無線でαチームにも知らせる。
「こちらβ。タンゴ2人確認。排除する」
『α了解』
ハワード・トリプトンの返答とほぼ同時に、パーカーは喉を親指で掻き切る仕草をした。敵を排除しろ、という意味だ。
オリヴァー・ケラーマンがSiG516を構えて前に出た。COMP-MLⅡドットサイトでも十分狙える距離だ。ケラーマンは4回、立て続けに引き金を引く。サプレッサーで銃声が抑えられているため、銃の内部でボルトがガス圧によって前後する音以外、殆ど鳴らない。
「β、タンゴ排除確認。前進する」
パーカーたちは訓練施設の中にある通りを進んだ。途中、先程撃った標的を地面に横倒しにしておく。そうしておかないと、後でトリプトンにチームがここにやって来た場合、この標的は排除されていないと判断して、無駄弾を撃つ結果になってしまうからだ。
訓練施設の上空を、ガンシップグレーに塗られた中型ヘリが2機、まるで地上にいる生き物を威嚇する翼竜のように飛んでいた。ヘリのキャビンから突き出たM134ガトリングガンが、その不気味さを一層引き立てている。
「こちらブルーホーク。現在、町の北東を捜索している。標的は確認できない。繰り返す。標的は確認できない」
ダニエル・リースがM134を構え、地上の様子を窺った。これが本番ならば、リースの役目は空から逃走するテロリストを見つけ、ガトリングガンで文字通り挽肉にすることだ。
『こちらβチーム。これより西24番通りを西28番通りに向かって移動する』
「ブルーホーク了解。西24番通りから西28番通りを撃たないよう注意する」
とはいえ、この訓練での標的は微動だにしないマネキンなのだ。つまり、この訓練で確認できる動くものは撃ってはならないものということだ。しかしながら、実際の作戦においては、味方、敵、そして第三者と撃つべき標的と撃ってはならない標的を正確に見分ける必要がある。
そのため、ヘリのクルーチーフ兼ガンナーであるダニエル・リースとアラン・ベイカーは精密射撃が必要になった場合に備えて狙撃スコープを搭載したM14EBRを携行していた。
これまで出動したケースを加味すると、自分たちはひと気の無い砂漠や山岳地帯でひっそりと設置されたテロリストキャンプを急襲するよりも、市街地で暴れまわるテロリストを地元警察らと連携して排除するという状況に置かれる可能性が極めて高いのだ。
やがて、先程、無線で知らされた通り、西24番通りから7人の黒ずくめの集団が現れた。彼らは大きく間隔をあけ、素早く西方向に向かって移動していき、やや高い鉄筋コンクリート造りの建物の後ろに姿を隠した。この訓練に参加している隊員たちは、全員、これを訓練では無く、実際の武装テロリスト狩りを行っているつもりでいた。




