朝のひととき
8月21日 0911時 ドイツ ユーロセキュリティ社
カート・ロックは仕事の引継ぎを部下に任せ、ようやく帰宅することができるようになった。しかしながら、連続16時間も勤務をしていると頭がイカレてきそうだ。ロックは紙カップを手に取ると、コーヒーメーカーのボタンを押し、冷やされたブラックコーヒーを注いでから一気に飲み干した。
ところが、この状態で車を運転して帰宅するのは危険だとロックは判断し、休憩室で何時間か休むことにした。ここで、ロックはコーヒーを飲んだことを後悔した。カフェインで目が冴えてしまい、仮眠することが難しくなってしまう。
ロックがワークステーションから仮眠室に向かう途中、大きな段ボール箱を幾つも載せた台車を押す作業員たちとすれ違った。その箱には『Federal Premium Ammunition』というロゴが描かれている。アメリカから輸入した弾薬が届いたのだ。ここには、毎週、数十万発単位の弾薬が搬入されてくる。
続いて作業員が列を成して武器庫の方に向かって行くのが見えた。手には特徴的な強化プラスチック製の箱を持っている。ケースには銃器メーカーのロゴが描かれていた。
ロックは情報部で毎日、各地に派遣されている部隊が送ってくる情報を精査し、パズルのピースにしてそれを組み立てるのが仕事だ。22口径のルガーMkⅡ拳銃やアンシュッツ2013競技用ライフルすら撃ったことが無い。そういう仕事は現場要員に任せればいい。
射撃場では鋭い銃声が連続して鳴り響いていた。シューティングレンジのレーンに立つ柿崎一郎の右隣の机には、ヘッケラー&コックのSFP-9、グロック19とそれぞれの弾倉。9mmのフルメタルジャケット弾が入った箱のタワー。そして、5.56mm弾がぎっしり入ったマグプル社製のP-MAGが置かれている。柿崎本人は、頑丈なアイウェアとイヤープロテクターを身に着けている。
柿崎はスリングで肩から吊り下げていたSIG516自動小銃に弾倉を装填し、ボルトを引いた。そして、銃に搭載されているCOMP-M2光学照準器をのぞき込み、ターゲットに狙いを付けてゆっくりと引き金を引いた。
AK47を持つテロリストをかたどったターゲットの、ちょうど頭部のど真ん中に銃弾の痕が刻まれる。更に数発をターゲットの胸部に叩き込み、自動小銃の安全装置をかけてから拳銃に持ち替えた。
柿崎は素早く標的に狙いを定め、グロックの引き金を引いた。これはGen5のモデルで、グリップ感とトリガーを引いた時のキレが格段に向上した。元々柿崎はグロックを気に入っていたが、その長所を更に洗練させたモデルと言えるだろう。朝一の時間帯のため、他にシューティングレンジにいるのはユーロセキュリティ社のタクティカル・ヘッドコーチであるクリス・キャプランくらいのものだ。
そのキャプランは黙って腕を組み、イヤープロテクターとアイウェアを身に着けて柿崎の射撃を後ろから眺めていた。キャプランは、下手に訓練生の射撃訓練を中断させない。アドバイスをするときは、必ず訓練生が一息つくタイミングを見計らってからと決めている。さもないと、訓練生の集中力が途切れ、結果に影響が出る。
柿崎は9mmのフルメタルジャケット弾を標的の頭部と胸部に連続して叩き込んだ。確実に敵を仕留めるやり方だ。これは特殊作戦群に入った時に教わったやり方だ。彼は歩きながら拳銃を撃ち、30mm先の標的に確実に弾丸を叩きこむ訓練を積んできたのだ。
柿崎は銃のスライドを引いたまま弾倉を外し、アイウェアとイヤマフを机に置いた。後ろからクリス・キャプランがゆっくりと歩み寄る。
「ふむ、相変わらずだな。俺が見ても直すところが無いとはっきり言える」
「そうですか。まだ改善するべきところがあると思うんですがね」
「お、やってるな」
柿崎とキャプランが声がする方を見ると、マグヌス・リピダルが大きなガンケースを持ってシューティングレンジに入ってきた。リピダルはイヤマフを首にかけ、アイウェアを身に着けている。
「やあ、マグヌス。君も訓練か?」
「ああ。こいつを撃ってみようと思ってな」
リピダルはガンケースを開いた。その中から、ブルパップ式のアサルトライフルを取り出した。
「何だ、その銃?」
「ケルテックのRFBだ。最近、10丁程テスト導入をしたやつだ。マガジンはFNのFALのものを流用して、F2000みたいに前方に排莢する」
「そうなると、弾は7.62mmNATOか」
「ああ。全長が短いから取り回しがいい。だが、やはり7.62mmNATOだから、接近戦には向かない銃だな」
リピダルがRFBに弾倉を取り付け、ボルトを引いたので柿崎とキャプランはアイウェアとイヤマフを身につけた。リピダルは銃を構えて深呼吸し、RFBのレシーバーの上に取り付けられたCOMP-ML2を覗き込み、標的に狙いを定める。
先ほど、柿崎が射っていたSiG-SG516やSFP-9とは比べ物にならないほど激しい銃声がシューティングレンジに鳴り響く。耳を保護するものが無ければ耳鼻科の受診が必要になるレベルの音である。
大人の中指ほどもある大きさの薬莢が、銃身のすぐ隣にある排莢口から落ちて、リノリウムの床にぶつかる。この銃は、ブルパップ式の先発品であるAUGやFA-MASのように、射手の利き手にあわせて機関部を組み換え、排莢口を付け替える必要が無い。そのため、射手の顔の近くにあるレシーバー部分から硝煙や火薬のカスが飛んで、目や鼻を痛めることが無い。
「ふむ、悪くないな。417やSCAR-Lと比べて、特に欠点に思える部分は無い。全長が短いから、こいつに高倍率のスコープを載せれば、選抜射手の機動力を確保できる。FALのマガジンをそのまま使えるのもいいな」
リピダルは、更に弾倉3つ分を射った。放たれた弾丸は確実に標的に命中し、風穴を空ける。リピダルは標的を取り替え、再び銃を構える。
まだ、具体的に何をするべきなのか。全く見当がつかない。だが、それは現役のノルウェー陸軍特殊部隊にいた頃と変わらない、とリピダルは思った。確かに、通常の訓練の他に、SASやKSKといった海外のエリート部隊と合同演習をすることが年に数回はあった。幸か不幸か、リピダルは特殊部隊に所属してからユーロセキュリティ社に移籍するまで、全く実戦を経験してこなかった。
だが、それは、目の前にいる柿崎も同じだ。柿崎は、陸上自衛隊に所属していた頃、PKO派遣要員に混ざって情報収集活動をしていたが、実際に銃をぶっぱなす実戦は未経験だった。
今は、まず、目の前の訓練に集中するべきだ。いざ、出動が決まったその時に備えて。それは、一ヶ月後かもしれないし、半年後かもしれないし、5分後かもしれない。
備えあれば、憂いなし。リピダルはターゲットに狙いを定め、引き金を引いた。今、こうしていることが、実戦において、自分や仲間の生存率を少しでも上げることにつながる。鉛を食らうべきなのは、悪党どもだけなのだから。




