不毛の拠点
8月14日 0915時 ジブチ ロワイヤダ西部
4機のMD530ヘリがカラっと晴れた空を、編隊を組んで飛んでいた。乗っているのは、正副パイロットが合わせて2名と2名の重武装した警備員だ。
ヘリが目指した先は、幾つかのバラックや装甲車両、トラック、ハマーが整然と並んでいる駐機場だ。ヘリも、ベル412EPIとS-70、MD530がずらりと駐機されていた。
この駐機場の東には多くのバラックや倉庫が並んでいた。面積はほぼニューヨークのセントラルパークの敷地とほぼ同じという広大さだ。その敷地の中を、ブローニングM2重機関銃を搭載した車両が巡回し、自動小銃や対戦車兵器で武装した男女が歩き回っている。そんな彼らは防弾チョッキと戦闘服、防弾ヘルメットを被っている。そして、左腕には『EUROSECURITY INTERNATIONAL』という文字が描かれた腕章を巻いていた。
このジブチの拠点は、未だにアデン湾を荒らしまわっている海賊を掃討する拠点となっていた。かつては、アメリカ海軍を始め、多くの対海賊部隊が駐屯していたが、今ではその連中は引き払ってしまっている。そのため、再び海賊が暴れ回り始めていたが、ジブチ政府の依頼を受け、数多くのPMCが掃討作戦に乗り出していた。ユーロセキュリティ・インターナショナル社も、そんなPMCのうちの一つだ。
北にある海の方から、明るい艶消しグレーに塗られたクルーザーが2艘、やってきた。勿論、所有者は大金持ちではなく、ユーロセキュリティ社だ。クルーザーの前方甲板には銃座が設置され、ブローニングM2重機関銃が置かれている。更に、銃座は後部に2つあり、そこ搭載されているのはM240B汎用機関銃だ。自動小銃と拳銃、散弾銃で武装した警備員がそれぞれ10名乗っており、船内の倉庫にはスペアの銃や弾薬各種に加えて、FIM-92スティンガー地対空ミサイルや、FGM-148ジャベリン対戦車ミサイルまで置かれている有様だ。
今日のところは静かだったな、とアンリ・ポンドールは周囲を見渡してそう思った。ポンドールは元フランス海軍のコマンドー・ユベルという特殊部隊に所属していて、今はこのユーロセキュリティ社の海賊対処部隊として派遣されている身だ。
一昨日はかなり大変なことになっていた。なにしろ、東南アジアからヨーロッパに向かっていた、農作物をどっさり積んだ貨物船が海賊の襲撃を受けたのだ。海賊どもは、AK47やRPKで武装し、縄梯子で貨物船に乗り込み、シージャックを企んでいたようだった。
だが、通報を受けてポンドールの部隊がヘリと高速ボートで出動し、海賊どもの制圧に向かった。先にヘリが到着し、海賊に対して武装解除と投降を呼びかけたが、完全に無視されるどころか、カラシニコフで射撃してくる有様だった。そのため、海賊連中を上空から銃撃し、漁船もろともに海の藻屑にしてやった。更に厄介なことに、そいつらは自動小銃だけでなく、RPGまで持っていた。そのため、かなり遠くから銃撃しなければならなかった。高速艇に乗っていた連中には、ヘリのパイロットが警告を送っていたため、対処する暇があった。高速艇の部隊は、ジャベリンを放ち、海賊のボートを粉々にしてやったのだ。
本来ならば、海賊連中の拠点まで制圧してやりたいところだが、そこまでするのは難しい。何しろ、奴らのアジトは、普通の漁村とパッと見た目は変わらない。今まで、RQ-2パイオニアやMQ-9Cガーディアンを使ってそういった場所の偵察・監視を行ってきたが、確証を得るほどの証拠を集めることができた訳ではなかった。
ポンドールはこの日のパトロールを終え、交代要員とバトンタッチしてきたところだった。ここのところ、この駐屯地の人員の出入りが激しい。特に、昨日は情報部の連中がやって来たばかりだった。
8月14日 0922時 ジブチ ロワイヤダ西部
バルトロメオ・ジョーダンとマイケル・パルマーはエアコンの効いた建物の中でこの辺りの地形が描かれた地図を眺めていた。ジョーダンは元FBIの人質救出部隊に所属しており、背が高く、まるで陸上選手のように無駄な脂肪を極限まで落とした体つきをしたアフリカ系アメリカ人だ。一方のマイケル・パルマーは碧眼と黒い髪、白い肌を持つアイルランド系アメリカ人。パルマーは元CIAの工作員で、かつては西アジアや中央アジアに置いて、テロ組織を追跡する活動に従事していた。
この二人がジブチにやって来た目的は他でもない。テロリスト、ジョン・ムゲンベの足取りの追跡である。
「畜生。FBIにいた頃は、こんなのはやっていなかったぞ。確かに、凶悪犯の追跡という点では変わりはないが、こんなクソ暑いクソ砂漠にやって来て、こんな地味な作業をやることになるだなんてな」
ジョーダンはペットボトルの蓋を開け、中の水を口に含んだ。40度を超える外気温のおかげで、中身はすっかりぬるま湯になってしまっている。この建物の中はかなりマシだが、扉を開けた途端、猛烈な熱気が中に入ってくるのだ。
「クソッタレの世界へようこそ、バート。ここからは、こんなのばかりだぜ。退屈な傍受に尾行、張り込み、まあ、たまには空き巣まがいのことをやったりもするが、そういう事はほとんどやらない。でも、今回は・・・・・・銃を忘れてはいないよな?」
「当たり前だ。俺はFBIにいた頃は、常に銃を持ち歩いていたからな。ハジキが無ければ、おちおち近所も出歩けない」
ジョーダンは大きめのウェストポーチの中身を見せた。スミス&ウェッソンのミリタリー&ポリス9自動拳銃と予備弾倉が入れられている。予備の銃は9mm口径のワルサーP5だ。パルマーも同じ拳銃を持ち歩いている。
「よし、それならいい。勿論、使わないことに越したことは無いがな。俺たちの役目は、あくまでも情報収集だ。盗聴、盗撮、空き巣に追跡。以上だ」
「ああ。容疑者の追跡とあまり変わらないな。勿論、俺はビューローにいた頃は、空き巣のような真似はしたことは無いが」
「だろうな。だが、エージェンシーでは当たり前のようにやっていた。俺は非合法工作員。つまり、外交官の身分を与えられず、真っ黒なやばい仕事をしていたんだが、そういう事をするときは俺に任せておいてくれ。勿論、お前にもそれに関係するテクは伝授してやる」
「やれやれ。ところで、ターゲットの目星は付いているんだろうな?」
「ああ。現地人を買収して、幾つか情報を得た。勿論、それが信用できるかどうかは置いておいて、それをふるいにかけて、精査しなきゃならん」
「ふむ」
「それと、ここの携帯電話とインターネットの通信基地局に傍受装置を設置させておいた。メンテナンス業者を装った工作部隊を派遣して、な。今頃、その装置は、基地局を介して行われているあらゆる通話や通信の情報を傍受しているはずだ」
「その中から、ムゲンベの組織に関係する連中の通話を見つけろとでも言うのか?気が遠くなるような作業だな」
「少なくとも俺は、それをやっている連中を知っている。こうやって、世界の安全は守られていくのさ」
「だが、ターゲットを見つけた時はどうする?もし、チャンスを逃したら、簡単に逃げられて、また雲隠れされて二度と見つけられなくなるだなんてことがあるんじゃないのか?」
「ああ、現役のCIA局員だった時は、そんなのしょっちゅう経験したぞ。折角、大物のテロ容疑者がどこで何をしているのか、完全に把握しているにも関わらず、上が攻撃許可を出さなかったケースがな。パラミリ部隊を送るどころか、無人機すら寄越さない阿呆なケースオフィサーに何度悩まされたことか」
「それで、連中の言い分は?」
「もし、間違って民間人を攻撃したら、どうする?だってさ。確かにそれは言えているが、こっちはしっかりと悪人の顔まで拝んで、カメラでくっきりと写真を撮って証拠を掴んでいるにも関わらず、だぜ。信じられんよ」
パルマーはかぶりを振って、チョコバーを齧り、それをミネラルウォーターで胃袋に流し込んだ。
「それで、今後の指針は?」
「まずはここにジョン・ムゲンベの組織の奴らがいるかどうか確認しないとな。そして、奴を捕獲するなり、頭を撃ち抜くなりする連中を呼び寄せる。俺たちができるのは、そこまでだ」




