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放たれた猟犬

 8月5日 1105時 ドイツ シュトゥットガルト空港


 ウクライナの登録番号が機体に描かれた1機のAn-124輸送機が滑走路にズシンと着陸した。巨大な輸送機はゆっくりと貨物ターミナルに向かって行く。

 テロの影響からか、旅客機の発着は極めて少なくなっていた。エプロンにはB737やA320がまばらに駐機している程度である。


 そんな中、ガンシップグレーに塗装された2機の無骨なヘリコプターが空港の上空に現れ、目立たないようにヘリパッドに着陸した。ヘリはローターを回したまま待機している。

 やがてヘリパッドに2台のタンクローリーがやってきて、ヘリに給油を始めた。そのヘリのキャビンには、バラグラヴァで顔を隠した怪しげな連中が乗っていた。


 給油を終えた2機のヘリは、管制塔から離陸許可を取りつけるとそそくさと離陸していった。そして、そのヘリに対して、特段、注意を向けた人間はほとんどいなかった。


 8月5日 1125時 ドイツ シュトゥットガルト郊外


 ユーロセキュリティ社のヘリパッドに2機のMH-60Lが着陸した。キャビンのドアが開き、中から特殊現場要員のメンバーが降りてくる。結局のところ、NATOは"ブラックスコーピオン"を一度、本拠地に戻した後に待機させるという決定を下した。メンバーたちは、まずはシャワーを浴び、新しい服に着替えて武器を保管庫に戻して新しく支給されたスミス&ウェッソンのM&P9拳銃とホルスター、9mmのホローポイント弾が装填された弾倉が入ったポーチを受け取り、ボスへと報告に向かうブルース・パーカーとハワード・トリプトン以外のメンバーは休憩を取ることにした。


 ジョン・トーマス・デンプシーは机の前に座り、パソコンのキーボードを叩いていた。先日のテロに関しては犯行声明は出ていないが、十中八九、ジョン・ムゲンベが率いる組織の手によるものだろう。

 昨日、アフリカと中東に諜報員を派遣した。モサド出身の優秀なスパイたちだ。彼らが情報を集め、ターゲットの位置を確定させる。そして、ここで精査して、猟犬を放つ。これがユーロセキュリティ社が過去に何度もやってきた手法だ。これによって、数年間に渡り10名ものテロ組織の幹部や指導的立場にある人物を"除去"した経歴がある。デンプシーらが、NATOの仕事を請け負い始めるよりずっと前のことだ。普通ならば、謀殺、あるいは故殺の罪状で、ユーロセキュリティ社の関係者が一斉に検挙され、起訴されかねないような事だが、この事実はNATO、ドイツ政府、およびEUの手によって闇に葬られている。


 やがて、オフィスのドアをノックする音が聞こえてきた。入れ、と言うと、やって来たのは予想どおりハワード・トリプトンとブルース・パーカーだ。

「やあ、ハワード。リスボンでは大変だったな」

「ええ。後でポルトガル警察から聞いた話ですが、負傷者は重軽傷合わせて約130名、死者は32名にも上ったようです。ここ最近のテロでは最悪の数値に近いです」

 その報告を聞いたデンプシーはゆっくりと酸素を吸い込み、吐き出した。ここまで来たら、何か行動を起こさざるを得ない状況だ。だが、できる事といったら、この爆破事件を引き起こしたくそったれがいる場所を突き止め、脳天に7.62mmNATO弾をぶち込むことだ。だが、そのくそったれを見つけ出さないことには何もできない。

「昨日、情報収集班を追加で派遣した。だが、成果が上がることは期待しない方がいい。ジョン・ムゲンベの組織はまるで幽霊の集団だ。見つけたと思った瞬間には、その場からいなくなっている。こんなことになるのは、最初からわかってはいたが、やはり早いところ奴をとっちめなければまた犠牲者は増えるだけだ」

「問題は、奴が何を考えているのか殆どわかっていない事です。こういう輩は、自分たちの主義主張を大々的に広めるのが普通ですが、現状ではそうではない。テロを引き起こしておきながら、その多くの場合、犯行声明を出していません。カートが言っていましたが、奴が犯行声明を出している率は、引き起こしたテロの件数のうち10パーセントも無いそうです。これでは、奴の頭の中身を読めないとカートは言っていました」

「全くその通りだ。おまけに、奴は慎重だ。ELINT/SIGINT班が言うには、奴は携帯電話やパソコンを使い捨てたり、グーグルのアカウントを作っては消すということを繰り返している。多分、奴だけでは無い。組織の人間にもそれを徹底させているんだろう。それに、ジョン・ムゲンベの組織の連中ものと考えられている"非アクティブ"アカウントを、これまでに少なくとも300は見つけたそうだ。勿論、そのアカウントは、今ではとっくのとうに消えてしまって追跡不可能になっている」

「そりゃそうですよ。俺が奴らの立場だったら、捨てアカウントをざっと100くらい用意して、使い次第消していくという手を使いますって」トリプトンがさも当然というような口調で言った。

「さて、暫くの間は工作員をアフリカと中東のそこら中に派遣して、報告を待つしかないな。もう何人かは現地入りしてるだろう」


 8月5日 1334時 ヨルダン クイーンアリア国際空港


 ルフトハンザ航空のA340-600が滑走路にタッチダウンした。細長い機体が誘導路を移動し、エプロンで停止する。

 ボーディングブリッジがドアにかけられると、そこに向かってぞろぞろと乗客たちが移動していく。


 その中に、ユーロセキュリティ社のナイジェル・ケリーがいた。ケリーは元MI6の工作員で、今は情報収集要員として世界中を飛び回る身だ。ケリーはあっさりと入国手続きを終え、予定通り、到着ロビーで迎えにきているはずの人間を探した。


 やがて、ケリーは目的の人物を見つけた。黒い口髭をはやし、黒く短い髪はパーマがかかって縮れている。浅黒い肌の男は、ケリーの名前を書いたボードを掲げていた。

「おい、ハッサン!」

 ハッサン・マームード・アリー・アブドルはケリーの方を向いた。アブドルはユーロセキュリティ社の警備要員の一人で、かつてはヨルダンの統合特殊作戦軍の兵士だった。

「やあ、ナイジェル。調子はどうだ?」

「ぼちぼちってところだ。さて、立ち話もなんだから、詳しい話は車の中でやるか?」

「ああ、そうだな」


 アブドルとケリーは駐車場に停めてあった大きなSUVに乗り込んだ。この車は非常に頑丈な防弾加工を施されており、12.7㎜弾による複数発の直撃に余裕で耐えることができる。車のダッシュボードにはMP7サブマシンガンが1挺とベレッタAPX自動拳銃が2丁。そして、それぞれの銃の予備弾倉が6つずつ入れられている。

「そっちの状況はどうだ?ハッサン」

「進展は・・・・あるとは言えないな。ムゲンベもアル=ファジルも、用心深い事この上ない。こっちの情報収集網に、まったく引っかかりもしない。まるで幽霊みたいな奴だ」

「要員はどれだけいる?」

「そこら中をあちこち歩き回る諜報班が2個中隊と警備隊が1個中隊。そして、何かあった時に行動をする強襲班が2個中隊だ。武器は自動小銃に拳銃、機関銃にロケット砲、ミサイルと何でもござれだ。ベル412やAW169といったヘリに、ハマー、ボクサー装輪装甲車も完備。命令さえ下れば、いつでもテロリストの拠点をぶっ潰しに行ける状態だ」

「ふむ。だが、今は地味な毎日・・・・・と」

「ああ。部屋にこもりっきりで、電話にメール、SNSの傍受をしている毎日だ。だが、特殊作戦っていうものの大半がこういうものさ。映画や小説みたいな、派手な冒険活劇とは縁が無いのさ」

「俺がMI6にいた頃だって、そんなもんだったさ。さて、早いところアジトに案内してくれ」

「あいよ」

 アブドルはSUVのキーを回し、アクセルを踏み込んだ。大きなエンジン音を立てて、大きな乗用車が足り出す。空港から都心に向かう幹線道路はやや混雑していて、バンやトラック、ジープなどが多く走っている。その大半が日本製か韓国製の車だ。

 ケリーが見上げた空は雲一つ無く晴れ渡り、強烈な日差しが降り注いでいる。さて、仕事にとりかかろう。

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