無聊をかこつ
8月1日 0731時 ポルトガル リスボン
多くの犠牲者を出した大規模テロから一夜明け、町の様子はガラリと変わっていた。通りの各所には重武装の警官や軍の兵士が警備を行い、爆弾が仕掛けられていそうな場所は定期的に警察官が監視のために見回っている。テロが発生した辺場付近は封鎖され、警官が実況見分を行っている。また、多くの警察官が不審な箇所を一斉捜査していた。
ハワード・トリプトンら"ブラックスコーピオン"のメンバーたちは朝食を食べるためにホテルの食堂にいた。周囲には何人かビジネスマンの姿が見える。観光客と思しき家族連れが、そそくさとチェックアウトするのが見えた。
屈強な男たちは席をそれぞれ確保し、料理を胃袋に収め始めた。ベーコンやクロワッサン、シーザーサラダ、パンケーキ、ソーセージなどがどんどん消えていった。
30分程で腹八分目まで食べた柿崎一郎は香りを楽しみながらコーヒーをゆっくりと啜った。そんなリラックスした状態でも、イージス艦のレーダーが周囲をスキャンするように、丹念に周囲の様子を確認した。スーツ姿の中年の男性が大きなスーツケースを引き、受付のカウンターでホテルマンと何やら話している。そして、その男はクレジットカードで料金を支払い、外に出て、すぐ目の前で待っているタクシーに乗り込んでどこかへ行ってしまった。
それが賢明な選択だ。テロの影響で、ポルトガルの滞在を短縮したり、来訪を取りやめる人間も急増しているだろう。
「で、これからどうするんだ?」ディーター・ミュラーがトリプトンを見て言う。
「どうするもこうするも、ポルトガル警察や本部の指示がなきゃどうにもならんさ。俺たちが勝手な判断で動くわけにはいかん。まあ、今日はのんびりホテルで読書としゃれこもうとするか。まあ、ボルジェス警部の差し金でもやって来たら話は別になってくるがな」
トリプトンはホテルの外の様子を見た。今日は地中海沿岸国の夏らしく、カラっと晴れて絶好の観光日和なのだが、かなり暑いだろう。湿気が無い分日本よりはマシだと柿崎一郎と山本肇は言っていた。確かにその通りだ。トリプトンは現役のグリーンベレー隊員だったころ、フォート・ブラッグから沖縄のトリイ・ステーションに度々派遣されたことがあるが、グアム並みに蒸し暑く、特に夏は暑さでよく眠れないこともあった。
「そうだな。おい、トミー、部屋に戻ったらチェスでもやるか」デイヴィッド・ネタニヤフがトム・バーキンの方を見て言う。
「そうだな。後は、情報収集か。とはいえ、どれだけ成果が出るかが問題だな。今回、ヨーロッパを攻撃している連中はまるで幽霊だからな。殆ど足跡を残さないし、こっちの網にちっとも引っかからない」
「ふむ。さて、ボスは今頃どうしているか・・・・・・」
8月1日 0833時 ドイツ シュトゥットガルト郊外
ヘリポートにシコルスキーS-76が着陸した。このヘリにはフランスの国籍記号が描かれ、黒く塗られた機体に金色のラインが引かれている。キャビンが開くと、中からサングラスをかけ、白いスーツに身を包んだ30代後半くらいの女性が降りてきた。その後ろからはブリーフケースを持つ男が降りてくる。
ヘリから降りてきたその女性、カトリーヌ・ランベールは顔をしかめた。ランベールはてっきり、スーツ姿の営業社員が出迎えにでも来るのだと思っていた。
だが、出迎えに来たのは、アサルトスーツと防弾チョッキ、ホルスターに拳銃を入れた女性と男性のコンビだった。女性は見た感じはゲルマン系のようだが、男性の方はアジア系の人間だ。
「ユーロセキュリティ社にようこそ、ランベールさん。私はマリア・リューベック。彼は大原修輔といいます」
「どうも」
ランベールは二人と握手を交わし、周囲を見渡した。ヘリポートには無骨なガンシップグレーに塗られた軍用ヘリが並び、地対空ミサイルのランチャーも見える。どう考えても普通の警備会社には見えない。
「さて、ランベールさん。あなたのご希望のパッケージは・・・・・確か、危険地帯における護衛部隊でしたね」
「ええ、その通りです。ここ最近、私たちが商品を採掘している鉱山の周囲では、身代金目当ての誘拐が続発していまして、社員の安全を守るためにも警備員を付けたいと考えていたところです。現地の警備会社も考えましたが、どうも信用ならない節がありまして、知り合いのつてを使って、あなた方に辿り着きました」
「そうでしたか。それでしたら、最適な部隊を編成できます。どの程度の部隊をご希望ですか?」
「どの程度、と言われましても・・・・・」
「そうですか。それでは、最高ランクの護衛部隊の編制をまずはお見せしましょう」
リューベックは手に持ったタブレット端末を操作した。そこには、武装したヘリコプター、無人機、装甲兵員輸送車、対爆装甲車、地対空ミサイル、対戦車ミサイル、迫撃砲などといった装備品がリストアップされている。
「これは・・・・・?」
「わが社が用意できる、最大武力です。紛争地帯における護衛や警備につきましては、基本的にこのサービスをおすすめしております。勿論、値段は決して安くはありません。用意する装備の種類、数、ご希望される警備員の人数によって値段は上下しますが、最高ランクの装備と派遣可能な最大限の人員を用意した場合、一日あたり70万ユーロとなります」
ランベールは目を白黒させた。かなりの高額な費用だ。とはいうものの、ユーロセキュリティ社の警備パッケージは頗る評判が良いことで知られている。先日、知り合いの海運会社の貨物船がソマリア沖で海賊に襲撃されたが、乗り込んでいたユーロセキュリティ社の警備員たちはあっという間に返り討ちにしたのだ。話によると、警備員たちは海賊に向かって発砲し、さらに船に載せてあった武装したMD500やEC135から攻撃して船ともども海に沈めたというのだ。
「そうですか。どのようなプランを用意できるか、幾つか説明してもらえますか?私には、この手のことはさっぱりでして・・・・」
「では、こちらへ。まずは我々はどのように警備計画を立てているのか、そこからお話ししましょう。念のため言っておきますが、あなた方がどのような警備を希望されているかで内容がまるで別物になってしまう事だけは頭の片隅に置いておいてください・・・・・・・」
いかにも急ごしらえの建物のドアが外側から爆破された。その中にスタングレネードが放り込まれる。それが爆発した直後、サプレッサーを装着したUMP9で武装した黒ずくめの集団がなだれ込んできた。銃の機関部がカチカチと動く音が続き、部屋の中に配置されていたテロリストを模したベニヤ板の標的の頭部にだけ弾痕が刻まれる。
部屋を制圧し終えると、この連中は次の部屋の制圧を始めた。爆発音と銃の機関部が動く音が続く。それが3回続いたところで物騒な部屋の掃除は終わった。
「クリア!」
「クリア!」
「オールクリア!」
この集団の中にいた人物の一人が、アイウェアと黒いバラクラヴァを脱ぐ。その人物は、ユーロセキュリティ社の首領、ジョン・トーマス・デンプシーだ。
「やりましたね、ボス。前回よりも2秒早いですよ」
ストップウォッチを持つウィリアム・バーンスタインがそれをボスの目の前に差し出した。バーンスタインはアメリカ海兵隊のMARSOC出身で、優秀な狙撃手でもある。
「ふう。この年になると、技量を維持し続けるので精いっぱいだよ」
「もう無茶はできないんじゃないですか?」
バーンスタインはややあきれ顔で自分のボスを見た。
「年寄りの冷や水はやめろとでも言いたいのか、ウィル」
「もうその年になったら、普通は銃を撃ちまくって、走り回ったりヘリから懸垂降下をしたりはしないんですよ。そんな事を続けていたら、じきに膝が砕けますよ」
「だけどな、ウィル。ここでやめてしまったら、あっという間に老化が進んじまうだろうからな。俺は椅子に座ってキーボードを叩いたり、書類にサインをしたりするよりは、こっちの方が性にあっているんだ。あと10年若かったら、現場要員になっていたさ」
ボスと一緒に訓練をしていた戦闘員たちは、銃から弾倉を取り外し、ボルトを引いて安全な状態になっていることを確認した。そして、弾を完全に取り去った銃を武器係に渡していく。
「明日は筋肉痛に気を付けた方がいいですよ。それよりも、ポルトガルにいる連中はどうするんです?このまま置いておく訳にもいかないでしょう」
「それを決めるのは、ポルトガル側だが・・・・・・奴らをこのまま飼い殺しにする訳にもいかんな」
「その通りですよ。まずは国防省に連絡してみたらどうです?」
「そうだな。だが、それを決めるのはNATOとポルトガルの方だがな」




