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混迷の現場

 7月31日 1132時 ポルトガル リスボン


 ハワード・トリプトンらはロドリゴ・ボルジェス警部からの指示により、爆発現場での救護を手伝うことになった。彼らはポルトガル警察のジャケットを借り、ポーチやリュックに救急用品を入れて出動していた。しかし、拳銃と予備弾倉だけはしっかりと隠し持つことだけは忘れなかった。

 現場はガラス片や金属片、血痕が散らばっている。軽傷者は急ごしらえの救護所で手当てを受けるために列になっていた。


「ちょっと我慢してよ。凄く痛いかもしれないけど、一瞬で終わらせるからね。でも、これを取らないと、もっと傷が大きくなって、大変なことになっちゃうから我慢してね・・・・そうだ。おじさんの手を掴んでいてごらん。そうした方が、楽になるからね」

 肩にやや大きなガラス片が食い込んだ、10歳くらいの女の子にオリヴァー・ケラーマンがポルトガル語で話しかけていた。その向こうで柿崎一郎とピーター・スチュアートが骨折した10代くらいの若者の脚に添え木を当て、包帯で固定している。

「せーのっ!」

 ケラーマンが突き刺さったガラス片を引き抜く。傷口から血がどろりと出てきて、少女が大声で泣きだした。ケラーマンはすかさず傷口にきれいなタオルを当て、止血措置をする。

「おーい、こっちも手伝ってくれ!」

「こっちも手が足りない!もっと応援を寄越してくれ!」

 どこも手が足りないようだ。だが、ケラーマンは目の前の負傷者に集中した。少女の傷口を手際よく消毒し、止血帯を当ててその上から包帯を巻いた。とりあえずはこれで終わり。後は、外科医の出番だ。


 山本肇とマグヌス・リピダルは二人がかりで動けなくなったビジネスマンの手当をしていた。左脚や左腕に金属片やガラス片が食い込み、血が流れ出ていた。傷口が深そうなので、食い込んだものを無暗に引き抜くのは危険だと判断し、救急隊員に引き継いでもらうことにした。

 ヘリの音が聞こえてきた。消防か救急のヘリかと思いきや、なんとそれはテレビ局のヘリだった。

「おい、誰かアレを追い払えよ。五月蠅い上に邪魔だ」

 マルコ・ファルコーネが苛立たしげに舌打ちをし、ヘリを睨みつけた。正直言って、スティンガーミサイルで撃ち落としてしまいたい気分になる。

 やがて、警察のヘリがやって来て、暫くホバリングしていると、テレビ局のヘリは飛び去った。警察のヘリもその場から去り、救難作業を邪魔しないような位置で上空から状況を観察し始めた。


 7月31日 1133時 ポルトガル リスボン


 爆発現場は警察の手によって封鎖されているが、その封鎖線の向こうには多くの野次馬やマスコミ連中が詰めかけ、黒山の人だかりとなっていた。殆どの一般人はスマホを掲げ、写真を撮ったり、中にはその場で映像を配信している若者の姿もあった。そんな人々を後目に、救急隊員や警察官らは淡々とした様子で怪我人の手当を行い、遺体をプラスチックの大きな袋に詰めて搬出していった。しかしながら、その大部分は黒焦げになったり、損傷が激しかったり、バラバラになっていたりして身元を特定するのは困難な状態になっていた。


 そこに再び連絡が入った。今度はバス数台が爆破されたという。バス自体が激しく炎上した上に、周辺に飛び散った燃焼剤が炎の壁を作ったため、迂闊に救助に向かえないような状態だという。

 消防車が現場に向かってはいるが、渋滞に巻き込まれてなかなかたどり着けないでいる状況のようだ。


 7月31日 1233時 ドイツ シュトゥットガルト


 普段は昼飯時のはずだったユーロセキュリティ・インターナショナル社はてんやわんやだった。

 第一報は、ポルトガルに派遣していたハワード・トリプトンからもたらされた。その後、情報班の連中がニュースの速報を確認し、ポルトガルのテロ事件の概要の把握に努めた。


「畜生、いつもいつも、奴らに先手を取られてばかりだ。全く、信じられん」

 カート・ロックは左手でボールペンを器用にくるくると回しながら、右手でマウスを操作して次々と入ってくる最新情報を確認していた。

 ポルトガルのテロでの被害者をざっと見積もると、死者、負傷者共に軽く三桁を超えるだろう。

 そこへ、ジョン・トーマス・デンプシーがやってきた。肩からヘッケラー&コッホMP5A5サブマシンガンをスリングで吊り下げ、レッグホルスターにグロック19を入れている。

「カート、状況はどうだ?」

「最悪です。これまでで一番酷いかもしれません。幸いにも、ハワードたちは無事ですが、現場は滅茶苦茶です。第一報だけでが何とも言えませんが、犠牲者はこれまでの最悪を想定しておいた方が良いでしょう。しかも、ハワードの報告によれば、使われたのはどうもただの爆弾では無さそうなのです」

「ただの爆弾じゃない?どういうことだ?」

「まだ第一報だけですが、その辺で地面やらが炎上して、重度の火傷を負った負傷者が多いことを考えると焼夷弾が使われた可能性があります」

「焼夷弾だと?」

「ええ、焼夷弾です。それがナパームなのか、テルミットなのか、白燐なのか、それとも米軍のMk77のようなガソリンベースのものなのかは不明です」

「焼夷弾だって?何でそんなものを使ったんだ?」

「恐らく、犠牲者を増やすためでしょう。焼夷弾を手製で作るには手間がかかりますからね。単純なアンフォの方が手間がかかりませんからね。園芸店で買えるようなもので、それなりの威力を持つ爆弾を簡単に作れますからね」

「うむ。まずは、犯人を追わねばならないが、どうせ実行犯は国外にいるだろう。携帯電話を起爆装置にすれば、奴が南極にいようがモーリタニアにいようが、ドカンだ」

「全くその通りです。ラッシュアワーを事前に調査して、人が多くいる場所と時間帯さえ把握できれば、あとは統計データを利用すれば犠牲者を簡単に増やすことはできます」

「そうなると、奴らはこれを実行する前にポルトガル国内の細胞か、ポルトガルの中に観光客やビジネス客を装って侵入し、爆弾自体はメンテナンス作業員を装ったりして仕掛けたんだろ。バスの方はもっと簡単だ。大きめのカバンに爆発物を入れておいて、忘れ物のフリをして置いていく。そして、ある程度時間が経ったときに遠隔操作で爆破すればいい」

「全くです。さて、どうします?まず、ハワードたちと連絡を取ってみますか?」

「いや。多分、負傷者の手当てで忙しい状態になっているだろう。向こうが連絡を取って来るまで待つしかない」

「わかりました。まずは、どこのくそったれのせいなのか突き止める必要がありますね」

「各地に派遣している諜報員からの報告はしっかり精査しろ。そして、全て俺に報告するんだ」

「勿論です、ボス。電話通信やネット通信、無線通信、あらゆるものをかき集めて、奴らの居場所を突き止めます」

「任せたぞ、カート」

 ユーロセキュリティ社の情報部には、CIAやMI6、モサドなど様々な情報組織からやってきた優秀な人材がそろっており、中には9.11テロの実行グループのメンバーを追い詰めた作戦を運用していた人物も数名いる。今回も、どこのくそったれの仕業なのかを、例えどれだけ時間をかけたとしても突き止め、攻撃部隊を送り込むべき場所を指し示してくれるだろう。 

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