機内にて
7月30日 1302時 ドイツ レヒフェルト航空基地
イギリス空軍のC-17Aが2機、立て続けに離陸した。滑走路には続いて、ドイツ空軍のA310が進入する。
A310は、普段はドイツ空軍の高級将校や、政府要人を乗せる飛行機だが、今日の乗客は空軍の軍人でも、VIPでも無い。全員が、民間軍事会社に所属する、元特殊部隊のエリートたちだ。
ハワード・トリプトンは、A310の客室の座席に座って、シートベルトの状態を点検した。今回の行き先は、ポルトガルのベージャ空軍基地だ。これもNATOから請け負った仕事である。"ブラックスコーピオン"の隊員たちは、ウェストポーチにワルサーP99とグロック26を入れている。市街地での戦闘が予想されるため、弾薬はハイドラショック弾。更にはX26テーザーと催涙スプレー、コンバットナイフ、閃光手榴弾。今回は目立たないように武器を持ち歩くことが前提なので、散弾銃と自動小銃は無し。狙撃ライフルを持っていかないことにスナイパーであるシャルル・ポワンカレとディーター・ミュラーは不満の声を上げた。
「今回は、俺たちはギリシャやモナコの時と同じ。観光客を装って、テロの捜査に協力する。それに、ポルトガル警察が自動火器と長物の携行を許可しなかった。まあ、銃を使う事態に陥ったら、頭をぶち抜けばいいのさ」
マグヌス・リピダルが前の座席からふり返って言った。"ブラックスコーピオン"のメンバーは全員、拳銃で30メートル先の人間の頭に命中させるほどの射撃の腕前を維持している。
A310のエンジンの轟音が大きくなり、滑走路を走った。飛行機ならば、ポルトガルまでは2時間から2時間半程度。ヘリはすでにC-17Aに載せてポルトガルへと向かっている。さて、ポルトガルでは何が起こるのやら。
7月30日 1332時 フランス上空
ロバート・グレインジャーは、飛行機に乗って既にコーヒーを5杯も飲んでいた。ギャレーで6杯目のコーヒーをカップに注ぎ、席に戻った。ヘリを操縦するのは苦にならないが、グレインジャーはなぜか他人が操縦する航空機に乗るのが苦手であった。アメリカ陸軍第160特殊作戦航空大隊で2500時間以上もMH-6やMH-60Lを操縦していた大ベテランにも関わらずだ。グレインジャー曰く『他人に操縦を任せるだなんてとんでもない。自分で操縦するのであれば、万が一の事故でも自己責任で済ませられるが、他人が操縦する飛行機ではその限りでは無いのが問題だ』だそうだ。
今回持ち込むMH-60Lからは、M299ランチャーとLAU-8は下ろしてある。その代わり、スタブウィングには増槽を取り付け、武装はGAU-2B/Aミニガンのみである。そのヘリはイギリス空軍のC-17A輸送機に積み込まれ、既にポルトガルへと向かっているところだ。ベージャ航空基地では、ポルトガル警察の対テロ科の人間が迎えに来る予定だ。
ハワード・トリプトンは、ポルトガルの観光ガイドを眺めていた。ポルトガル警察の標準装備は・・・・・確か、グロック17拳銃とベレッタM12短機関銃だったな。対テロ科の人間と特殊部隊であるGOEとの共同作戦になるはずだ。
「それにしても、政府の金で移動できるとは。俺たちもいい身分になったもんだな」
後ろの席からブルース・パーカーが話しかけてきた。
「政府、というかNATOだな。まあ、機密費とかそういうのから出ているんだろ。俺たちは、身分上は警備会社社員だからな。この仕事も、表向きは警備会社の調査員によるコンサルタント業務、となっているからな」
「まあ、今までもその体で仕事を請け負ってきたからな。一番使える偽装だろ」
「言えてる」
「それにしても、ここ4ヶ月のテロ事件続き、一体どうなっているんだか。何でジョン・ムゲンべと言ったか。奴がこれを仕組んでいる証拠でもあるのか?」
「いや・・・・・・。カート曰く、情報部もそこまでは掴んでいないらしい。だが、ここ最近、奴が出没しているという情報は見つかっていないのが現状だ。奴はまるで透明人間みたいな奴だ。南アフリカやエジプト、イスラエルも奴の行方を追っているが、全くもって尻尾すら掴めていない」
「かの高名なモサド様の目をくらますとは、どんな奴なんだか」
「何か事があった時、モサドは間違いなく知っていた。俺たちの世界では半ば常識のように言われているが、今回ばかりは、それが全く通用しない可能性がある、ということだ」
「そいつは参ったな。まるで幽霊を見つけ出して逮捕しろとでも言っているようなもんじゃないか」
「言えてる。本来なら、こんなのはMI5やDGSEの仕事だろ。何で俺たちまで巻き込まれなきゃならんのだ」
「俺たちが、その2つとCIAからたんまり人員を抜き取ったからだよ。元の職場の4、5倍の給料を出して、な」
確かにその通りだった。ユーロセキュリティ・インターナショナルの職員の月収は、その職員の練度レベルや職務内容にもよるが、最低ランクの警備要員でも5000ユーロ程だ。だが、それは、警備要員として入社する条件として『軍または法執行機関、またはそれに準ずる組織の特殊部隊、またはそれに準ずる部隊に5年以上所属していた経歴を持つもの』という条件があるためだ。エリートには、それなりの報酬を支払わねばならない。
「さて、目的地に着くまではのんびり過ごさせて貰うとするか。飛行機が着陸したら、どうせまた忙しくなるからな」
ハワード・トリプトンはそう言うと、ポケットからチョコバーを取り出して包み紙を剥がし、齧りついた。




