臨検-2
7月22日 2135時 ドイツ ノルトダイヒ港
船内の明かりは点いており、暗視装置は今の所は必要無さそうだ。こういった狭い通路では、自動火器の連射であっという間に部隊が全滅する可能性があるため、部隊は一人一人が前後にかなりの間隔を取っている。船室の一つ一つを虱潰しにしているが、今の所、船員は全く見かけない。
トリプトンは列の先頭を歩き、前方に銃口を向けている。途中でT字路に行き当たった。トリプトンは一旦立ち止まり、柿崎に、自分は左側を確認するから、右側を確認しろと指示を出した。二人同時に左右の通路につながる壁の角の前に張り付くように膝立ちになり、通路の向こう側を確認した。誰もいないようだ。さて、どちらに向かうべきか。船の図面は、時間的に取り寄せることができなかった。この貨物船の船籍はバハマだ。珍しくは無い。
αチームは二手に分かれること無く、そのまま通路の右側へと進んでいった。すると、Tシャツとジーンズ姿の船員と鉢合わせした。船員は、いきなり現れた重武装した黒ずくめの集団を目の前にギョッとなって立ち尽くした。トリプトンは素早く船員を床に投げ倒し、プラスチック手錠で両手両足を拘束した。αチームは拘束した人物をその場に放置して、通路をまっすぐ進んでいく。こいつは後で他の人間と一緒に船内のどこか一ヶ所に置かれることになるはずだ。
港では地元警察とユーロセキュリティ・インターナショナルのヘリが飛び回り、船の外へ忍び出ようとする人間がいないかどうか見張っていた。更に、海側からは巡視船が武器の狙いを付けている。この貨物船は、完全に逃げ道を塞がれた格好となった。周囲では、ユーロセキュリティ・インターナショナルの対BC兵器部隊が展開し、コンテナから生物や化学剤の反応が無いかどうか確認していたが、検知装置にはウィルス、細菌、化学剤いずれも反応無し。ガイガーカウンターも一切反応しない。港湾労働者組合が、この船の所有者に連絡を取ろうとしていたが、今の所、全く連絡がつかない。所有者は東南アジアの輸送業者だ。今、その会社の本社の所在地は真夜中だ。連絡を取る事自体が難しい。
『アイアン・オーシャン号へ。こちらはノルトダイヒ市警察だ。貴船には、国連決議における禁輸品を運んでいる容疑がかかっている。船員は全員、甲板上に出てきて、臨検を受け入れよ。繰り返す。貴船には、国連決議違反の容疑がかかっている。我々の捜査に強力せよ。我々には逮捕権と武器の使用が許可されている。繰り返す。我々は、殺傷力のある武器を使用する許可を得ている』
全く反応は無い。警察のアグスタAW139ヘリが、サーチライトで艦橋を照らしたが、全く反応は返って来ない。一体、どういうことだ?
7月22日 2041時 ドイツ ノルトダイヒ港
ブルース・パーカーは、生物検知装置と化学剤検知装置を使いながら、慎重に臨検を進めていった。現時点では、いずれも反応は無い。ガスマスク付きの簡易型対BCフードを持ち込んでいたが、今のところは必要無さそうだ。パーカーが通路の突き当たりにあった扉を開けると、そこは貨物室で、コンテナが並べてある。パーカーは仲間たちに合図して、中身を調べにかかった。
コンテナを開けると、中には段ボールがぎっしりと詰まっていた。マグヌス・リピダルが、そのうちの一つを慎重に取りだし、ナイフでそっと開封した。中にはビニール袋で小分けになった、灰色の直方体の塊がこれまたぎっしりと詰まっている。リピダルは、そのうちの一つを持ち上げ、ビニールをナイフで破き、中身を確認した。何度も、飽きる程見た、黄色い油粘土のような物体。ラベルには"SEMTEX"と書かれてある。テロリストや過激派御用達のチェコ製プラスチック爆薬だ。
「うわぁ、マジかよ。全部セムテックスか、これ」
ジョン・トラヴィスが、リピダルの背後から話しかけた。
「そのようだな。コンテナのラベルを写真に撮れ。船長を拘束して、積み荷の目録を押収しろ。それと、他のコンテナの中身もしらみ潰しにするぞ」
コントロールルームで船員らを見張っていたSEKの隊員たちは、トラヴィスからの連絡を受けるやいなや、その場にいた全員を拘束した。船長らは抗議の声を上げたが、特殊部隊員たちは、一切耳を貸さない。
『こちらβチーム。他にもあるぞ。AK-47とAK-74、それのコピー品にPKM、RPG、更には大量の弾薬と、その場でガンショップを開店できそうなくらいの数の拳銃にウージ・サブマシンガンだ。コンテナのラベルには、行き先も番号も書かれていない。今から、そのコンテナの番号を読み上げる。目録では何が入っていることになっているのか調べてくれ。いいか。PE8630365741。繰り返す。PE8690365741、PE8630365741だ』
パーカーは、番号の部分を非常にゆっくりとした口調で言った。SEKの隊員がPEと書かれたファイルを手に取り、ページをめくり始めた。
「番号の部分だけもう一度言ってくれ」
『8630365741、8630365741だ』
「365・・・・・741、741、741・・・・・あったぞ。8630365741だな?」
『ああ、そうだ』
「自動車修理部品、工場機械修理部品だと書いてある。行き先は・・・・・・ポルトガルだな。ポルトガルのフゼタだ」
『ポルトガルのフゼタ?どの辺りだ?』
「一番南の港町だ。一体、そんなところに何があると言うんだか」
『それは、現地に乗り込むしか無さそうだな。ボスにも報告しておかないとな。武器はどうする?』
「警察が押収するさ。さて、後始末を終えたら、とっとと帰って黒ビールでも飲もうぜ。ザワークラウトとソーセージを食べながらな」
『そうしよう。さて、その後始末に取りかかるとするか』




