臨検-1
7月22日 2118時 ドイツ ノルトダイヒ港
雨が降る中、ドラヘンヴィーゼ・ノルトダイヒに2機のMH-60L(DAP)が着陸した。周辺には、既に地元警察のパトカーやドイツ警察特殊部隊の装甲車が展開し、港に通じる大部分の道を封鎖している。海上には警察や海上国境警備隊の巡視艇が展開し、船員が逃げ出したりしないように監視している。
通報があったのは、つい1時間前のことだ。ノルトダイヒ港の港湾労働者組合から、モロッコからやって来た貨物船の積荷目録が未提出であることが判明したのだ。しかし、その貨物船はその時は既に接岸しており、荷物の積み下ろし作業を始めようとしている時に、地元警察から作業の中止と、船員の上陸禁止を言い渡されたのだ。
ハワード・トリプトンはG-36Cを肩から吊り下げ、仲間を引き連れて地元の警察官の一団へと歩いていった。背中にはショートバレルのベネリM4を背負い、ホルスターにはグロック19を入れている。
「前にもこんな事があったな」
柿崎一郎がトリプトンに話しかけた。
「ああ。オランダの空港の時だな。あの時は、化学兵器が持ち込まれていたからな。さて、今回は何が出てくることやら」
トリプトンと柿崎は、周囲を封鎖していた警官に近づいて敬礼した。
「君らが応援に来ると言っていたNATO直轄部隊か?」
「ええ。ところで、誰か降りてきたり、あなた方の誰かが臨検のために乗り込んだりしましたか?」トリプトンがリヒトブルクという名札を付けた警官に話しかけた。
「いや。そんなことはしていない。船員は、全員船から降りず、船室でじっとしているように命令している。船長は艦橋にいるはずだ」
「わかりました。今、狙撃手を配置させています。それが完了したら、我々が乗り込みます」
港に置かれたコンテナの上に、レミントンMSR狙撃ライフルを持ったユーロセキュリティ・インターナショナルの狙撃手と観測手が陣取った。2人一組の狙撃部隊は、全部で4小隊配置している。
「こちらハンター21、位置についた。どうぞ」
『ハンター22、準備完了』
狙撃手は無線のスイッチを押した。
「こちらハンター21。ハンター22と共に、狙撃位置についた。いつでも援護できる」
狙撃部隊の隊員は、アメリカ海兵隊強襲偵察部隊出身のベテランだ。彼らは、500m離れた馬の目玉すら正確に撃ち抜く程の腕前を持っている。
エンジンを回していた2機のMH-60Lが離陸した。クルー・チーフのダニエル・リースとアラン・ベイカーは、それぞれ乗っているヘリのキャビンの窓枠に搭載されたGAU-19/Bの銃口を、油断なく貨物船の甲板やブリッジに向けている。この銃は、毎分1000発または2000発の速度で12.7mm弾をばら撒く性能がある。この手の自動火器にしては発射速度は遅い方だが、それでも人間の体など、数秒で粉砕する威力がある。GAU-19/Bの上には赤外線暗視照準装置が載せられ、更に銃身の下には赤い可視光レーザーを照射するレーザー・ポインターが設置されている。
リースは銃を点検し、ベルトリンクの捻れが無いこと、初弾が薬室に送り込まれていることを確認した。もし、テロリストが現れたら、この銃で粉々に粉砕してやるつもりである。
ヘリは港をぐるりと回るようにして飛び、貨物船の後方へと向かった。貨物船の後ろには、"Iron Ocean"と船の名前が白いステンシルで描かれていた。
7月22日 2131時 ドイツ ノルトダイヒ港
港湾労働者組合の職員が、再び無線で件の貨物船―――アイアン・オーシャン号―――に、船長自ら積荷の目録を持って、ドイツ警察へ出頭するように命じた。出頭しなければ、強行突入すると、最後通牒も行った。
ところが、船員も、船長も、一切応答しない。どうやら、無視を決め込んでいるようだ。職員は覚悟を決めた。
「応答ありません。突入してください」
ハワード・トリプトンは最初は、船内へ続くドアをトーチで焼き切る事を考えていた。しかし、それでは時間がかかりすぎると考え、ハッチを爆破することにした。セムテックスをドアに仕掛けて、リモコン信管を接続する。
「よし、爆破する。離れろ」
トリプトンの言葉で、"ブラックスコーピオン"のメンバーたちが、一斉に物陰に隠れた。トリプトンがスイッチを押すと、分厚く、頑丈な鉄の扉はチェコ製のプラスチック爆薬の威力に、いとも簡単に船内に吹き飛ばされた。
「突入」
銃を構えた特殊部隊員たちがゆっくりと船内へと進入した。"ブラックスコーピオン"の後からは、UMP-9とシグザウエルP226で武装した警察特別出動コマンドの隊員たちが付いてくる。"ブラックスコーピオン"は、船内の前方、SEKは船内の後方を捜索を担当する。船内の明かりは点いており、通路はそれなりの広さがある。まずは、ブリッジを制圧すべきだ。船員は見つけ次第、拘束せよ。武装していれば、適宜制圧せよ。これが、この作戦の交戦規則だ。




