夜間演習-4
7月12日 2011時 ドイツ リッツリンゲン 陸軍戦闘訓練センター
ハワード・トリプトン率いるαチームは、テロリストを演じる教官部隊と思しき足跡を辿った。雨で地面がぬかるんでいるが、この足跡は相当新しいものだった。まだここを通ってから数分も経っていないだろう。
トリプトンは後からついてきている仲間たちに、追跡を始めると合図した。勿論、こちらを撹乱するために、途中で引き返してから進む方向を変えたり、足跡を消したりしたような痕も確認できた。だが、そうであったとしても、こちらには、鼻が効く"猟犬"がいた。
「ディーター、シャルル、トリプトンだ。今、どこにいる?」トリプトンが無線で呼びかけた。
『ビーコンとGPSの位置情報からだと、そっちから500mほど西へ行ったところに潜んでいる。何か見つけたのか?』
「ああ。"敵"の足跡をいくつか見つけた。それも、まだ新しい。多分、10分と経っていないだろう。向かっている方向は、丁度俺たちがいる場所から北西へ伸びている。そっちで待ち構えて貰えないか?」
『わかった・・・・ちょっと待て』
ディーター・ミュラーは、正面300mの辺りの笹の葉が、微かに動くのを見た。じっと静かに待つ。再び笹の葉が動く。近い。
ミュラーは、相棒のシャルル・ポワンカレの肩に手を置いた。ポワンカレが銃を構える。やがて、笹の葉をかき分けて、イングラムMAC-10を持つ人影が見えた。ポワンカレはしっかりと狙いを定め、人影の胸の辺りに銃弾を2発ずつ送り込んだ。
「クソッ」
教官が声を上げた。死亡判定になってしまった。彼は両手を上げてその場に座った。彼の相棒も、同じ運命を辿った。
ミュラーとポワンカレは"死亡"した"テロリスト"を無視して先に進んだ。比較的新しい足跡が、ある人物が西に向かって歩いて行ったことを示していた。二人がそれを追い始める。手に持ったサブマシンガンを使い、歩幅を測った。恐らく、標的は2人。この先に敵がいるはずだ。2人は、慎重に足跡をたどり、追跡を続けた。
ブラックスコーピオンの戦術は、1人ずつ、確実に仕留めていくというものであった。静かに"テロリスト"に接近し、倒していく。相手には無線で連絡をさせる隙を一切与えない。それが、彼らの"狩り"のやり方である。
7月12日 2018時 ドイツ レッツリンゲン 陸軍戦闘訓練センター
ブルース・パーカーはテロリストを演じる教官の背後から9mmのペイント弾を撃ち込んだ。迷彩服の背中に、オレンジ色の蛍光塗料の染みが2つ広がる。教官は両手を上げて、ふり返った。パーカーはニヤリと笑い、その場から静かに立ち去っていき、あっという間に姿を消した。撃たれた教官はかぶりを振って、その場に座った。
教官部隊は、次々と死亡判定を受け、その数を減らしていた。ケマル・キュルマリクとマグヌス・リピダルのコンビが、教官2人の後ろから襲いかかり、締め倒してからプラスチック手錠で拘束した。
「これで正義の味方に2ポイントだな」
キュルマリクが拘束した教官を見下ろして言った。さて、次の"敵"を仕留めに行こう。
トリプトン、柿崎、バーキン、ネタニヤフは4人でお互いを援護しつつ、"テロリスト"の追跡をしていた。仲間からの連絡が正しければ、今の所、敵は1人が"死亡"、2人が拘束という判定になっている。さて、ブリーフィング通りならば、残る敵は3人だ。
その3人の"敵"は、それぞれ別行動を取っていたが、今はお互いを援護しあいながら行動している。手にはMAC-10を持ち、森林の中を進んでいた。だが、3人は突然、後ろからバットで叩かれたような衝撃を受けた。
「くそっ」
振り返ると、サブマシンガンを持ったシャルル・ポワンカレ、山本肇、デイウィッド・ネタニヤフが立っていた。これで、"テロリスト"は全滅した。
7月12日 2043時 ドイツ レッツリンゲン 陸軍戦闘訓練センター
ブラックスコーピオンのメンバーとユーロセキュリティ・インターナショナルの教官部隊が、演習場の片隅に建てられたバラックに集合していた。雨は振り続き、皆、身体は冷え切っていた。
「くそう。早く帰って風呂に入らないと、夏風邪になってしまうな。こいつは良くない」
山本肇がタオルで頭を拭いながら言った。だが、実戦では、そんな贅沢は言っていられない状況下になるはずだ。
一方、教官部隊は、明日からは、訓練シナリオの再考に忙殺されそうな様子だった。教官たちは、すでに集合して、今日の想定のまずかった所の検討を始めていた。だが、この演習に関わった人間は、明日は休暇になる。さて、それまでに、何事も起きずに済めば良いのだが。




