訓練と情報
7月9日 1023時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
柿崎一郎は、いつも通り、敷地のゲートでセキュリティ・チェックを受けた後、FN-SCARMk16と予備弾倉を受け取り、デスクへ向かった。受付では、高級そうなスーツを来た男女が、係員と話していた。恐らく、海運会社か石油会社の幹部で、警備員の派遣の申請をしようとしているのだろう。柿崎は、自衛隊にいた頃も、そして、ここに来てからも、あんな身綺麗な格好をしたいと思ったことは無かったし、興味も無かった。自分が身に付けている高価なものは、欧米諸国の特殊部隊員御用達の、ダイバーウォッチだけだった。
ユーロセキュリティ・インターナショナルでは、たいていの職員は、みな私服でやって来る。勿論、受付にいる者と渉外・営業部門の人間、ボスだけは例外だ。だが、ここでは、スーツを着たビジネスマン風の人間と、私服でうろつく人間、防弾チョッキとアサルトスーツ姿の警備員が混ざり、普通の人間から見たら、非常に異様な空間であった。
ジョン・トーマス・デンプシーは、カッターシャツとスラックスという格好で自分のオフィスに入った。腰のポーチには、グロックと予備弾倉が入っている。今のところ、大規模なテロ活動は鳴りを潜めているが、油断はできない。ジョン・ムゲンベのことだ。間違いなく、力を蓄え、攻撃の機会を伺っているはずだ。そうなる前に、奴を捕まえたいところだが、こういう連中は幽霊のようなものだ。なかなか捕まるものでは無い。
デンプシーはPCを起動し、情報収集班からのメッセージが入っていないかどうかをチェックした。しかし、メールボックスにあるのは、各地に派遣している警備班や軍・警察の訓練教官として派遣されている班からの定期連絡のみだった。
デンプシーは、PCのメールボックスを閉じ、次の仕事のためのウィンドウを呼び出した。そこには、現在、派遣されている警備班や訓練・教育班のメンバーの氏名と仕事内容、装備内容、派遣予定期間が表示されている。たいていは、中小国の警察や軍の教育訓練だが、中には要人警護や施設警備、商船警備を行っている部隊もある。様々な部隊が世界各地で仕事をし、平和を守っていた。
7月9日 1103時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
訓練施設の中のバラックのドアが爆薬で吹き飛ばされた。直後、部屋にスタングレネードが投げ込まれ、爆発音とほぼ同時にサプレッサーを銃口に取り付けたUMP-9サブマシンガンを持った黒ずくめの集団がなだれ込んできた。カチカチという音が鳴り、薬莢が床に散らばり始める。AKのラバーガンを持たされたマネキンの頭や心臓、鳩尾の辺りに9mmのレンジャーSXT弾が撃ち込まれる。プラスチックでできたマネキンに滅茶苦茶な形状の穴が空き、ボロボロに破壊された。
シャルル・ポワンカレはレミントンM24A2の上に搭載された、リューポルド&スティーブンスMk8を覗き込み、ノブを回して倍率と照準を調整した。ターゲットまでの距離は150m、200m、300m、500mだ。隣では、オリヴァー・ケラーマンが20インチバレルのHK417に同じスコープを取り付けて狙撃の訓練の準備をしている。
「さて。こいつの威力を確かめてみるか」
ポワンカレがケースから実包を取り出した。ボール紙でできたケースには、20発の弾が入れられている。ケースのラベルには、M1158 ADVAPと書かれている。この弾は、アメリカ軍に新たに採用された弾薬で、タングステンの弾芯を銅で覆ったものだ。この弾は貫通力を重視した設計になっており、メーカーによれば、レベルⅢAの防弾チョッキや防弾ヘルメットを貫通できるとしている。
「ああ。それと、こいつを撃つ訓練もしないとな」
ケラーマンが毛布を退けると、M82A1の長い銃身が顔を覗かせた。更に、Mk211mod0焼夷徹甲弾と通常の徹甲弾が入った2種類の弾薬箱が置いてある。
「おいおい。そいつを人間に使う気かよ」
ポワンカレがMk211の弾薬箱を指さして言う。
「まあ、普通は車とかヘリとかを撃つための弾だけどな。軍じゃ、人間に使うものでは無いとしているけど、俺たちの場合は・・・・・まあ・・・・・・・」
近年は、PMCを規制する動きが世界各国で始まってはいるが、殆どの場合、PMCの連中は野放しで、好き勝手にやっている。ユーロセキュリティ・インターナショナル社の場合、裏でNATOが支援しているが、基本的には独立している民間の会社であるため、NATOは"手綱"を完全に握りしめている訳では無かった。それに、自分たちが相手をしているのは、他国の正規軍では無く、テロリストという犯罪者だ。凶悪犯罪者に、ジュネーブ条約やハーグ陸戦条約が適用させることなど、あり得ない。