葬儀と会議
7月1日 0914時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
雨が降りしきる中、ヘリポートに2機のEH-101が着陸した。このヘリは、スイスにある某民間軍事会社が保有している機体だ。後ろのカーゴランプが開き、中から棺が1つずつ、黒いベレー帽を被り、黒いアサルトスーツを着た男たちによって担ぎ上げられ、運び出された。
アサルトスーツを着てヘッケラー&コッホG-3A3小銃を持った8人の男女が、号令と共に3発の弔銃を撃った。
ジョン・トーマス・デンプシーは、棺の前に歩み寄り、敬礼した。参列する職員たちが直立不動のまま、司令官に倣う。既に、参列している家族には、会長である司令官が、直接状況を説明していた。
葬儀は簡潔なものだった。司令官が弔事を述べ、その後、バンに棺が乗せられると、そのまま墓地へと走り去っていった。遺族たちを乗せた車が後に続く。職員たちは、その姿が見えなくなるまで、敬礼して送っていった。
ジョン・トーマス・デンプシー司令官は、SASの隊長だった時、死んだ部下の葬儀に参列した時のことを思い出していた。それも、任務中ではなく、訓練中の事故で死んだ部下のことだった。まだ20代半ばの伍長で、特殊部隊員資格を取得し、SASのノウハウを身につけるための訓練での出来事だった。ヘリからのファストロープを行った時、誤って手を滑らせ、30m下のコンクリートの地面に頭から叩きつけられたのだ。頭蓋骨と首の骨を骨折し、即死だった。この仕事には、死はつきものだ。任務中に敵に殺されたり、訓練中の事故に遭ったり。だが、それよりも、通勤中に交通事故に遭う可能性の方が、ずっと高いことを、デンプシーは知っていた。
7月1日 1314時 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社
午前中の葬儀が終わると、まるでスイッチを切り替えたかのように日常が戻ってきた。現場要員たちは訓練を始め、情報部員たちは情報の収集と分析に勤しんでいる。秘密工作班のメンバーが数名、パソコン、タブレット、アフリカの地図が置かれているテーブルを囲み、何やら話し合っている。そこへ、特殊現場要員のメンバーがやって来た。
「アフリカか」
柿崎一郎が、地図を見て言った。テーブルには、アフリカ全土の地図の他、ソマリア、南スーダン、西サハラの詳細な地図も置かれている。
「ここに派遣されている警備隊は、20個小隊、総勢800名以上にもなる。殆どが、大企業やユニセフなどとの契約で、インフラ警備やボランティア・グループの警護をやっているが、中には、軍や警察、国境警備隊のインストラクター・チームもいる。勿論、それを名目に派遣した情報収集班もな」
カート・ロックが答えた。
「どこもここも、きな臭い場所ばっかりだな。南アフリカやエジプトはテロリストどもが入り込んでいる場所が少ないとはいえ、治安は最悪。あまり行きたくないな」と、バーキン。
「首都などは、近年は海外資本が入ってきているから、急速に近代的な都市化が進んでいる。我々が想像する、砂漠やサバンナ、ジャングルだらけの未開の大地というのは、もう過去のものとも言われるが、ちょっと都市部から離れたら、まだまだそんな場所ばかりだ」
ピーター・スチュアートがテーブルに手を置いて言った。
「まあ、都市部でも発展しているかのように見えるのは、まだまだ表面的なものだけだ。最近、アフリカの政治家連中は、近代発展した都市の様子を経済成長の象徴のように見せて、または語っているが、そのすぐ裏にはとんでもないスラム街が広がっている。エジプトのような大規模な歴史的遺跡を持たないような国も観光化に力を入れているが、治安の問題から、上手くいっていないのが現状だ」
ロックがPCにデータを入力し続けながら答えた。
「おまけに、政情も不安定。政府がクーデターでひっくり返されることも少なくないし、ソマリアや西サハラのように、無政府状態の国も少なくない」
マグヌス・リピダルが地図に描かれたソマリアと西サハラを指差して言う。
「更に、アフリカ特有の伝染病の問題もある。エボラにマラリアなんかがな。数年前にコンゴでエボラが流行したときは、感染者の治療センターが武装組織に襲撃され、感染者がそこらじゅうに逃げ出しただなんてことも起きた」とシャルル・ポワンカレ。
「アメリカは未だに安全保障上の問題としては、中東と東アジアに目を向けているが、ヨーロッパはアフリカが最大の懸案事項だ。おまけに、春の頭から始まったテロ攻撃の連続。これは、明らかに何者かがヨーロッパ全土を標的にして攻撃しているに違いない」
ブルース・パーカーが無精髭を残した顎をさすりながらそう言う。
「その第一容疑者がジョン・ムゲンベって野郎か」
柿崎一郎がそう言って腕組みした。
「ああ、そうだ。やつの組織は、他のテロリスト・グループとのつながりがほとんど無いと言ってもいいくらい、独立した組織になっている。まあ、あるとしたら、盟友であるファリド・アル=ファジルくらいか。まあ、アル=ファジルの方も、PLOやハマスといった他のパレスチナにいるテロリスト共とつるんでいるかと言ったら、そうでも無さそうなのがな」
ロックは一旦、データ入力作業を中断して、特殊現場要員たちの方を振り返った。自分たちが今後、何を相手に戦うことになるのかということだけはわかった。問題は、どうやってそいつらを叩きのめすのか、ということだった。




