SECT.4 先ヲ見ツメテ
次の日にはレメゲトンと騎士団長の面々で会議が行われた。
円卓の部屋に入るとすでにレメゲトン以外のメンバーは揃っており、心なしか輝光石騎士団長から敵意が発せられていた。
時間に遅れたわけではないが急いで席に着く。
資料を手にしたフェルメイが開会を告げる。
「それではあまり時間もありませんのでこのまま始めさせていただきます。まず、ヴァルディス卿から提案があるとのことなのでお願いします」
彼の言葉で輝光石騎士団長サンアンドレアス=ヴァルディス卿が立ち上がった。
どうもヴァルディス卿は戦場に到着以来ずっとレメゲトンへの不信を募らせてきたようだ。おそらくセフィロト国の開戦宣言理由がその起爆剤になったようだった。
「既に決定しているトロメオの奪還作戦だが、レメゲトンの人数も増えた事で、ぜひ一部改定を申し出たい」
ヴァルディス卿は睨むようにしてぐるりとレメゲトンを見渡した。
「レメゲトンの方々には門を開いてもらいたい」
その意味不明な提案に、ねえさんの押し殺した声が響く。
「……どういうことかしら」
「トロメオは城塞都市だ。塀を越えるのは得策ではない。だからその人知を超える力で持ってトロメオの門を開き、軍を城内に導きいれてもらいたいのだ。今回トロメオが陥落した裏には敵国のセフィラが大きく関与しているという。それならば、もう一度取り戻すためにレメゲトンの力を使うのは道理」
あれはケテルだからこそできた事だ。
ハルファスやバシンの力であれが出来るかと聞かれれば答えは否だ。
ひょっとするとねえさんが召還するメフィストフェレスやくそガキの使役するグラシャ・ラボラスなら可能かもしれないが、それはあまりにリスクが大きすぎる。
「お言葉ですがヴァルディス卿、開門は内部に忍ばせた密偵が行う予定では?」
ねえさんの言葉より先にフェルメイが慌てる。
提案の内容を事前に把握していなかったのだろうか。
「強大な力を持っているのだ、彼らに託した方が確実だろう」
「……ヴァルディス卿、紛れ込ませた密偵に何か起きたのですか?」
ねえさんの声が物騒な怒りを孕んだ。
まずい、これはかなり機嫌が悪い。
「報告を怠らないでください。些細な事が崩壊のきっかけになるのですよ」
上の欠片もない声はまるで規律正しい軍の上官だ。
とはいえ、自分もヴァルディス卿の言うことを真に受けるほど馬鹿ではない。また、卿も個人的な感情でレメゲトンに無茶な役を押し付ける事はしないはずだった。
ヴァルディス卿は言いにくそうに暴露した。
「密偵が一人捕まった。今下手な動きを取らせれば全員が捕虜になる危険がある」
「……っ! そんな重要な事を今まで隠していたのですか!」
フェルメイが言葉を失う。
他の騎士団長もざわりとざわめいた。
ヴァルディス卿は敵にもぐりこませた密偵の管理、報告を一手に引き受けている。すべての情報は卿を通して行われているのだ。
他にもフォルス団長は『覚醒』を担当、琥珀騎士団長クライノ=カルカリアス卿は一般兵の統率を主に担当している。
「その密偵からこちらの情報が漏れたということはないのですか」
「調査中だ」
「他の密偵を一旦退かせるべきでは」
「それより人質として交換条件など出されたときは如何するのか」
全員がざわめき立つ。
混乱する会議を収めたのはフォルス団長の一喝だった。
「みな落ち着け!」
しん、と静まり返る会議室。
その中でねえさんはがたりと席を立った。
「なんとか方法を検討してみます。今日はこれで失礼するわ」
「そ、それでは今日はこれで……」
フェルメイが慌てて閉会を告げる。
密偵云々は騎士団長たちに任せるとして、自分たちは軍をトロメオ内に引き入れる方法を考えねばならなかった。
考えるといっても、もうほとんど結論は出ている。
どう考えてもレメゲトンの人数が足りないのだ。3人がセフィラと交戦した場合、門を開ける事が出来る人員がいない。
ケテルはもちろんゲブラもホドも一人で勝てるような相手ではない。
「んじゃあやっぱり、倒すしかないんじゃないかなあ?」
くそガキが首を傾げながら言う。
「自分たちを増やすのが無理なら、向こうを減らせばいいよ」
「まあ、要するに……そういうことなのよね」
ねえさんは大きなため息をつくと、非常に大雑把な作戦を告げた。
「んじゃ、そういうことで。自分に割り当てられた敵を可及的速やかに倒す事。倒し次第トロメオの門を開く事――作戦は、以上!」
作戦実行まであと数日、その間にくそガキは新しくサブノックに貰った武器を使いこなせるようになる必要があった。
突撃体勢を整えるため準備に追われる兵たちを横目に、特訓を開始した。
場所はサブノックを呼び出した町外れの剣術道場。
「マルコシアス!」
呼ぶとすぐに褐色の肌の剣士が光臨した。
マルコシアスも双剣使いだ。学べる事は多いだろう。
「黄金獅子の末裔 見違えた」
近いうち花開くと言った戦の悪魔は、予言どおり美しく成長したグリフィス家の末裔を見て満足げに微笑んだ。
「久しぶり、マルコシアスさん」
「サブノックの剣を手に入れたか」
「うん。あんまり時間がなくて……あと何日かで使えるようになりたいんだ」
「仕方あるまい」
そう言って笑った口元に八重歯がのぞく。
「剣を抜け 幼き娘」
マルコシアスの言葉でくそガキはサブノックに鍛えてもらった両腰のショートソードを抜き、古体術の空手に似た構えで両剣を前後に構えた。
古体術にすぐれた義兄上に習ったのだろうか。一朝一夕では身につかない闘気を纏っていた。
体格と体力の関係であまり大きな剣を振れないくそガキにとって、短い間合いで戦える空手と2本のショートソードはかなり有効な武器になるだろう。
サブノックは全てを見越してガキにあの2本の剣を与えたのか。
短剣と呼ぶには長く小太刀としては少々短いその剣は、真直ぐな刃を持ち、柄の先には殴打に耐えうる金属の半球が取り付けてあった。また、手の小さいガキに合わせて持ち手が細くしてあった。その柄にはサブノックの悪魔紋章が刻み込まれている。
「実戦を通して学べ」
マルコシアスも片方の剣を抜いた。
「いざ」
真剣での稽古が始まった。
数ヶ月ぶりに見るくそガキの戦闘力は、格段に向上していた。
本来の目のよさと素早さを生かし、非力さを完全にカバーした隙のない戦いができるようになっている。以前まで目立った無駄な動きと太刀筋のブレが消えている。
基礎をしっかりと体に叩き込んできた証拠だ。
また、いい意味で経験の浅さが出ており、時に全く読めない攻撃を加えてくる事もある。
たったの数ヶ月でここまで来るには元々の才能に加えて相当な鍛錬が必要なはずだった。
「……文句なしに『覚醒』部隊に配属できるな」
並みの騎士では歯がたたないだろう。
このような戦闘スタイルの兵はいない。かなりの戦闘経験がないと部隊長クラスでも苦戦するはずだ。攻撃の相性を考慮すれば、カウンター攻撃に弱いフェルメイを倒す事も可能かもしれない。
ぞくり、とした。
レラージュの暴走を一人で抑えたのにも頷ける。
とても数ヶ月前の彼女からは考えられない成長だった。
さらに、これに悪魔の加護を加えたら?堕天のアガレスは天使の前に召還できないため、セフィラ相手には使えないが千里眼を戦闘中に使う術を既に身につけていたとしたら……?
「敵には回したくない相手だな」
客観的に見てそう思う。
それなりの体格に恵まれた自分が最も苦手とするのは自分より素早く、小柄な相手だ。
もしこのままの速度でこいつが成長を続けていくと、どうなる?
恐ろしい想像に身震いした。
絶対に追いつかれてなるものか。自分も高みを目指し続けよう。決してこのくそガキに追い抜かれることなどないように。
作戦実行の日は目前だ。




