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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.25 G-O-O-D L-U-C-K

 幻想兵を相手にいったいどうしたらいいのか。その答えが出ないまま、セフィロトの攻撃が再び始まった。

 季節はいつしか秋になっていた。

 赤い羽根が舞う平原を冷やりとした風が吹き抜けるようになり、日が落ちるのも早くなった。青々としていた草原はいつしか黄色く染まっていた。

「きたわね」

 ねえさんが押し殺した声で呟いた。

 外壁の上から見下ろしたセフィロト軍は、幻想兵を前線に並べた陣形だ。それはまるでこちらの打つ手をすべて封じようとしているかのようだった。

「ホドの方は私が引き受けるわ。あなたは『覚醒アウェイク』の援護に行って」

「……ねえさん」

「なに?」

「頼むからあの悪魔は使わないでくれ。近くにいない状態で使われると、フォローに行けない」

 メフィストフェレスは体力を消耗しすぎる。周囲に敵しかいない状態で使われると助けにも行けない状態に陥る危険性があった。

 ねえさんは心配してくれるなんて意外ね、と肩をすくめた。

「大丈夫よ。あなたみたいに後先考えずに行動するような事はしないから。それに、ホドを探すのには手間取ると思うけれど、幻想兵が全員で襲ってこない限りバシンとデカラビアだけでも負けないわ。それよりあなたの方こそ気をつけなさい。ケテルかマルクトが出てくるかもしれないわよ」

「分かっている」

 ねえさんがゲブラの事を忘れているはずがないと思うのだが、名前の欠片も出てこなかった。

 わざとだろうか。

 まあ、コクマを嫌うなら同じようにへらへらと相手を煙に巻くゲブラともあまり相性がよくなさそうだ。余計な事は言わないでおこう。

「それじゃ、後でね。レメゲトンに友好的な部隊長さんによろしく」

 この間の会議以来、ねえさんはフェルメイがお気に入りのようだった。

 対してヴァルディス騎士団長への警戒を高めていっていた。もともと友好的とはいえない関係だったのだが、さらに悪化していくのは手に取るようにわかった。

 背に翼を湛えたねえさんを見送って、自分もハルファスの加護を纏った。


 外壁の外にはすでに軍を配置してある。幻想兵に手間取る間に兵の数はまた倍増していた。

 ここは東の辺境、食糧の備蓄も少ない。それは敵国にもいえるはずなのだが、密偵によるとどうやらセフィラが物質輸送に関与しているようで、食料は十分あるとのことだった。

 いくらか特性は持つものの様々な能力を有する天使と違って、悪魔は数が多い分能力が限られるものが多い。

 それは特化しているといえば長所だが、できないことが多いのも事実だった。

 すでに馬上で突撃体勢を整えた『覚醒アウェイク』の元へふわりと降り立つ。

 フェルメイが気づいて問う。

「ウォル先輩、幻想兵はどうでしたか?」

「前線一列全員 幻想フラウスだ。気をつけろ」

 そう言うと『覚醒アウェイク』の面々に緊張が走った。

 20人にも満たない部隊だ。目の前に並ぶ万の軍勢を見せられれば慄くに決まっている。

 それでも退くわけにはいかないのだ。

「本当に……すまないな。俺たちレメゲトンがもっとしっかりしていればお前たちをこんな危険な戦闘に巻き込む事もなかった」

「何言ってるんすか、ウォル先輩!」

 ルーパスの大きな声が響いた。

「オレ嬉しいっすよ! 隣で戦えて。少しでも役に立てて!」

 にまっと笑った猟犬は、大きなランスを一振りした。

 続いてフェルメイが困ったような笑みを浮かべる。

「そうですね、もっと入れない世界かと思っていました。でも、そんな事はなかった。ウォル先輩が私たちに助けを求めてくれた時、同じ世界で戦える力をくれたとき本当に嬉しかったんです」

「以前はもっと悪魔に近いものかと思っていたけれど、違っていたみたいですしね」

 紅一点の隊員アズが微笑む。二刀流の彼女は、レイピアを両腰に差していた。

「ははは! 悪魔の力を使われたらどうひっくり返っても勝てんのだがな!」

 フォルス団長がいつもの大きな笑い声で皆の微笑を誘った。

 急ごしらえだが本当にいいチームになったと思う。おそらく生死を共に賭けているせいもあるのだろうが、もっと奥、信条や考え方といった部分で繋がっているような気がしていた。

 それはねえさんも同じだ。

 揺ぎ無い精神で導いていくねえさんの人気は絶大だった。

「ファウスト女伯爵は?」

「彼女は一人でホドを探しに行った。俺も行く予定だったが、思った以上に幻想兵が多い。こちらに加勢しろといわれた」

「はは、確かにこりゃあ一筋縄ではいかんぞ」

 見据えた先には何万もの軍隊。しかもその最前列を占めるのは、通常の物理攻撃が通用しない幻想兵たちだ。

「打ち合わせしたとおりだ。絶対に一人にならないよう2人組みだけは崩すな。あとは……」

 そこで一瞬躊躇ってしまった。

 頭の中を漆黒の瞳の少女がよぎる。

 ああ、確かハルファスとの契約の直前にあいつも躊躇しながら同じ事を言っていたな。

 微かに唇の端をあげて、全員に聞こえるようはっきりと告げた。

「死ぬな。全員生きて帰ってきて欲しい」

 そう言うと、フォルス団長が大きな声で笑った。

「それはこっちがお前に言う事だ! お前はすぐ無茶をしたがる上に意外と考えなしだからな!」

「そうですよ、ウォル先輩。失礼ですがあなたが一番危なそうです」

 フェルメイが目を逸らしながら言う。

「そうか?」

 首を傾げたが、『覚醒アウェイク』のメンバーがいっせいにため息をついて頭を押さえたような気がした。

 何なんだろう、この疎外感は。

 フェルメイが苦笑しながら言った。

「どうしたらこの心配が伝わるんでしょうね……」

「いいんすよ、そこがウォル先輩の魅力でもありますから!」

 ルーパスは相変わらずにこりと笑う。

 もしかして、もしかしなくてもこいつら凄まじく失礼な事を言ってないか?

「はっはっは。もてるな、ウォル!」

 フォルス団長の笑いに顔が引きつりそうになったが堪えた。

 こんな状況で相手をしても仕方がない。

 しかしながらずいぶん場が和んだのも事実だった。

 と、ほころぶように笑っていた紅一点のアズがふと全員に尋ねた。

「みなさん古代語は堪能ですか?」

 返事はない。みなそれほど得意ではないようだ。

「一つだけ、覚えてください。任務に向かう同僚に送る言葉です」

 アズは優しい声で呟いた。

「G-O-O-D L-U-C-K」

 G-O-O-Dは良いという意味、そしてL-U-C-Kは――

 思わず口元が綻んだ。

「何ニヤニヤしてるんすか、ウォル先輩」

 ルーパスが訝しげな顔で覗き込んでいる。

 慌てて顔を引き締めると、アズが続けて呟いた。

「幸運をお祈りします、という意味です。ですから、みなさん」

――G-O-O-D L-U-C-K


 その瞬間、セフィロト軍が鬨の声を上げた。



 予定通り、『覚醒アウェイク』は一丸となって敵軍に突っ込んでいった。

 全員がサブノックから与えられた武器を閃かせて。それぞれずっと共にしてきた乗りなれた馬で――きっとまた今日から戦神の化身となって戦う日々が続いていくんだろう。

 召還したハルファスの風の加護を全開に使い、襲ってくる兵を次々に跳ね飛ばしていった。

「ハルファス」

「なんだ! お前から話しかけてくるの珍しいな!」

狂風鷲フレスヴェルクとは何だ? あれは一種の空間支配なのか? この間のメフィストフェレスのように」

「ひひ! そうだ! 規模がぜんぜん違うけどな!」

 目の前の敵から目を離さずに、周囲の仲間に気を配りながらハルファスに問いかける。

「俺の力じゃせいぜい100人くらいだ! あれ(・・)とはケタが二つくらい違うんだ!」

「では、グラシャ・ラボラスを知っているか?」

「ああ! レラージュとフラウロスとあいつは俺と同じくらいだ!」

 何が同じなのだろうか。年齢?それとも強さ?

 そういえばフレスヴェルクの名はレラージュがつけたと言っていた。

「あいつも特殊空間を使うだろう?」

 目の前に振ってきた幻想兵を問答無用で切り払った。

 ハルファスは幻想兵が霧散するのを楽しそうに見ている。

「ひひ! あいつはいちばんだ! かなわねえ! あいつならこの間の奴にも勝てるかもな!」

 この間の奴、というとメフィストフェレスだろう。

 グラシャ・ラボラスの力は未知数だ。使役したレメゲトンがいなかったこともあり、一体どんな能力を有するのか謎のままだった。

「フラウロスとレラージュは仲悪いぞ! 俺はそうでもないけどな! ひゃはは!」

 王都に残留したくそガキはフラウロスの炎でレラージュに立ち向かったらしい。

 もしこのハルファスのようにレラージュと親しい悪魔だったらどうなっていただろうか……そんなこと考えたくもないが。

「じゃあ、これが最後の質問だ」

「何だ?」

「サブノックは嫌いか?」

「ひひひ!」

 甲高い声でハルファスが笑う。

「俺はあいつ嫌いじゃないぞ!」

「ありがとう」

「ひひ! お前頭いいな! あいつを動かせたらな!」

 ハルファスの言葉に微かに微笑む。

 そして襲い来る兵たちから逃れるように空に跳び上がった。

「ひひ! 俺はお前も好きだぞ!」

 悪魔に告白されるというのはなんと微妙な気分なんだろう――ねえさんの感情を少しばかり理解した。

 王都で今も成長を続けるあのくそガキに追いつかれないように。

 自分も進化し続けなければならない。

 大きく息を吸い込んだ。

「サブノック!」

 騒がしい戦場に自分の声が響き渡った。

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