SECT.24 理解
次の日にはサブノックの鍛えた武器が届いた。
どうして彼はルーパスを認めたんだろう……いまだに信じられない。
「うわああ! かっこいい!!」
武器の悪魔サブノックがルーパスに与えたのは、見上げるほどの長さを持つ槍だった。円錐形の部分まであわせると3メートル近くあるだろう。
ところがルーパスはそれを軽々と振り回した。
とてつもない腕力だ。フェルメイの推薦もあながち間違いではないようだ。
だが……
「こんなに狭いところで振り回すんじゃない! 迷惑だ!」
「うあ、すんません! つい嬉しくて……」
ルーパスを怒鳴る事にもうなんの躊躇いもなくなっていた。
とにかくこいつは中身がガキっぽい。声は大きいし、隙あらばすぐ抱きついてくるし……いつまでも自分が15歳の少年だとでも思っているのだろうか?
それがどこか王都においてきたグリフィス家のガキを思い出させる部分があって、わけもなく苛々するのだった……そういえば年も一緒だな。
またどうでもいい共通点に気づいてしまって大きくため息をついた。
ノックして部屋に入ると、ねえさんは既に戦闘準備を整えていた。
これまではずっとレメゲトンの正装で戦場に出ていたのだが、今日はかなり違っている。
短いタンクトップとアーミーショートパンツ、丈夫そうな編み上げのブーツ。まるで女盗賊のような格好だった。髪も邪魔だったのかアップにして結い上げてある。
黒のマントを羽織って全体を隠しているが、動くと腹部の白い肌に刻まれたメフィストフェレスの刻印が見え隠れする。大腿部にはベルトでナイフが幾つも括りつけてあった。
皮のグローブを装着し肩当てを装備しているが、他に防具は見当たらない。
機動性のみを重視して服を選んだようだ。どこかあのくそガキの普段着に似ているのは、あいつの服を選んだのがねえさんだからだろうか。
に、しても少々露出が過ぎると思う。できれば並んで歩きたくない。
「昨日はありがとう。おかげでずいぶん休めたわ」
「まだ休んでいた方がいいんじゃないのか? かなり疲労が溜まっているとアリギエリ女爵が言っていたが」
「休んでる暇なんてないわよ。コクマとビナーがこちらに落ちた今、ホドとゲブラ……もしかするとケテルやマルクトが台頭してくるかもしれないのよ。戦闘能力はあの二人と比べ物にならないでしょうね」
「……だからそんな格好になったのか?」
頬を引きつらせながら問うと、ねえさんはにこりと微笑んだ。
「ただの趣味よ」
返答できず絶句した。
別に見苦しくはない。むしろすれ違う男なら振り返るだろう。
だが……
大きくため息をついてうなだれた。
「あなたも服、変えたら? どうせ物理攻撃を受けることなんてないでしょう。動きやすい方がいいわよ。見繕ってあげましょうか」
「いや、いい」
「髪だけでも括らない? それとも切る?」
「遠慮しておく」
もう一度大きなため息をついて、くるりと背を向けた。
するとねえさんは不思議そうに聞いてきた。
「でも何故髪を伸ばしているの? 邪魔でしょうに」
「特に意味はない」
「嘘。ラックじゃあるまいし、意味のないことはあまりしたがらないじゃない。」
「……」
何もかもお見通し、か?
しかし答える気はなかった。半分意地のような、くだらない理由だったからだ。
「願掛けかしら。それとも誰かと約束したの?」
「違う」
このままいくと自分は一生髪を伸ばし続けなくてはいけないことになるが、それもまあいいかと思う。人生の一つの軌跡として受け入れよう。
「教えてくれたっていいじゃない」
「言うべきほどの事じゃない」
「あらそ。頑固ねえ」
そう言うとぽん、とねえさんの手が肩に触れた。
「さ、行きましょ。私たちもラックに負けてられないわ」
「……そうだな」
遠い王都で一人奮闘するあいつに負けぬように。
自分も進化し続けていかなくてはいけない。
コクマとビナーを失ったせいなのか、そこから数日間セフィロト国は音沙汰なかった。
それが恐ろしくもあったが、疲弊しきった対 幻想部隊『覚醒』にとってはいい休養となったのも事実だった。
その間に装備を整え、カーバンクル奪還の準備を始めねばならなかった。
密偵調査により、軍が配置されている位置はだいたい分かっていた。ただ問題は未だ死霊遣いホドの容姿すら分かっていない事で、彼の位置を掴むのが最重要課題だった。
まず幻想兵を何とかしない限り、グリモワール軍に勝ち目はないだろう。
メフィストフェレスなら一瞬で見つけ出して機能停止させるかもしれないが、召還には相当な気力と体力を消費してしまう。つい先日召還したばかりでもう一度、というのはねえさんの身が危険だった。
何より、表向きは刻の悪魔の存在は王家ですら知らないということになっているのだ。無闇にさらすのが危険であることに変わりなかった。
そうすると、現在自分たちが天使に対抗できる手段はねえさんが使役する重力の悪魔バシンと翼の悪魔デカラビア、それに自分の戦の悪魔ハルファス。アリギエリ女爵は攻撃系のコインを持たないため、あとはフォルス騎士団長やフェルメイなどを筆頭に12人まで増えた対 幻想部隊『覚醒』だけだった。
「まだ早いわ。カーバンクルまで防衛ラインを戻すときは、せめてホドを倒してからでないと無理よ」
ねえさんはきっぱりと言った。
円卓を囲むようにして並んだのはフォルス団長、クライノ=カルカリアス琥珀騎士団長、途中合流した輝光石騎士団長のサンアンドレアス=ヴァルディス卿、そしてその補佐がそれぞれ1名ずつと兵団の代表が2名。
自分たちレメゲトンを含めて11人だけで行われる首脳会談の場でのことだった。
「死霊遣い(ネクロマンサー)など、昔話の中だけの出来事だと思っていたがそういうわけではないのだな」
「はい」
ヴァルディス卿のうめくような呟きにねえさんが緊張を含んだ声で答える。
「撃破したコクマとビナーは未だ目を覚ましません。もし意識が戻ったとしてもホドについて話すかどうか……当てには出来ないでしょう。幻想兵は生きた人間の血さえあればホドの能力の続く限りいくらでも生み出せる無敵の兵です。現在のホドがどれほどの能力を有しているかは分かりませんが、現状を見ると少なくとも2000以上の兵を同時に動かす力を持っているようです」
「2000か……厳しいな」
「はい。それも幻想兵を『一度に動かせる数』が限定条件のようで、倒しても次の兵を次々作り出す事が出来ます」
そう、それが最も厄介な事だった。
作り出す幻想兵に限りがあるのならばこのまま戦い続けていればいつか勝機が見えただろう。
しかしそううまくはいかなかった。
今や城塞都市トロメオの周囲は無数の赤い羽根が舞う平原と化していた。それはまるで流された血のように大地を赤く彩っている。
「死霊遣いか……伝え聞く話ではかのゲーティア=グリフィスが魔界の支配者リュシフェルを召還し、ホドからラファエルの加護を引き剥がしたというが」
「加護を引き剥がすとは一体どういうことなのでしょうか、ファウスト女伯爵。もしサブノックの武器で可能であれば『覚醒』を総力でホドにぶつけるという手もありますが」
「……加護を引き剥がすのはある意味簡単よ。体のどこかに刻まれた天使の印を失くせばいいだけの話ですもの。加護もちのセフィラと戦える力があるのなら、一般兵にだって可能よ」
「ねえさん、さすがに一般兵には無理じゃないのか?」
首を傾げると、ねえさんは冷たく抑揚のない声で言い放った。
「簡単よ。だって、印のある部分を体から切り離せば(・・・・・・・・)いいだけの話ですもの。命を奪ってもいいわ。同じ事よ」
「いずれにせよ、その話しぶりでは戦闘能力的に一般兵では無理だろう。それなりに部隊を編成せねばなるまい」
輝光石騎士団長ヴァルディス卿は厳しい口調で言った。
「もしくはファウスト女伯爵とクロウリー伯爵に一任してもいいのか? 悪魔を使うレメゲトン」
ヴァルディス卿の厳格な青い瞳で睨まれると、父上を目の前にしたような威圧感に押されてしまう。
おそらくそれは視線に敵意が混じっているからだろう。王に忠誠を誓う厳格な輝光石騎士団長はレメゲトンに対してもともとそれほどいい感情を抱いてはいなかった。
ねえさんは一瞬顔をこわばらせた。
口を開こうとした時、以外にもフォルス団長の後ろに控えていたフェルメイが参入した。
「それは無茶です! セフィラはホドだけではないのですよ。たった二人で何人もの天使を相手にするのは不可能です!」
いつも笑顔を貼り付けているのに、今は頬を赤く染めてヴァルディス卿を睨んだ。
「私も幻想兵とセフィラを相手にしたからわかります。彼らと戦闘するのは並大抵の事ではありません。戦闘レメゲトンのお二人だけに負担をかけるのは間違っています」
きっぱりと言い放ったフェルメイを、フォルス団長が抑える。
それでも言い足りない、と言いたげに唇を一文字にひき結んだフェルメイに心の中で感謝する。
悪魔を使役し、空を飛び、大気や時間さえも操ってしまう自分たちはすでに半分人間ではなくなってしまったのかもしれない。
それでもそんな自分たちを理解してくれる人がいれば救われる。
温かな気持ちが心に灯っていた。




