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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.16 救世主

 トロメオに戻ると、アリギエリ女爵を頂点に置いた医療班が慌しく駆け回っていた。門の手前で退けたものの、幻想フラウス兵が混在していたために被害は大きい。

 特に今回前線で戦っていた炎妖玉ガーネット騎士団員たちの中で重傷を負った者も多かった。

 街を抜け、シェフィールドの屋敷に戻るとすぐにフォルス騎士団長、部隊長フェルメイ、それに琥珀アンバー騎士団長のクライノ=カルカリアス卿を招集した。


 会議用に使われる円卓を囲んで、全員が席に着く。

 最初にねえさんの素っ頓狂な声が響いた。

「サブノックの剣?」

「そうだ」

 悪魔の力以外で幻想兵を滅ぼす事ができる唯一の武器。

「第43番目の悪魔サブノックが武器を鍛える事はみな知っていると思う。その剣は、悪魔の攻撃に順ずる。つまり、レメゲトン以外の者も天使が作り出した幻想兵に対抗する事が出来るようになるということだ」

「それはレメゲトンでなくともあの幻を倒せるという事ですか?」

「おそらくそうだろう」

 これは確信があった。

「現在サブノックの武器を持つのは俺以外にはフォルス騎士団長と王都在住の漆黒星ブラックルビー騎士団長クラウド=フォーチュン侯爵のみだ。だが、サブノックは一晩あれば武器を作成してくれる。与える相手の剣の腕を選びはするが」

「つまりは、幻想兵に対抗できる騎士の数を増やそうというわけね」

 ねえさんは物騒な笑みを浮かべた。

「騎士団長を前線で戦わせるわけにはいかないわ。腕の立つ者を選りすぐって、すぐに対 幻想フラウス部隊を編成しましょう。よろしいでしょうか、フォルス騎士団長?」

「ああ、人選はフェルメイに任せる。だが……」

 フォルス騎士団長は深い緑の瞳に強い意思の光を灯した。

「私も前線で戦う。一人後ろでふんぞり返っているなど、性に合わんのでな」

 さらりと言った団長にフェルメイが驚きの声を上げる。

「フォルス団長、ファウスト女伯爵のお言葉を聞いてらしたでしょう? 総指揮のあなたが前線で戦う事などありえません」

「それでも、武器の製作には一晩かかるのだろう? もし次にセフィロト国が攻めてくるのが一週間後だったとしても、たったの7人分の武器しか作れん計算になるだろうに……あの妙な人形に対抗できる人間は一人でも多いほうがいいんじゃないのか」

 それは正論だった。

 確かにサブノックが武器を与えられるのは一晩で一人だ。どんなに急いでも作る数には限りがあった。

 しかし、フォルス騎士団長はグリモワール軍の総指揮官なのだ。前線で剣を振るう事など仏なら考えられない。総指揮官が落ちる事は軍の敗戦を意味するからだ。

「お気持ちは分かりますがバーディア卿、ここは押さえてください」

 困ったようなねえさんの言葉にもフォルス団長は鷹揚に微笑んだ。

「ならば総指揮官を琥珀アンバー騎士団長のクライノ殿に委託する。それでいいだろう」

 全くそういう問題ではないのだが、豪快な性格を持つ炎妖玉ガーネット騎士団長は満足げに頷いた。

「バーディア卿、それはいささか横暴です。総指揮官を委託など、そんな権限はゼデキヤ王にしかないのですぞ」

 貴族出身の騎士団長クライノ=カルカリアス卿は強い口調で言った。

 だが、フォルス騎士団長は聞く耳を持たない。

 困った事だ。

 むろんこの人の場合一度決めてしまうとよほどの事がない限り考えを変えないということは周知の事実である。こうなった以上彼の心を覆させるのは難しい。

 それが嫌ほど分かっている自分だからこそ大きなため息をついてしまった。

「フォルス騎士団長、無理はなさらないでください。危険だと思ったら必ずすぐに退いてください」

「分かっておる!」

「ちょっとアレイ、認める気なの?」

 ねえさんが眉をひそめたが仕方ないだろう、と返した。

 どちらにしてもサブノックの剣の本数には限りがある。フォルス騎士団長には前線に立ってもらうほうがいい。

 何より彼は他に類を見ない剛剣の持ち主だ。その豪快さによく似合う真直ぐで強い剣筋は生半可な実力では打ち合えないほどに洗練されている。

「残りの人選はフェルメイに任せる」

「御意」

 こちらもやれやれといった顔をした部隊長フェルメイ=バグノルドも上司の性格をよく知っている。止めようなどと無駄な行為はそれ以上しなかった。



 サブノックの剣を持つにはやはりそれなりの悪魔耐性がいる。

 クロウリー家の娘と結婚する権利を手に入れた義兄上は問題なく、フォルス騎士団長もそれなりの耐性があった。

 フェルメイが選出した炎妖玉ガーネット騎士団員10名とクライノ琥珀アンバー騎士団長が選出した琥珀アンバー騎士団員10名はその日のうちにねえさんと自分が待つ部屋へ一人ずつ通され、試された。

 コインを使った耐性試験に合格したのは20名中たったの6名だった。

「まあ仕方がないわね。これでも一般的に見ればかなり多いほうよ」

 ねえさんは残った6人を見渡した。

 その中には炎妖玉ガーネット騎士団アルマンディン部隊長フェルメイ=バグノルドの姿もあった。他3名の炎妖玉ガーネット騎士団員と残り2名の琥珀アンバー騎士団員。うち一人はフェルメイ直属のリーダーを務める女性騎士だった。

 いずれ劣らぬ騎士団の精鋭たちだ。サブノックの剣を持てば幻想フラウスたちをなぎ倒してくれる事だろう。

「とりあえず一週間ね。その時点でまだセフィロトが攻めてこないようならこの特殊部隊の人員も増やしましょう……まあ、敵が消耗戦を狙うのだったら次の戦闘までほとんど間はないと思うけれどね」

 ねえさんは肩をすくめた。

 一刻の猶予もないということだ。

「一人目はこの後すぐサブノックと会ってもらう。誰からでもいい、順番を決めてくれ」

「最初は私が参ります」

 フェルメイが名乗り出た。


 自分より一年後に炎妖玉ガーネット騎士団に入団したフェルメイ=バグノルドは、その当時から才能の片鱗を見せていた。

 現在では4つある部隊のうちアルマンディン部隊の隊長を務め、細かい事を考えるのが苦手な騎士団長の下で補佐的な役割を担っているらしい。

 おそらく面食いのくそガキが顔を覚えるのに苦労するであろう、これといった特徴のない顔はいつも優しげな微笑を湛えている。時折見せる表情が3年前よりどこか大人びていて、時の流れを感じる事があった。

「ウォル先輩、俺、すごく嬉しいです」

「何がだ?」

「だって先輩は今回の戦で本当に悪魔の化身みたいに見えたから……ここにいたときからずっと不思議な雰囲気を持つ人だとは思っていましたけど、今回本当にそう思いました。まるでレメゲトンになるためにいるような、そんな先輩が俺のために武器を作ってくれるなんて夢みたいだ」

 本当に嬉しそうに微笑んだフェルメイの顔は3年前と変わっていなかった。

 口調もどこか幼い頃に戻ったように感じた。

「なんだか別の人みたいです。なんだか人間離れして、本当に悪魔になっちゃったみたいな……あ、悪い意味じゃないんです! 本当にかっこいいと思うから」

「気のせいだ」

 自分はそんなすごい人間じゃない。

 たまたま運よく偶然が重なって敵軍を退けた、ただそれだけの事だ。

「そんな事ありません! 俺たちの救世主なんです、ウォル先輩もファウスト女伯爵も、医療班として負傷兵を手当てしてくださっているアリギエリ女爵も。そこにいてくださるだけで気持ちが全く違うんです。俺たちにはレメゲトンがついてるんだぞって」

 大げさなほど大きなアクションでそれを示したフェルメイは、心の底からそう思っているように見えた。

 心のどこか片隅に温かな感情が灯る。

「俺は少しでもそんなレメゲトンの人達の役に立ちたい。本当にそう思います。きっとみんな同じ気持ちなんです」

「ありがとう。お前がそう思ってくれるなら……俺たちレメゲトンも頑張れる」

 自然にそんな言葉がでて、自分で驚いた。こういう人の真直ぐで温かい心を素直に受け取れるようになったのはかなりの進歩だろう。

 フェルメイも少し驚いたようだ。

 それでも嬉しそうに笑い返してくれたのがまた嬉しく、思わず微笑み返した事に全く気づいてはいなかった。

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