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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.13 快楽幻想(ユピテル・フラウス)

「ふふ、今日は一対一で早々につぶさせてもらうわよ」

 物騒なことを言い放ったねえさんは手のひらを上に向けた。

 闇の色をした球体が出現する。

 本気だ。

 ねえさんは本気でこの二人をつぶしにかかっている。

 もう一度大きなため息をついた。

「素手の人間を相手にするのは得意じゃないんだが……」

 剣を抜いた。刃がついていないほうで優男の前に構えた。

「今日はクロウリー伯爵がお相手? そちらのお姉さんはおっかないからねぇ」

「それは否定しない」

「否定しなさい、アレイ」

「……」

 思わず目を逸らした。

「ま、いいわ」

 ねえさんは闇色の球を頭上に浮かべた。

 そうしてもう一つ手のひらに球を作り出す。

「負けたら承知しないわよ、アレイ!」

「分かっている」

 さらに数個闇の球を周囲に浮かべたねえさんは、にこりと微笑んだ。

 それこそまるで悪魔の化身のように。


 コクマに視線を戻すと、すでに背後に知恵の天使ラジエルを戴いていた。

 彫りの深い顔立ちに全てを包み込む温かな目をしている。ビナーが使役するザフィケルが至高の母なら知恵の天使ラジエルは至高の父とも呼ばれる。

 慈愛に満ちた一対の天使はいつも寄り添うように在るという。

 知恵の天使ラジエルを加護に持ったコクマはへらりと笑う。

「この前は2人がかりでお姉さん1人に止められたけど、今日はそういかないよ」

「そうだな。以前のままではすぐにやられることくらいわかっているはずだ」

 さすがにそこまでバカではないはずだ。

 もう一度2人だけで出てくる以上何か策があると考えるのが普通だった。

「でも、奥の手はとっておくもんだから。一度手合わせ願いますよ、クロウリー伯爵!」

 コクマは神官服を脱ぎ去った。

 確かに夏の日差しは暑いが、別に脱ぐ必要はないと思う。ただ単純に脱ぎたいだけなのだろうか。このセフィラの考える事はよく分からない。

 いや、ネツァクもゲブラも何を考えているかなど全く分からないのだが。

 どうやら自分はとことんセフィラと相容れないらしい。

 素手相手に剣と言うのは少々はばかられたが、四の五の言っている場合ではない。

 コクマが両手を広げると、蒼い霧が両腕を取り巻いて固まった。

 どうやらそれは頑丈な篭手へと姿を変えたようだ。

 同じように足にも絡みついた霧が脛当てに変化する。

 コクマが格闘家である事はねえさんから聞いていた。天使の加護を除けばスピードは普通、力がひどく強いわけでもない。技術も並よりいい程度。逆に言えばバランスの取れた拳闘士ともいえるのだが、何しろねえさんの言葉には遠慮がない。

 しかもねえさんは何故か第一印象でコクマを嫌ったようで、それを隠そうともしていなかった。

 手こずったりなんぞしようものなら後にどんな叱責が待っていることやら。

 にしても遅い。自分が本気で殺す気だったらとっくに切りかかっている。

「準備はそれで終わりか?」

 思わずあきれた声が出た。

 蒼い霧がさらに額当てと拳サックに変わった。この上まだ武具が増えるのか?

「せっかちですねぇ。いや、余裕なのか? 敵が武装を整えるのを待つなんて」

 相手が準備万全でないところを襲うのは自分の中の騎士道に反する。

 そんな事を言っても虚言と奇襲が得意なセフィロト国には通用しないだろうが。

 見下ろすとトロメオの外堀付近で激しい打ち合いが始まっていた。特に自軍が押されている様子はない。安心してセフィラを相手にしよう。

 第43番目の悪魔サブノックが鍛えた長剣をまっすぐコクマに突きつけた。

「退いてもらおう。ここは貴様らが踏み荒らしていい土地ではない」

「その台詞はお返しするよ。セフィロト国の発展のため明け渡してもらおうか!」


 上から振り下ろした剣を篭手が力任せに受け止めた。

 びりびり、と剣を握る両手に振動が伝わる。

 そのまま剣を跳ね飛ばして逆手で腹部を狙ってきたが、そんな見え見えの攻撃を受けてやるほどお人よしではない。

 飛んできた拳を肘と膝ではさんでつぶしてやった。

「ぎゃあっ!」

 色男の口から出るには少々小汚い声を発して、コクマは手を引いた。

 ああ、確かにそうだ。ねえさんが褒めるような相手でも自分が手こずるような相手でもない。

 篭手のお陰で骨が砕けることは免れたようだが、かなりのダメージを負ったらしい。だらりと下がった左手はもう戦闘に使えないだろう。

「うそだろぉ?! レメゲトンで一番強いのはファウスト女伯爵じゃなかったのか?!」

 コクマは大きく目を見開いた。

 それは正解だ。だが、他のレメゲトンが弱いのだと勘違いされては困る。

 後衛のアリギエリ女爵やくそじじぃならともかく、戦線に出ている自分は一介の騎士だ。ただ天使の加護を受けただけの者とは格が違う。

「くそ! もう少しとっておきたかったんだがな」

 コクマはそう言うと地面に向かって急降下した。

「?!」

 何をする気だ?!

 慌てて後を追う。

 目下では万を越す兵隊同士が激しい戦闘を繰り広げているのだ。その中に飛び込めば、いかに天使の加護を受けたセフィラと言えど無事に済むはずがない。

 何より、加護を持たない一般兵に多大な被害が及ぶ。

 降下の速度を上げる。

 だが飛翔能力を使い始めてほんのいくらかしか経っていない自分は、飛びなれているセフィラのスピードに追いつけない。

 最悪自由落下するつもりでセフィラの白い翼を追った。


 風の抵抗が大きい長剣は鞘に収めた。

 それでも追いつけない。

 強風の中目を開けているのも億劫だ。

 どうやら向かった先は戦乱の真っ只中ではないらしい。むしろその衝突帯を避けてトロメオから遠ざかろうとしているように思える。

 一体何を企んでいる?

 戦場から少しはなれて開けた場所で着地した。なぜか天使の加護が消滅する。

 後を追って草原の上に降り立ったが、警戒して距離をとった。何をするか分からない以上うかつに手を出さない方がいいだろう。

 負傷した左手を庇うようにしてゆらりと立ったコクマはふいに唇の端をあげた。

快楽幻想ユピテル・フラウス!」

 鋭い叫びと共に、目の前の空間が揺らぐ。

 先日くそガキが――というかグラシャ・ラボラスが使った闇の空間に類似した特殊空間だろうか。

 と、思ったがどうやら違ったようだ。

 しかしながら信じがたい光景が目の前に広がっていた。

「なっ……!」

「驚いたかい? これが奥の手だよ」

 にやりと笑うコクマの隣には同じ顔をした男がいる。

 そしてその隣にも同じ顔をした男。

 気がつけば10人以上のコクマが自分を取り囲んでいた。

「……」

 残像か?いや、そうは見えないし、それほどのスピードがあるなら最初から使うはずだ。

 ということは幻覚か。そんな能力がコクマにあったのか。

 もし全員の能力が同等だとしたら、10人のセフィラを相手にするのはさすがに無理だ。だが、幻覚にそれほどの力を持たせられるとは思えない。

 本物は左手をつぶされているから見失う事はないだろう。怪我をしている以上庇う動作をせざるを得ない。

 幻影を一つずつ消して、最後に本体を相手にしよう。

「覚悟するんだね、クロウリー伯爵。ゲブラには悪いけど倒させてもらう」

 何故そこでゲブラの名が出るんだ!

 叫びたかったが、10人のコクマが一斉に飛び掛ってくるのが見えた。

 サブノックの剣を閃かせて一人目を切り伏せた。

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