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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.6 フォルス=L=バーディア

 東に近づくにつれ、戦の気配が濃くなってきた。

 カトランジェの街を過ぎ、ラッセル山を越えた辺りから広がるグライアル高原を抜けていくと、おそらく東の都トロメオから逃げてきたと思われる人々の一団が大きな荷物を馬に引かせていたり兵士らしき鎧の男たちが軍に供給する食料を荷馬車に積んでいたりした。

 はるか遠い王都ユダでは感じられない生々しい空気が心を落ち着かせてくれなかった。

 今この瞬間にもトロメオはセフィロトからの攻撃に耐えているのだ。

 急く気持ちは加速するばかりでトロメオは遠かった。



 それでも王都を出発して一週間、ようやく東の都トロメオに到着した。セフィロト国の攻撃はいったん止んでいるようだ。

 その隙に外郭内に入り、まず何より先にトロメオを治めるシェフィールド公爵家の屋敷へと向かった。

 この都市の造りは基本的に王都ユダと似ている。小高い位置にあるシェフィールドの屋敷を一重の外壁が取り巻き、その周りを城下町が埋めて、さらに周囲を大きな外郭が覆う。

 特にその外側に堀を一周させているのがこの都市の特徴だった。

 おそらくみな家に篭っているか既に逃げ出してしまったのだろう、街は閑散としている。兵は民家に分かれて宿泊しているのか、またはどこか一箇所で固まって野営しているのか、見回りの兵士以外は見当たらなかった。


 シェフィールド公爵家も使用人のほとんどはすでに解雇したらしく、広い屋敷はがらんとしていた。公爵自身もおそらく既に避難してしまっただろう。

 出迎えてくれたのは、自分と同じ年くらいの騎士団員だった。

「お久しぶりです、ウォル(・・・)先輩!」

 満面の笑みを湛えた彼は、懐かしい名を呼び覚ました。

 生みの母以外では、故郷と呼べる炎妖玉ガーネット騎士団の者たちだけが使う名だ。懐かしいようなくすぐったいような感覚に、思わず頬が緩んだ。

「レメゲトンのメフィア=R=ファウスト様ですね。私は炎妖玉ガーネット騎士団アルマンディン部隊長のフェルメイ=バグノルドと申します。フォルス団長がお待ちですので、どうぞこちらへ」

 はきはきと自己紹介をした部隊長フェルメイは人懐こそうな笑顔をねえさんに向けた。

 3年前、19歳当時はアルマンディン部隊の4班のリーダーを務めていたフェルメイがすでに部隊長――3年という時の長さを改めて感じ取った。

 自分より一つ年下のフェルメイは当時から抜きん出た才能の片鱗を見せていた。

 昔に比べると肩幅も広くなり、全体的にがっしりとした体格になったようだ。

 フェルメイは黒い扉の前で立ち止まり、軽くノックした。

「失礼します。レメゲトンの方々をお連れしました」

 返事もないのにがちゃりと扉を開けた。

 するとそこで待っていたのはつい先日ミュレク殿下の誕生パーティで会ったばかりのフォルス騎士団長の姿だった。

 真紅の甲冑に身を包んだ姿はとてもあの適当な人間と結びつかない。

「レメゲトン、メフィア=R=ファウスト、アレイスター=W=クロウリー、ただいま参上しました。これより総指揮フォルス=L=バーディア卿の指揮下に入ります」

 ねえさんと二人、膝をついて深く礼をする。

「おお、そうか! 遠路はるばるすまないな!」

 上からフォルス騎士団長の大きな声が降ってきた。

 ねえさんが頬を引きつらせて団長を見上げる。そのあからさまな困惑の視線に、思わず小さくため息をついてしまった。


 フォルス騎士団長と3人の部隊長を交えて、早速戦況報告を行った。

 資料を手にしたフェルメイが現在の状況を説明する。

「セフィラと思われる人物は現在2人戦闘に出ているようです。白の神官服を纏って防具はほとんど身につけていない様子なのですぐに見分けられます。単体で相手にする事は不可能なのでこれまでは多くの兵を投入してきました」

「そっちは大丈夫よ、これからは私たちが相手するわ」

「お願いします。他に総指揮官もセフィラのようですが、戦闘に出る意思はないようです」

「総指揮官……第1番目ケテル、もしくは第10番目マルクトだろう」

 先日宣戦布告したセフィラかもしれない。

「兵自体の数は向こうが5000、しかし今も増え続けています。対してこちらは炎妖玉ガーネット騎士団員200名と琥珀アンバー騎士団300名、兵が2000。追って輝光石ダイヤモンド騎士団員約300名が合流します。さらに一般志願兵が2000名派遣されるそうです」

「数でかなり負けているわね」

「ただ個人戦闘能力はこちらの方がいくらか上回るようです。城塞都市トロメオに篭ったとはいえ、先日の戦闘は兵数を越えて互角でした」

 ねえさんは少し考えるポーズをとった。

「もうすぐアリギエリ女爵が輝光石ダイヤモンド騎士団と共に到着するわ。市民の避難を最優先にして、とりあえずはトロメオで地盤を固めましょう。カーバンクルを奪還するのはその後よ」

「現在も騎士団員の指示のもと少しずつ退去しているところです。全員が避難するにはまだかかりますが、次の攻撃までにほぼ全員が脱出できるはずです」

 それを聞いてほっとした。

 戦う術を持たない人々を戦闘に巻き込むわけにはいかない。

「寝た子を起こすような事はしたくない。相手が攻めてこないのなら静かにしていましょう」

「そうです。いいですね、フォルス団長」

 フェルメイがフォルス騎士団長に同意を求める。

「うむ、任せる」

 この人は今までの話を本当に聞いていたのだろうか。

 利発なフェルメイが部隊長に就任したのはこの人にとってよかったらしい。

「それではレメゲトンのお二人はお部屋に案内します。長旅でお疲れでしょう、ゆっくりお休みください」


 部屋を出るとすぐ、ねえさんはあきれたように言った。

「フォルス騎士団長はいつもああなのかしら?」

「……そうですね。あの豪快さがあの人の特徴ですから」

 フェルメイが苦笑した。

「細かいことを考えるのが苦手なんですよ。しかし信念を通す情の深さは随一です。私も尊敬しています」

「あなたみたいな補佐がいて正解だわ」

 ねえさんが言うと、フェルメイはもう一度苦笑した。

「フォルス騎士団長も、本当はこんな風に人の上に立つのを好みません。他になれる器の人がいないためにもう何年も続けていらっしゃいますが……」

 フェルメイはふいにこちらを向いた。

「団長はずっとウォル先輩を騎士団長に据える事を考えていました――3年前までは。楽しみにしていたのですよ、今でも時々その話をするくらいです」

 それを聞いてねえさんは肩をすくめた。

「こんな無愛想な騎士団長は嫌よ」

「無愛想で悪かったな」

「団長はおっしゃっていました。自分のように腕っ節がたつだけで頭の足りない者は人の下について攻撃の盾になるべきなのだと。騎士団長はもっと思慮深く、またその場にいるだけで人の視線を集めるような絶対的な存在感を持った者がなるべきなのだ、と」

「フォルス騎士団長は十分人の注目を集めていると思うが」

 思わず正直な気持ちを口にしてしまったのに、フェルメイは首を横に振った。

「そういう意味ではありません。自然に周囲に人が集まる。そう、カリスマ性とでも言うのでしょうか」

 フェルメイは微笑んだ。

 記憶の中にある彼の笑顔よりずっと大人びたその表情に少し驚いた。

「共に戦える事を光栄に思います。レメゲトンの助力があるということで私たちはいつも以上の力を出す事が出来るのです。悪魔を使えるあなたたちは私たちの救世主なのです」

「ふふ、そんな大層なものじゃないわよ」

 ねえさんは笑った。

 それこそ万人をひきつける微笑みで。

「でも、私たちも全力を尽くすわ。あなたたちの期待に応えて見せる。それが私たちに課せられた使命よ」

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