SECT.2 叶ワヌ願イ
その日のうちに3人と会い、3人とも試した(・・・)。
幸か不幸か3人の中に十分な悪魔耐性を持つ者はいなかった。
これは一般的に知られていないことだが、悪魔の血を引くとされるクロウリー家の人間もまた存在するだけで悪魔の気を発するのだった。
悪魔の気は人にとって毒だ。身体も精神も徐々に蝕んでいく。特に血が濃く、強い気を発する自分にはそれ相応の耐性を持つ花嫁が必要だった。
そんな自分に、父は吐き捨てるように言う。
「お前は無駄に耐性ばかりある。明日まで待て。また他に……」
この上まだ探そうというのか。
「父上、もう」
「お前は口を挟むな」
「ですが」
「口を慎め、アレイスター」
民衆からは絶大な支持を誇る悪魔の血を自分はずっと毛嫌いしてきた。
幼い頃から人に触れられる事はなく、また触れようと思わずに生きてきた。炎妖玉騎士団にいた頃もあまり長く人に触れないよう注意を払ってきた。生みの母も範疇外ではない。
その中でも例外といえるのが実の姉とレメゲトンのねえさん、それに――あのくそガキだけだった。
あんなに人に触れたいと切望したのは初めてだ。
並外れた悪魔耐性を持つあのグリフィス家の末裔は、何の気兼ねもなく触れられる世界で唯一の人間なのかもしれない。
「少し家柄は落ちるが仕方がない。明日にまた3名ほど候補を屋敷に呼び寄せておく」
「私は」
「くどい!」
びりびり、と全身が押さえつけられるような怒号。
体の心まで震え上がり、思考が停止する。呼吸すらもままならなくなってしまう。
この人にだけは何故か逆らえない。自分ではどうにもならない畏怖が覆いかぶさってきて身動きが取れなくなる。
それでも。
どうしても譲れないことはある。
自分はあの少女に出会ってずいぶん変わる事が出来た。
「父上。お聞きください」
「聞くことなどない」
ぴしゃりとした口調に押されそうになる。
しかし大きく息を吐いてゆっくりと言葉を紡いだ。
「私はもう他の女性に会いません。配偶者を手当たり次第連れてくるのはやめてください」
「何を言う。お前にはクロウリー家を継ぐことの出来る男児をこの家に渡す義務がある。そのために庶子のお前を引き取ったのだ」
ウォルジェンガ=ロータス、その名を捨てたのは5歳の時だ。初めてこの屋敷に足を踏み入れた時から、自分の名前はアレイスター=W=クロウリーになった。
そのためこの父との関係は一方的なものだった。
「父上も、もうリリア=ロータスのような犠牲者を出したくはないはずです」
その名にいつも無表情な父親が反応した。
生みの母リリア=ロータスは悪魔耐性が低かったために、息子の悪魔の気に耐えられず病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
もともとクロウリー家の使用人で、城下から通う平民だった母は見目麗しさから父親の身の回りの世話係に昇格し、主の子を身ごもってしまった事で職を失った。
それでもクロウリー家に引き取られるまで5年もの間、城下の裏町で女手一つ自分を育ててくれた。
「……二度とその名を口にするな!」
初めて見るかもしれない嫌悪の表情を浮かべた父は吐き捨てるように言った。
思わず一度口を噤む。
「去れ。明日までには手配する。妙な考えは起こさん事だ」
「嫌です」
引き下がれなかった。
心臓が破裂しそうなくらいに拍動しても、握り拳の中で嫌な汗をかいていても、畏怖の念で足が震えても。
「まだグリフィス家の娘に未練があるのか。王家があの娘を引き入れようとしている。それを邪魔する事はまかりならん」
「……それは、グリフィス女爵が決める事です」
「そこが根本的に違うというのだ。決めるのは陛下と殿下だ」
「ゼデキヤ王もミュレク殿下もそのように人の心を無視するような事はぜったいにありません」
「ではグリフィスの娘がお前を選ぶとでも言うのか?」
そう返されて言葉に詰まった。
あのガキが俺を選ぶ事などあり得ない。なぜなら隣には育て親のねえさんがいるからだ。
「話にならん。それ以前に王家に楯突く事は臣下として絶対にあってはならんのだ」
レメゲトンとしてではなく政治家としてずっと王家に仕えてきた現クロウリー公爵は、王家に絶対の忠誠を誓ってきた。
きっとこれからもそうだろう。
「私も用がある。話はここまでだ。候補は追ってクリスに知らせておく」
父親は立ち上がり、部屋を出て行った。
自分はまだそこに佇んで唇をかみ締めていた。
あのくそガキが自分を選ぶ事はない――それはわかっていたはずだった。
その上で見守る事を選び、傍にいると誓ったのだ。
だが、今の気持ちはどうだろう。
自室に戻ってソファに身を沈めた。頭に手を当て、自嘲的に呟く。
「何て……我侭だ」
あのガキの事は言えないな。
我侭どころの話ではない。
ねえさんやミュレク殿下を差し置いても、俺の事を一番に選んで欲しいと思う自分がいる。他の誰でもなく自分だけを見て欲しいと願う勝手な思いがある。
あの舞踏の夜に一瞬だけ夢を見たのが間違いだったかもしれない。
自分だけが漆黒の瞳に映っていると勘違いし、欲が出てしまったのだ。
「最悪だ」
求められなくても傍にいるだけでよかった。
しかし、傍にいることを許された。
そうすれば次に願うのは分かっていたはずなのに。いつかは独占欲と支配欲がのさばってくる事なんて周知の事実であったろうに。
愛されたいと願う心にだけは絶対に気づいてはいけなかったのだ。
砂漠の真ん中で水を求めているような渇望に支配されていく。
忘れようとすればするほどその心は膨らんでいく。
「いったいどうすればいい……?」
問いは部屋の静寂に吸い込まれるだけで何の答えも導いてはくれなかった。
答えの出ぬまままた眠れぬ夜を過ごした。
ところが次の日、重い気持ちを抱えて起き上がった自分を待っていたのは信じられないニュースだった。




