SECT.27 救出
闇の中でも燐光を放つ青みがかった銀髪に冷たい群青の瞳――天使ミカエルと同じ容姿をもつセフィラは金の模様が入った白い手甲からブレイドを飛び出させた。
それは再びガキのフラッシュバックを呼び覚ましてしまったようだ。
「あああああああ!」
絶叫が木霊した。
そんな事お構いなしに銀髪のセフィラ二人が銀のブレイドを閃かす。
くそ!
「マルコシアス!」
一足で階段の下まで飛び降りた。
やはり銀髪の双子もねえさんの所にいたか。となると残り二人もこの辺りにいる可能性が高い。とにかく早くこの二人を倒さねばならない。
さっき見た限りでねえさんの命も危険だ。階段の上、ねえさんの足元でフラッシュバックに囚われてしまったガキも。
二人を守って上への道を閉ざすように剣を構えた。
「セフィラか 忙しい事だな アレイ」
「本当に時間がないんです。すぐにこの二人を片付けます!」
ねえさんが括られていた十字架の根元には赤い液体で満たされた球が備え付けられていた。
あれは、血の制約と呼ばれる拘束方法だ。
死なないように、しかし動けないように人質の血を流し続ける。あの十字架は人の血を集める道具だった。
だがねえさんが王都を離れてからすでに一週間近くが経過している。
「しっかりしろ、このくそガキ!」
ティファレト二人を相手にしながら階段上に叫ぶ。
同時にブレイドを撫でるように弾く。
「ねえさんをすぐに降ろせ! そのままでは命が……!」
そこまで叫んだところで余裕がなくなった。
さすが双子、コンビネーションは最強だ。
一人が攻撃に回り、死角には必ずもう一人が迫っている。
「どけ! あのレメゲトンだけは殺す!」
気の強い、そして耳がいいとネツァクが言った方は激しい感情を露にした。完璧に整った顔だからゆがめてもその美しさは損なわれない。
幾度も幾度も繰り返した疑問をもう一度繰り返す。
このセフィラは何故これほどまでにあのくそガキに執着するのか。
何故あのくそガキはあれほどまでにこのセフィラに会いたがるのか……!
「雑念を取り払え アレイ 一気に畳む」
「はい!」
マルコシアスの厳しい言葉に、頭の中の疑問を全て取り払った。
集中すると千里眼とは言わないが、ガキにはないこれまでの戦闘経験から相手の動きがある程度読める。
これは自分にとって大きな武器だった。
一人は左から来る。そうしたら死角に回ったもう一人が……
「キィン!」
完全に死角だと思って突っ込んできたセフィラのブレイドを力任せに叩き折ってやった。
驚いた顔のセフィラを、剣の柄で完全に床に沈める。
どさり、と倒れこんで銀髪が床にこぼれた。
「『光』! ……貴様っ!」
もう一人が感情に任せて突っ込んでくる。
怒りを持った攻撃ほど読みやすいものはない。
同じ顔をした二人を完全に戦闘不能に追い込んでやった。
その瞬間に頭上から手品師が降ってきた。しまった、こいつもいたのか!
すぐに間合いをきったが、様子がおかしい。どうやらすでに気絶しているようだ。
階段の上を見上げると、炎のようなオーラを纏ったガキの姿があった。
手品師ゲブラを一人で倒したのか。あの様子だとフラウロスの加護を受けているのだろう。
よく見ると手品師の喉元に焼け焦げた跡がついていた。
信じられない成長速度だ。つい先ほど加護を受け始めたばかりだというのに、扱いの難しいフラウロスの加護を受けてセフィラを、それもかなりの難敵に勝ってしまうとは!
大丈夫、ラックは私たちが思うよりずっと賢くて強い――ゼデキヤ王の言葉が耳に蘇る。
自分はもしかするととんでもない才能を育ててしまっているのではないか?
ガキの持つ潜在能力の計り知れなさに初めて気がついた。
いや、これまでもうすうす感づいてはいたのだが見ない振りをしていた。
「黄金獅子の末裔 少しずつ花開き始めている」
マルコシアスは唇の端で微笑んだ。この戦士は最初からあのガキを気にかけていた。もしかするとその内に秘められた炎に気づいていたのだろうか。
だが、育て親は気づいていたのか?
あのくそガキが、グリフィス家の末裔がとてつもない能力を秘めていることに・・・。
ガキは先ほど使い始めたばかりのはずの炎を操ってねえさんを拘束する紐を焼き切った。
そして地面に向かうねえさんの体を細腕で軽々と抱きとめた。
マルコシアスを魔界へ帰し、階段を上って隣に立つ。
腕の中のねえさんの顔を見て、本当に安心した顔がそこにあった。
「やっと戻ってきたな。すぐに戻ろう。おそらく血がかなり足りていないはずだ」
「血が?」
一度首を傾げたガキはすぐにはっとする。
「血の制約だ……死なない程度に、しかし動けない程度に血を流させる。それをずっと繰り返すことで人質を動けなくする一つの方法だ。この十字架はそのための器具だ。それも流した血を集められるようになっているらしい」
驚いたように目を見開いたガキの表情は今までと少し違っていた。
驚きの中に隠された微かな怒り。
それはこれまでのガキの感情の中に存在しなかったものだ。
天使崇拝の人々への迫害を聞いた時、微かに芽生えた新たな感情なのだろう。理不尽な力への怒りがガキの中で新しく誕生していた。
本当にみるみる成長していくものなんだな。
子供を見守る父親の気持ちを少し理解してしまってまたしても少しへこんだ。
と、その時階下から手品師の声が響いた。
「仕方ないからこれだけで我慢するよ」
何と片手で銀髪の双子を持ち上げ、さらに反対の手には先ほどまで十字架の根元にあったはずの球体を乗せていた――ねえさんの血で満たされた球体を、だ。
さすがに先ほどのダメージが大きいらしく苦しげな表情を浮かべていたが、口元だけはいつもの軽い微笑を浮かべていた。
「さっきの攻撃、かなり効いたよ……本当に先が楽しみだ。今度こそ戦場で会おう、黄金獅子の末裔のグレイシャー=L=グリフィス?」
初めて聞く名にガキがピクリと反応した。
「それ……おれの名前なのか?」
「そうじゃないかな。ここを使う前に屋敷をチェックしたら、ここは王都を追放されたグリフィス家の隠れ屋敷だったようなんだ」
「何?!」
やはりそうだったのか。
数十年前に王都を追われたグリフィス家はこの山奥でひっそりと息をつないでいたのだろう。
「ああ、資料はもうすべてセフィロト国に送ったから探してももう何もでないよ」
手品師ゲブラはくすくすと笑う。
「グレイシャー=L=グリフィス……資料に一人娘の名前として載っていたよ。年は今年で18になる娘というと君ぐらいしかいないだろう。君は黄金獅子の末裔なんだろう?」
ガキへの問いは答えられることなくその場の静寂に溶けた。
「本当に大変だよ。ティファレトが君に執着するわけだ」
その台詞に反応する。
ティファレトがこのガキに執着するわけが分かったというのか?!
「かく言う僕もそうだけどね、君の隣にいる彼もきっとそうなんじゃないかな?」
「どういうことだ?!」
自分もそうだ、と言われて思わず叫んだ。
「そのうちきっと分かるだろう。背負うものの大きさに。世界の広さと関係性に。そしてその時君はいったいどういう結論を下すんだろうね? とても楽しみだよ」
まるでアガレスのような言葉を紡いだ手品師は、闇に溶けるように姿を消した。
後には静寂だけが残された。
「グレイシャー=L=グリフィス……それがお前の本当の名前なのか?」
「分かんない。ぜんぜん覚えてないんだ」
「まあいい。それは後でも調べられることだ。とにかくねえさんを医者に連れて行かねば」
「分かった」
素直に返事をしたガキが視界から消えた。
おそらくこれまで気力で立っていたのだろう、フラウロスの加護が消え去った瞬間ガキは完全に気を失ってしまったようだ。




