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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.25 黄金獅子ノ末裔

 ラッセル山は王都ユダと東の都トロメオを結ぶ街道上にある。そのため周囲には田舎町しかないこの場所には不釣合いなくらいに整備されている。それでもこの山はかなりの急坂だ。斜面に沿うようにくねった道が続いている。普通に歩けば越えるのに半日はかかる道のりだった。

 マルコシアスの加護でかなり夜目が利くようになっていても薄暗い山道ははるか上のほうで闇に溶けていた。

 ガキは一度深呼吸をすると、視線を道の先へと向けた。

 が、その瞬間ガキの体が大きく傾いだ。

 重力に逆らわずがくりと膝をつく。

「しっかりしろ!」

 思わず叫ぶとガキは顔をしかめた。

 もともとの感覚の鋭さに加えて加護を受けたことで五感が異常に過敏になっている。普通の声も何倍にも増幅されて聞こえるんだろう。

 息を整えたガキがかすれるような声で答えた。

「うん、だいじょうぶ……ちょっと情報が多すぎて、びっくりしただけ」

 頭が痛むのか額に手を当て、ふらりと立ち上がった。

「加護を受ければ 凄まじい負荷が罹る 慣れるまで苦労するだろう」

 マルコシアスの言うとおりだ。

 自分もマルコシアスの加護を受けてうまく戦えるようになるまで幾許かの期間を有した。今日初めて加護を受けたガキに使いこなせと言うのは酷だろう。

「うん。でも、この力を使いこなせたら何もかも見えそうな気がするよ」

「黄金獅子もその力を有していた」

 マルコシアスの言う黄金獅子とはこのくそガキ先祖に当たるゲーティア=グリフィスのことだ。72人の悪魔を召還して契約しコインを作った稀代の天文学者だった。

 そのゲーティア=グリフィスが有した力というと、ひとつしか思い浮かばない。

 そんなバカな。あれは伝承の中だけのものだと思っていた。

「まさかそれは『千里眼』と呼ばれるものですか?」

「周囲の者はそう呼んでいた」

 マルコシアスの言葉に思わず目を丸くする。

 ガキの傍に寄り添うように羽ばたいている金目の鷹が滔々と語った。

「黄金の瞳は 大地を見 風を聞き 流れを感じ 全てを知った  黄金獅子を獅子たらしめた 能力だ」

「せんりがん?」

 ガキはきょとんとした顔で首を傾げた。

「……稀代の天文学者ゲーティア=グリフィスは優れた五感を有しており、遠く離れた地の出来事を見て、鼓動の音でヒトの感情を読み取り、さらには肌で風を感じ気配を呼んだという。そしてその能力は『千里眼』と呼ばれていた、と伝承に残っている。まさか同じ能力をお前が持っているとは……」

 信じられない。

 その能力自体の存在すらあやふやだったのに、目の前のこの鳥頭でどうしようもない阿呆のこのガキが同じ能力を持つ――そんなこと、ありえない。

 呆然と言葉を失っていると、マルコシアスは楽しそうに微笑んだ。

「黄金獅子の末裔とは よく言ったものだ」

「じゃあやっぱりこの力を使えればねえちゃんを探せるよね!」

 ガキの無邪気な顔がぱっとこちらを見上げてきた。

「……そうだ」

「じゃあ、もう一回がんばってみるよ」

 もう一度大きく深呼吸をし、グリフィス末裔の少女は闇の奥へと感覚を研ぎ澄ました。



 捜索の邪魔をしないようその場で息を殺し、気配を抑えた。マルコシアスも同じことを思ったのか魔界へと帰っていった。

 今度は集中している時間が長い。

 千里眼と言うものが一体どれほどの情報を集め、それがどれほどの負担になるのか、自分には想像できない。先ほどの有様だと相当な精神力を必要とするんだろう。

 手を貸してやれない事がもどかしかった。

 だが、これはガキにしか出来ないことだ。

 道を登りながら捜索するよりよっぽど効率よく、確実にねえさんを発見できる方法だった。


 ほんの数十秒後、ガキは崩れるように膝を折った。その瞬間アガレスの姿が闇に溶けるように消え去った。

 一瞬意識が飛んだようだ。

 荒い息を整えながら途切れ途切れに言葉を発した。

「見つけた……よ」

 ひどく苦しそうな様子に胸が痛んだ。

「立てるか?」

 声をかけると一瞬息を整える間があって、微かに答えた。

「……うん」

 近くにあった木にもたれかかるようにして立ち上がったがすぐにバランスを崩して倒れそうになる。

「それでは動けないだろう」

「だいじょうぶだよ。ねえちゃんのところに行かなくちゃ……」

 ゆらりと揺れながらもたれていた木から一歩踏み出したが、すぐによろけた。

 慌てて支えると、完全に体重を預けてきた。

 もう一人では立つこともままならないようだ。

「そんな状態では足手纏いだ。ここで待っていろ」

「やだ、行く。ねえちゃんに会いたいんだ……」

 本当にこいつの頭の中はねえさんのことばかりだ。

 こんな状況でもその事に傷つく自分は少しおかしいと思う。それでも胸にちくりと刺さったとげの痛みは本物だった。

 思わず小さくため息をついた。

 ふらふらになっても行くと言い張るガキの様子と、この急を要する事態でもダメージを受けてしまう自分に対してのため息だった。

 どうやら酷使しすぎて視力が低下しているらしく、ガキの目は焦点が合っていない。

 目の前の空間をぼんやりと見つめる瞳を見ていられなかった。

 仕方がない。

「連れて行ってやるからおとなしくしていろ」

 歩けないガキの体を背に乗せた。

 何が起きたかわからなかったのか、ガキが抵抗することはなかった。

「場所はどこだ?」

「小さい道。ここから見えるぎりぎりくらいの所、すぐに草で隠れてて見づらいんだけど左に抜ける細道があるよ。少し踏まれてるからすぐ分かると思う」

「わかった」

 ガキを背負ったまま坂を上り始めた。

 マルコシアスの加護がない今暗闇ではひどく分かりづらい。左方向に注意を向けながら急な坂道を駆け上がった。

 しばらく行くと、ひどく分かりにくいがほんの少し草木が折れているところがある。

 これだろうか?

 そう思ってみれば確かに分け入った形跡があるような気がしなくもないが・・・このあたりにあると分かっていて、目を皿のようにして探さなければ絶対に気づけないようなほんの小さな痕跡だ。

 これを100メートル以上離れた場所からこの闇の中見つけたというのは驚異的だ。

 千里眼を使いこなせればかなりの強みになる――おそらくそれまでには血のにじむような鍛錬が必要となるだろうが。

 腰の辺りまである草に分け入って道といえない道を進んでいった。


 しばらく草の中を進むと、突然のように歩きやすい道に変わった。

 轍の跡ようなものもあり、以前はかなり頻繁に使われていた形跡が残っていた。とはいえ、荒れ放題のその道から年単位で使われていなかったことを予想するのは容易だった。

「かなり人が通った跡があるな。頻繁に使われていたらしいが……ここ数年は使われていないようだ」

「そうなの?」

「ああ。この先に何かあるのか……それこそレグナの住処にあったような天使崇拝の村や教会が残っているかもしれない」

 背でガキが息を呑んだのが分かった。

 天使崇拝の人々が迫害されていたと言う事実はこいつに過度の衝撃を与えたらしい。

 人の痛みに敏感なガキのことだ、自分が傷つけられたように痛みを感じてしまうんだろう――そんな事をしていては自分自身が持たないだろうに。

 と、唐突にガキの腕が顔の横から伸びてきた。

 そのまま首に手を回してぴったりと身を寄せた。

 柔らかいものが背に当たってさすがに焦る。

「……あまりくっつくな、暑苦しい」

「でも」

「離れろ。置いていくぞ」

「むぅ……」

 しぶしぶといった様子でガキは手をほどいて体を離した。

 散々恩恵にあずかっておきながら今更だが、この無防備ぶりはそろそろ本気で窘めたほうがいいだろう。

 頭の中身はまだまだ子供かもしれないが、容姿は年齢的に全く問題ない――もちろん、体の方も。

 このままではその気もないのに男を誘ってしまう天然娼婦が完成してしまう。それも見た目だけなら極上の美女だ。ねえさんではないが、引っ掛けることなど簡単だろう。

 容易に想像できてしまって、またも大きなため息をついた。

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