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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.21 夢

 メインストリートまでがとても遠く感じた。必死で走っているのにまだ到着しない。

 あの角を曲がったところだ。

 と、メインストリートに出た瞬間、焼け付くような熱風が全身を襲ってきた。

「くそ……フラウロスか……!」

 ガキが地獄の業火を操る第64番目の悪魔を召還したようだ。

 少し離れたところに、天使を召還した人形少女とそれに対峙するガキの姿、そして手品師マジシャンのような風貌のセフィラが立っていた。その隣には熱波の原因である灼熱の毛並みの獣がいる。

 めくれ上がった石畳とあちこち焦げ付いたあとはすでに戦いが始まっていることを示していた。

 その時、手品師マジシャンの視線が自分の方に向けられた。

「お嬢、この場を僕に譲る気はないかな?」

「あるわけないでしょう!」

 人形少女が甲高い声を響かせる。蒼い瞳が鋭く手品師マジシャンを貫いた。

「だから、クロウリー伯爵の相手をお願いすると言っているんですよ、僕は」

 自分は、やっとガキの隣にたどり着いた。

 息を整えながらセフィラ二人を睨みつける。

 人形少女の背後には勝利を司る天使ハニエルが控えていた。肩までの蒼い髪も繊細な硝子の瞳も伝承どおりだった。細い弓を手にしているが、おそらくあれは殺傷能力がほとんどないはずだ。ただ、天使の持つものだから特殊能力を持つのだろう。

 用心せねば。

「それでいいかな、お嬢? 本当は僕だってクロウリー伯爵の相手がしたいのだけれど我慢するんだ。それであいこだよ」

 手品師マジシャンはにこりと微笑んだ。

 呼吸を落ち着けて声を押し殺す。

「次に会うのは戦場ではなかったのか?」

 皮肉も込めたつもりだったが、人形少女は甲高い声で叫び返してきた。

「こっちの都合もいろいろあるのよ! 王が欲を出すから! レメゲトン一人じゃ満足しないんだもの、王都を離れてる機会に二人くらい捕まえるしかないでしょう?!」

 要するにねえさんを捕らえたことで味を占めたネブカドネツァル王がさらに多くのレメゲトンを攫って来い、などど無茶な命令を出したものだ。幸い王都を離れたレメゲトンが二人いるから?

 舐められたものだ。

「……痛い目にあう前にファウスト女伯爵の身柄を引き渡す気はないのか?」

「ほんと、何を言ってるの? かわいいラックと同じようなこと言わないで頂戴!」

「っ!」

 しまった、この安直な台詞はすでにガキが言っていたか・・・。

 敵の眼前だと言うことも忘れて盛大にため息をつく。

「くそ、ガキと同じ事を言ってしまうとは……俺も落ちたものだ」

「何だよ! シツレイだよ、アレイさん!」

「うるさい、くそガキ。街の景観をめちゃめちゃにしやがって」

「うっ……」

 ガキが押し黙る。どうやら街を壊している自覚はあったようだ。

 まあいい。

「怪我はないか?」

「あ、うん。おれは平気。街のヒトも、みんな逃げたよ」

 よかった。無事だったか。

 人々にも被害は出ていないらしい。ガキにしては上出来だ。

「それは心外だよ、レメゲトン。僕は関係のない人たちを傷つける気などさらさらない」

「さっきカンナを攻撃したじゃないか!」

「それは必要だからさ。それ以外僕らは人を傷つけたりしないよ。あの銀髪の双子とは違う」

 手品師マジシャンの言葉にガキの表情が変わった。

「銀髪のヒトも来てるの?」

 その声の裏に会いたいという感情が見え隠れしていた。

 ガキが迷っているのが手に取るように分かる。未だ覚めぬティファレトへの思いを持て余しているのが感じ取れる。

 なぜこいつはこれほどティファレトに執着するのか。

 相手はこいつを殺そうとしているというのに!

「よかったね、ティファレト。女の子のほうも君にご執心のようだよ。いいねえ、相思相愛で」

「もう、ラックはあたしのものよ!」

「そんなことを言っていると本当に双子が怒り出すよ? とにかくここは僕に譲ってね、お嬢」

「……仕方ないわね」

 相手はすでに狙いを定めたようだ。

 できれば手練であるらしい手品師マジシャンの方を相手したかったが、どうもそううまくいかせてはくれないらしい。フラウロスもいる今ガキが簡単にやられることはないだろう。

 日暮れも近い。それまで持ちこたえればいい。

 今は迷っている場合ではない。

「とにかく相手を倒せ。敵を目の前にした時に気を抜くな。俺はすぐにこっちを片付ける。それまで持ちこたえろ」

「……うん、わかった。」

 素直に頷いたガキは真直ぐに手品師マジシャンの方を向いた。

 自分も目の前の人形少女に目を移した。


「もう、ラックのほうがよかったのに!」

 頬を膨らます人形少女はとてもこの戦いの場に合っているとは言いがたい。ただ、背後に控えるハニエルが硝子のように繊細な翼を広げているのが恐ろしかった。

「あたしのことバカにしてるでしょ? 見た目で判断してもらっちゃ困るわ」

 していない、と言えば嘘になる。

 この人形のような服も手にしたピンクのステッキも――なぜかひどく焦げ付いていたが――それこそ人をバカにしているとしか思えないし、何より天使を召還しているにもかかわらずほとんど恐れを感じなかった。

 あの銀髪のセフィラの方がよっぽど闘気が感じられたし勝てる気もしなかった。

 ガキの相手をしている手品師マジシャンの方が得体の知れない恐怖があった。

「ああ、そうだわ。最初に名乗らなくちゃね。あたし、ネツァクよ。よろしく、クロウリー伯爵」

「……ネツァクは役職名だろう。ハニエルを召還するセフィラをネツァクと呼ぶはずだ」

 当たり前のことを言ったつもりだったが、その少女は目を丸くした。

「何を言うの。あたしたちはセフィラになった瞬間にそれまでの名を失うのよ。知らないのね」

「名を失う……?」

「名前だけじゃないわ。以前自分がどんな人間で、どこでどうやって暮らしていたのかも忘れちゃったわ。それがセフィラになるということなのよ? ああ、きっとレメゲトンは違うのね。可愛そう」

 人形少女――ネツァクはくすくすと笑った。

「人格なんて邪魔なだけなのに。メタトロン様に消していただいたら?」

 声を失った。

「ふふふ、セフィロトではね、セフィラが引退するとその穴を埋める子供を国中から募るの。その中から選ばれた子はそれまでの記憶を消されてセフィラとして生まれ変わるのよ」

 ネツァクはくるくるとピンクのステッキを回した。

「素敵でしょ?」

 初めてこのセフィラが怖いと思った。

 狂っている。

 何もかも忘れると言うことは自分が自分でなくなるということだ。ではいま自分の目の前にいる少女は一体何なのだ……?

「あなたは夢、持ってた? レメゲトンになる前に」

 唐突なその言葉にぐさりと胸を抉られた。

 ホントウハ

「昔のあたしにもあったのかしらね。お嫁さんになりたい、とか? ふふ、ガラじゃないかしら」

 キシニ

「そんなもの忘れちゃったけどね」

 ナリタカッ……

「束縛されるだけよ。セフィラになる時全て捨ててよかったわ。覚えてたらこんな風に何も考えず王の言葉を遂行しようなんて思わなかったかもしれないわ。迷いがないって素敵よ? 楽しくて仕方がないわ!」

 けたたましく笑うネツァクを呆然と見つめた。

 夢は束縛、願いは妨害、祈りは足枷・・・思った事がないわけではない。騎士でありたいと思わなければ、もっと迷いなくコインを取れただろうか。もっと早くレメゲトンと言う職業に誇りを持てただろうか。

 この膿んだように痛む傷を負わずに済んだかもしれないし、3年前のあらゆる葛藤がなかったかもしれない。

 ずっとレメゲトンとしてロストコインを探す旅をしながらも迷っていた3年間は遠回りもしたかもしれないし、何かを見落としたこともチャンスを見逃した事だってあるかもしれない。

「くだらんな」

 それでも迷い足掻いた3年間は無駄ではない。

 どんな小さなことも自分の中で確実に積み重なって今があるのだ。

 そう思えるのは……きっとあのガキに出会えたからだろう。

 以前の自分だったら、過去のしがらみ全てを捨て去ることを望んだかもしれない。何の滞りもなくレメゲトンになれたらどんなにかよかっただろう、と。

「何がくだらないのよ!」

 本当に過去を持たないグリフィス家の末裔は、過去を持たないことで苦しんでいる。たびたび過去の光景がフラッシュバックして悪夢に苛まれているのも知っていた。

 それでも未来に夢と希望をかける少女を知っていた。

「記憶を消し、過去を捨てて快楽に生きる貴様に負ける気はない」

 背負うものが違う。

 ウォルと優しく呼んでくれた声の主が、騎士団で多くのものを与えてくれた先輩たちが、心配してくれた姉上と義兄上が、師として指導してくれたマルコシアスが、そして誰より隣で華奢な肢体を奮い立たせて敵国のセフィラに立ち向かっている少女が……後押ししてくれる。

「まあ、失礼ね!」

 ガキと同じ台詞を吐くんじゃない。反吐が出る。

「後悔なさい、レメゲトン!」

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