SECT.3 発見セシ者ハ
深夜の街を隅々まで捜しまわったが、どこにも見当たらない。
おそらく街の中にはもういないだろう。そう踏んで隣町へ向かう林道を駆けた。
頭上ではすでに太陽は顔を見せ始めていた。
もう朝がくる。セフィラが天使を召喚できる時がやってくる。
深い森の中の道を駆け抜けつつ、周囲に目を凝らした。
いくら上官に頼まれたとはいえ、これほど必死になって少女を探している自分は少しおかしいと思う。普段なら絶対にこんなことはないと言い切れる。
しかし、全身の血が呼んでいる。あの存在を待っていた、と――足を止めず、ひたすら少女の姿を探している自分がいた。
そして、それは偶然だった。
木々の隙間に見覚えのある銀髪を捕らえたのは。
よろよろと歩いているところを見ると昨日の傷はやはり深かったらしい。ただ、もう一人同じ顔がいるようだからそれだけ用心せねば。
息を潜めて近づいていくと、林の向こうに何かが見えてきた。
白い壁、屋根の上の十字架――あれは教会だ。
もう使われていないのか、遠目にもずいぶん寂れた印象だった。
「そうか。あれが拠点か」
少女を探していて思わぬ見つけものをした。
そう思ってゆっくりと境界に近づいていく。
と、思った瞬間銀髪の男は駆け出した。
気づかれたか?!
が、どうやら違うようだ。
「『光』!」
誰かに呼びかけている。どうやらもう一人もいるらしい。
一気に距離をつめた。
「『光』、レメゲトンを!」
「わかってる」
その言葉に愕然とした。
今確かにレメゲトンと言った。
レメゲトンというのは自分や上官のように国に使える天文学者に与えられる称号だ。コインを使って悪魔を使役する者たち。
あの子が私たちの探しているものを持っている、と上官が言った。
いろいろな思考が一瞬で積み重なって一つの答えを導き出した。
あの少女がそこにいる。
「マルコシアス!」
判断した後は一瞬だった。
戦いの悪魔マルコシアスを呼び出して一気に銀髪の二人に切りかかった。
銀髪の二人はやはり相当なダメージを受けていたらしく、すぐに退いていった。
追うか迷ったが今は少女のほうを優先したかった。
「これがねえさんの言っていた『ラック』か……」
草を踏んでゆっくりと近づいた。左手と服が真っ赤に染まっている。
「怪我をしているのか?」
完全に気を失っているようだ。
傷を確かめるために膝をついて近づいた。
昨日の朝見たときは着けていたはずの水色バンダナは取り去られていて、艶やかな黒髪が緑の地面に広がっていた。
その黒髪に縁取られた顔に釘付けになった。
長い睫が影を落としている。象牙色の肌は吸い込まれるように滑らかで、バランスの取れた桃色の唇は微かに開いている。血に染まる首筋は華奢で今にも壊れてしまいそうだ。
血まみれの服と左腕が壊れた人形のような危うさを与えていた。まるで少しでも衝撃を与えると割れてしまう繊細なガラス細工のようだ。
しばらくその少女に見とれていた。
硬くまぶたを閉じたその顔と、今もはっきり脳裏に焼きついている子供のような笑顔が交互に浮かんだ。
欲望に耐え切れずに象牙色の頬にそっと触れた。
少女は身じろぎもしなかった。
滑らかで冷たい感触に、心臓の拍動が一気に跳ね上がった。
「……ぁぁ……」
そして、唐突に理解した。心ではなく、全身を流れる血が叫んでいた。
自分は、この少女を求めていた。
必死で探したのも、これほど触れたいと思うのも、血にぬれた頬さえ愛おしいのも、きっとそのせいだ。
全く自分が信じられなかった。
話したこともない、まだ2度見ただけの少女にこんな感情を抱くとは。
しかしその感情を詳しく吟味する前にやることがあった。
とにかくこの少女を連れ帰って手当てをしなくてはいけない。左腕は相当な深手だ。下手をすると手が生涯動かなくなってしまうほどの深い傷を追っている。首の後ろにも十字架に裂傷が刻んであった。
「セフィラの印か……」
これはセフィラ――敵国セフィロトの天文学者がターゲットに刻む印だ。この少女はすでにセフィラの的となったことを意味している。
それはとても危険なことだった。
布を裂いて簡単に止血し、少女を抱え上げて街へと歩を進めた。
腕の中にある少女はあまりに軽くて、このまま浮かんで彼方へ消えてしまうのではないかと不安になるほどだった。
どうしてこんなにも強烈にこの少女に惹かれているんだろう。
ひどく憂鬱で、しかし心のどこかに明かりが灯ったように暖かかった。




