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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.11 希望ノ契約

 すでにガキとじじぃは神殿にいるはずだ――フラウロスとの契約のために。

 そこへ向かおうと早足で城内を通り抜けた。きた時とは同じ道筋だ、衛兵は簡単に道をあけて自分を通した。

 城の玄関目前まで来たとき、この世で最も聞きたくない部類に入る声が鼓膜を揺らした。

「これはクロウリー伯爵。お急ぎですかな?」

「……ライアット公爵」

 クロウリー家と同じ公爵の位を持つライアット家はこれまでの歴史上一度もレメゲトンを排出していなかった。その代わりに政治では多大な権力を有しているのだが、レメゲトンを敵視している事を隠そうとしていなかった。

 グリモワール国のために尽くしてきたライアット家の当主だ、厳格で規律と家柄を重んじるのは理解できるが、レメゲトンである自分への風当たりは強い。

 また彼は王がレメゲトンに頼りすぎることをよく思わない貴族の筆頭でもあった。

「昨日の騒ぎの原因はセフィラだという。我々のように何の力も持たない者にはどうすることも出来ぬ。しっかりしてもらわねばならんな」

「はい、申し訳ございません」

 ねえさんの機転で被害は最小限に食い止められたと言うのに何と言う言い草だろうか。

 多少の苛立ちはあったが、今はこんなことをしている場合ではない。

「申し訳ありませんが、急いでおります。失礼致します」

 軽く頭を下げて立ち去ろうとすると、後ろから声が追いかけてきた。

「あのまま騎士でいればよかったものを、わざわざレメゲトンの歴史を引き伸ばすようなことをするなど信じられんな」

「!」

 一瞬足を止めそうになったがそのままその場を立ち去った。


 騎士の道を諦めた。それは今でも生んだ傷のように自分の中で疼いている。

 ライアット卿など、レメゲトンにいい感情を持っていない貴族たちはレメゲトンの自然消滅を期待している。

 確かにくそじじぃなど老い先短いし、あとはねえさんが結婚するか何かで引退すれば残るのはレメゲトンに執着のないメイザース卿とそれほどの実権を持たないアリギエリ女爵のみのはずだった。

 そこへ有力な貴族であるクロウリー家の嫡男、つまり自分がレメゲトンに就任した。

 これでレメゲトンは細い息を繋ぎ、貴族たちの思惑は外れたと言うわけだ。

 王の直下にありかなりの権力を持つレメゲトンを敵視するだけ敵視しておいて、いざセフィラなどを相手にした特殊な戦闘となるとレメゲトンに任せきり。

 自分はそれを当たり前のことだと思っているが、ゼデキヤ王はその状況をなんとか打開せんと尽力しているらしかった。

 それがまた敵視する貴族を煽ることになるのだから結局はシーソーゲームだ。

 鬱々とした気分を抱えたまま、神殿の地下に足を踏み入れた。



 くそじじぃは本を開いてフラウロスとハルファスの魔方陣を描いていた。既に王から事情を聞かされているようだ。

 ふと壁際のガキに視線を移すと、壁にもたれかかって座り込んだところだった。

 無理もない。あいつの世界を形作っているねえさんが消え、行き先も分からないところにコインの悪魔との契約だ。

 いくら能天気なガキとはいえ、不安にならないはずもないだろう。

 膝に顔を埋めるガキにそっと近寄ってみたが、どうやら気づいていないようだ。膝をついて目線を合わせたがまだ気づかない。

「何泣きそうな顔してるんだ」

 声をかけるとはっとしたように顔を上げた。

 少し潤んだ目にどきりとした。

「行くぞ」

「え?」

 大きく潤んだ目を見開いたガキは今にも大声で泣き出しそうな顔をしていた。

 確認するようにはっきりと聞いた。

「契約。するんだろ? ねえさんを探しに行くんだろう?」

「うん」

「じゃあ立て」

「うん」

 ガキは腕で涙をぬぐって立ち上がった。

 仕方ない奴だ。

「魔方陣はまだか、くそじじぃ」

「急がせるでない。もう少し待っておれ」

「やはりもう年だな」

 思わず舌打ちしてしまった。

 ガキに目を戻すと、不思議そうな目で自分を見上げていた。

 涙は完全に乾いたようだ。

「何でここに来たの?」

「俺も契約するからだ」

「え?!」

 ぽかりと口を開けた表情を見ると、額をはたいてやりたくなる。

「マルコシアスだけではセフィラに対抗できない。もう一つ、別のコインと契約する。もともと決めていたことだ。こういう事態にならなくても今日には契約を執行するつもりだった」

 漆黒の瞳を大きく開いて、またも泣きそうな顔になった。

 が、すぐにいつもの嬉しそうな笑顔に戻った。

「がんばるよ。絶対フラウロスさんと契約して帰ってくる」

「絶対だ」

 その笑顔が眩しくて思わず目を逸らしてしまった。

 ガキがいつもの調子に戻ってしまった。そしていつもの『なぜ』『どうして』攻撃が始まるのは時間の問題だった。

「どんなコインなの?」

 それは予想していた質問だ。

「第38番目の悪魔ハルファス。マルコシアスと同じ戦をつかさどる悪魔だが、堕天ではない。戦闘を好み常に自分より強い者を求めている。調伏させるには完全に打ち負かす以外ない」

 そう答えると、ガキは急にまた泣きそうな顔になった。いったいどうしたんだ?

 ガキはおそるおそる口を開いた。

「……戦うって事?」

「そうだ」

「怪我、しないでね。元気で帰ってきてね。おれもちゃんと帰ってくるよ。だから、アレイさんも約束して」

 本当に心配そうに言ったガキはどこか不安げで、しかし強い意思を灯した瞳で見上げてきた。

 初めて見るその色に戸惑い、目が離せなくなった。

 動けないでいると、ガキは何かを催促するように両手を伸ばしてきた。

「どうした?」

「屈んでよ、届かないよ」

 何故屈まねばならないのか。

 よく分からなかったが欲されるままに腰を折った。漆黒の瞳が少し近づく。

 次に何が起きたのか一瞬分からなかった、

 目の前に華奢な肩があって、頭の後ろに優しい手のひらの感触があった。頬に柔らかいものが触れてやっと気づいた。

「!」

 少女の腕に包まれていた。

「死なないで。帰ってきて」

 心からの祈りを込めたその言葉に、声を失った。

 折れそうに細い腕が自分を包み込んでいるのがとても不思議だった。

 それでも触れたところから優しい感情が伝わってきた。不安で仕方ない、でも行くのは止められない。だから無事に帰ってきて欲しいと全身全霊で願い、それを示すのだ。

 強い思いを込めた抱擁に、自分も背に手を回して抱き返した。

 少女の心が嬉しかった。

「全く、何を言ってるんだ」

 抱きしめればそのまま簡単に持ち上がってしまうような華奢な肢体でこれから悪魔との契約に臨もうというのに、そんな時でも人の心配をしてしまう。それがこの少女のいいところでもあり弱点でもある。

 しかし今はその優しい心が愛おしかった。

 その温かい心をひとしきり抱きしめてから、床にトンと降ろしてやった。

 漆黒の瞳は真直ぐに自分を射抜いていた。

「大丈夫に決まっているだろう。お前は何も心配しなくていい」

 きっとこの契約は成功する。いや、成功させると誓う。

「自分が契約することだけを考えろ。そして、ねえさんを探すことだけを考えるんだ」

 その瞳を真直ぐに見つめ返してはっきりと宣言した。

 すると少女は満足したように微笑んでこくりと頷いた。

「わかった」

 その時、くそじじぃの声がした。

「できたぞ、若造」

 タイミングがよすぎる、まさか終わっていたのにこちらを観察していたんじゃないだろうな?

 くそじじぃを睨むと、微かに微笑んでいた気がした。

 くそ、やはりそうか!

「さあ、行くぞ」

「うん!」

 二人同時に足を踏み出した。

 魔法陣のサークルの中に入ってコインを握り締める。

 大丈夫、無事に契約してすぐに帰ってくる。そしてねえさんを探しに行こう。

 隣を見ると少女が微笑み返していた。

「フラウロス!」

「ハルファス!」

 同時に悪魔の名を叫んだその瞬間、懐かしいような感覚が体によみがえった。

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