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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.11 ゲーティア=ゼデキヤ=グリモワール

「ゼデキヤ王。いったいどういう考えなのかお聞かせ願いたい」

「これは賭けだよ、クロウリー伯爵」

 ゼデキヤ王は帝王の光を灯した真剣なまなざしで告げた。

「セフィラがジュデッカ城に侵入した。これは一歩間違えば戦争の引き金にもなり得る深刻な事態だ。現在セフィロト国のネブカドネツァル王に伝令を送ったところだが、返答は如何なものか……全く見当がつかない。それほどに今回の侵入の意味が分からないのだ」

「はい、セフィロト国にとっては他国から不宣告侵略と取られて警戒されることはあっても、利益は全くありません」

「一つだけ考えられるとすれば……原因はラックだ」

「?」

 何故あのガキが?と眉を寄せると、ゼデキヤ王は声を潜めるようにして言った。

「セフィロト第6番目ティファレトの単独行動ではないかと踏んでいる。というよりもそれ以外の理由が思いつかないのだ」

「あのセフィラが単独でガキの命を狙いに来た、とそうおっしゃるのですか?」

 ティファレトがそれほどまであのガキに執着しているというのだろうか。

「それ以外に納得のいく理由が思いつかんのだ。とは言ってもこの予測自体納得のいかぬものだ……もしやすると、侵入それ自体はまったくの偶然かもしれない。だがそれを理由にセフィロト国が侵攻をはじめないとも言い切れない」

 ゼデキヤ王は小さくため息をついた。

「いずれにせよ今回の事件は分からないことが多い。慎重な行動が求められる。そこで、だ」

 ゼデキヤ王は小さな箱を取り出した。

 濃赤の箱はこぶし大で、後ろは蝶番になっていて指輪を入れるケースのようにぱかりと口が開くタイプだった。

 だが、まさか指輪ということはあるまい。

「そなたならもう考え付いていただろう?」

 首をかしげて箱を受け取り、一瞬躊躇ってから開けた。

 中に納まっていたのは――鈍い光を放つ金色のコインだった。これには嫌というほど見覚えがある。自分はすでに左手首に二つこれと同じものを括っている。

「第38番目の悪魔ハルファスのコインだ。クロウリー伯爵なら使いこなせるだろう」

 こんな事件がなかったら自分が朝一番、王に求めようと思っていた新たなコインだ。

 驚いてゼデキヤ王を見ると、王はいつものようににこりと微笑んだ。

「この先、戦が起こるにせよ起こらないにせよセフィラとの戦闘はおそらく天使と悪魔を召還した戦いになる。そこに生身で干渉するのはほぼ不可能だ。堕天でない悪魔と契約しておく必要もあるだろう」

「……ありがとうございます」

 もしかすると、ゼデキヤ王には人の心を読む才能があるのではないか、とたまに思うことがある。

 自分が考える程度のことなどいつだって全て見通されているのだから。

「できるだけ早く戻り、ラックと共にファウスト女伯爵の捜索に出てくれ。彼女はこの国の防御と秩序の一端を担う大切な存在だ。戦力は一つでも惜しい。特にレメゲトンの力はそのものだけでなく兵士の士気にもかかわる大きな力だ」

 ゼデキヤ王はそこでいったん言葉を切った。

「ラックも、すぐにその一端を担うことになるだろう。彼女にはクロウリー伯爵、そなたと同じく戦線での活躍を期待している」

 それは予想していたことだ。

 情報戦担当のくそじじぃ、後方支援のアリギエリ女爵、内部かく乱のメイザース侯爵、そしてねえさんは長としてマルチなポジションにいて、自分は戦線で実際の戦闘に参加する。

 ガキのコインはグラシャ・ラボラスを抜いたとしても地震を起こすアガレスと炎を操るフラウロスだ。どちらも攻撃に特化したコインといえよう。それは戦を見越したこともあってのゼデキヤ王の考えなのだろう、完全に実戦に参加する者が持つコインそのものだった。

「そこで、今回クロウリー伯爵には彼女の指導をお願いしたい」

「指導……ですか?」

「彼女は未だ知らないことが多すぎる。だが、申し訳ないがのんびりしている暇はないのだ。扱うコインを増やし、戦闘を学び、情報を頭に叩き込み、あらゆる手法を悠長に教えている場合ではない」

 確かにそうだ。

 あのガキは絶対的な経験が足りなさ過ぎる。そして、知っていることも少なすぎる。

 それはこの世界を生きていくうえで致命的だ。しかも状況は切羽詰っている。下手をすると戦争という時代の節目に立ち会うことになるかもしれないのだ。

「今回の契約と捜索は一種の荒療治だ。少しでも早くレメゲトンの仕事に慣れてもらわねばならない」

「分かりました。」

 できる限りのことを伝えよう。あのガキがこの世界で生き残っていくために必要なことは、自分が学んできたことは全て伝えてやろう。

 何より、自分が傍にいればいい。決して傍を離れずに独り立ちできるまで見守ってやればいい。

 そう、ねえさんがそうしてきたように。

「大丈夫、ラックは私たちが思うよりずっと賢くて強い。今回も、新たに契約を結ばないのならばクロウリー伯爵の言うとおり王都残留も考慮に入れていたのだが……その心配は必要なかったようだ。私は一つ目の賭けに勝ったようだ」

 にこり、と笑うゼデキヤ王。

「!」

 まさか、試したというのだろうか。

 ガキがあの状況で、感情的になっているあの喪失感の渦の中できちんと『新たに悪魔と契約を結ぶ』という正解にたどり着けるのかどうかを……

 この人は本当に人を見る目も才能を伸ばすやり方も多彩で、正確だ。

 それはゲーティア=ゼデキヤ=グリモワールが王たる所以であり、自分が3年前に忠誠を誓った理由でもあったのだが、今回改めてその能力を垣間見ることになった。

「二つ目の賭けもそなたがついていれば大丈夫だと信じているよ、クロウリー伯爵。私はラックだけでなくそなたにも期待しているのだからね」

「ありがとうございます」

 義兄に心配を掛けていたと気づいた時と似た感情が胸に沸き起こった。この人の期待に応えたい。信頼に足る働きをしたい。

 そう心の中で誓った。


 そんなやり取りからガキを連れて行くことを納得した上で、前提となる話に戻した。

「ですがゼデキヤ王、捜索と言いますがファウスト女伯爵が自力で戻るという選択肢はないのですか?」

「それはおそらくない。昨夜からヴァイヤー老師の占星術によっていくらか結果が出ている。それによると分かったことはファウスト女伯爵に『呪縛』の相が出ていることと『東』の方向だということだ。東はセフィロト国がある。また、3年間潜伏したカトランジェの街もある。おそらく居場所はそのどちらかに限定できると思うのだ」

「なるほど」

「セフィロトとの国境付近にはアリギエリ女爵を派遣した。そなたとラックは新たな契約が済み次第カトランジェの街に向かってほしい」

「しかし、契約に何日かかるのかは分からないのでは……」

 そう、悪魔との契約は実力と運によってかなり変動する。

「大丈夫、そなたもラックも信じているよ」

 ゼデキヤ王はにこやかに笑った。

 そう言われてしまってはもう言い返すこともできない。

「……分かりました」

「すまない。レメゲトンは貴族議会が上に立つ騎士団や医師団と違って王である私直属の天文学者だ。そのためにファウスト伯爵の身に何かあったからといってその他の組織を動かすことは困難なのだよ。昨晩の出来事からファウスト女伯爵の捜索命令まで一晩かかったのもそこに理由がある」

 レメゲトンは唯一王直属の持ち駒と言える。

 だが、悪魔が使えるだけでなく上に立つ者が王一人となればいつか国にとって脅威となり得るだろう。だからレメゲトンは個人で騎士団に所属し、形だけでも議会の下につくことになっている――実質王の命令を直接受けていても。

 レメゲトンの国における立場はとても不安定なものなのだ。

「できることなら、セフィラとの問題はレメゲトンだけで始末してほしい。個人への負担が非常に大きいことは承知している。それでも」

 ゼデキヤ王は苦しい表情をした。

「頼む。生身の騎士をセフィラとの戦闘に借り出すわけにはいかんのだ」

 ゼデキヤ王は情に厚い王だ。が、その事実はあまり広く知られていない。

 その感情を隠して国のためにいくつもの決断を下してきたからだ。心の痛みは計り知れないものがあるだろう。

 ただ、自らが勅命を下すレメゲトンにだけはごく稀に感情を示すことがあった。

 王がレメゲトンにだけほんの少し頼り、その弱みを幾らか見せることに嫌悪感を抱く貴族たちももちろん多くいる。特にレメゲトンを排出していない上級貴族の家系はほとんどそうだ。

「王が頼みごとなど、やめてください」

 この人は、強くあらねばならない。絶対的に君臨していなければならない。

 そうでなければ国は崩壊する。

「はっきりと命令を下してください。それに必ず応えてみせます」

 真直ぐに王を見つめると、王は楽しそうに微笑んだ。

「そなたのその真直ぐな瞳が好きだよ、クロウリー伯爵。はっきりとものを言う所もね。王だろうと貴族だろうと年長者だろうと……それは無礼と取られるかもしれないが、心根が真直ぐなことがよく伝わる。こちらも正面から対峙しようと思える。相手が心のうちを見せないのにこちらが心のうちを見せるわけがないだろう?」

 ゼデキヤ王は腹黒い貴族たちを少し皮肉った。

「何か分からないことがあったらヴァイヤー老師に尋ねてほしい。私はおそらくこれから忙しくなるだろうから」

「御意」

 暗にセフィロト国との交友関係が最悪であることを示唆して、王は謁見を終えた。

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