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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.6 優シキ命令

 暖かな陽気が心地よいテラスで、騎士団長と二人お茶をいただく……一般的な女性なら飛び上がって喜ぶようなシチュエーションだろうが、あいにく今回ばかりは気が重かった。

「かわいらしい子だな」

 にこにこと微笑む騎士団長の笑みが恐ろしい。

「アレイがいなかったらもう3回くらいは死んでいたらしいぞ? ちゃんとあの子を守っているようじゃないか」

「それは……気のせいです」

 今まで一度だってあのガキを守れたことはない。

 1度目はひどい怪我をしているところを森の中の教会で発見し、2度目はしくじって命の危険にさらしたがすんでのところでマルコシアスに救われた。そして、3度目は……

「いつも守れないんです。この間だって目の前で悪魔に左手を食われているのに俺は何もできませんでした。セフィラを撃退したのはあのガキ自身の力です」

「本当にそうかな。私にはアレイがちゃんとあの子を守っているように見えるよ」

 義兄上はそう言って微笑んだ。

「……それよりも、お願いがあります」

「何かな?」

「あのガキに剣術と馬術の稽古を付けてやって欲しいのです」

「それはかまわないが、それこそアレイがやるべきなのでは?」

「俺は」

 一瞬躊躇ったが、黙っていてもこの人の耳にはきっとすぐ入るだろうと思い切って口にした。

「新たに悪魔と契約を結ぼうと思っています。おそらく何日もあけるので、その間お願いしたいのです」

「契約を……それは、うちの妻やあの少女は知っていることなのかな?」

「いえ、知りません。口にするのは今が初めてです」

「そうか」

 若干25歳で騎士団長の座に着いたクラウド=フォーチュン侯爵は困ったような微笑を見せた。

「心配をかけたくないんだね」

「……すみません」

「いや、謝らなくていい。あの子なら大歓迎だ」

「あのガキの運動能力は飛びぬけています。今朝も数時間稽古しただけでかなりのものを習得しました。特に動体視力は常人から逸脱しています。教え方次第によってはかなりの実力を持つことになるでしょう」

「責任重大だな」

「いえ、あいつが目指すのは剣士ではありません。自分の身を守れる程度に強ければそれでいいんです」

 そうだ。確かに鍛えれば最強に近い女剣士が誕生するだろうが、別に最強を目指す必要はないのだ。

「君が守るから?」

 義兄の言葉に反応できなかった。

 楽しそうな義兄はやれやれといった感じで笑った。

「仕方ないな。そういうことにしておいてあげよう」

「義兄上っ……!」

「いやあ、いい事だと思うよ」

 にこにこと笑う義兄は面白いおもちゃを見つけたといわんばかりの表情だ。

「いつだったか話したことがあるだろう?強い騎士に必要なものは3つある。1つは鍛錬。これがないと何もはじまらない。2つ目は知力。いくら力があったとしても、それを使う思考能力がなくては宝の持ち腐れだ」

「義兄上、いったい何が言いたいのですか?」

「3つ目はね、心の強さだよ。どれだけ強く願うかというその意志の力にかかっている。その願いは上辺だけ、理屈だけで納得するものではなく心から欲するものでなくてはならない」

「……」

「アレイ、君はずっと自分を偽ってきただろう。騎士という道を捨てたとき君は理屈で納得した。国のためだと自分を押さえつけてレメゲトンになった。悪魔と契約をしたのも心から望んだことではないはずだ」

 知っている。そんなこと自分が一番よく知っている。

 子供の頃から夢見ていた騎士の道を諦めてレメゲトンになった時、自分が『一つだけ』に選んだのはグリモワールという国、そしてゼデキヤ王だった。

 望んでいなかったわけではない。国のために尽力するのは当然のことで、それは騎士であろうとレメゲトンであろうと変わらないと理屈では分かっていた。実際このグリモワール王国もゼデキヤ王の人柄もこの平和で豊かな国土も愛していた。

 だが、『一つだけ』にねえさんを選んだガキの迷いのない瞳がうらやましかったことは否めない事実だ。

「でも、今は違う。大切な者を守るために自ら悪魔との契約に臨もうとしている……これは大きな違いだよ」

 国を思う気持ちに嘘があったわけではない。心の底からゼデキヤ王に忠誠を誓ってきたし、これからもずっとそうだろう。

 だが、今の思いは違う。

 あのガキを守ろうと思ったとき自然にその答えが出た。

「アレイ、私はね、嬉しいんだ。君が本当に望んでレメゲトンという職を全うしようとしていることが」

 義兄は本当に嬉しそうにそう言った。

 知らず知らず心配をかけていたのだろうか。そんなつもりはなかったけれど、事あるごとに手紙をくれた姉上やこまめに連絡をしてくださる現炎妖玉ガーネット騎士団長のフォルス=L=バーディア卿も、いま思い返してみれば自分のことを心配してくださっていたのかもしれない。

 知らずどれだけの人に心配をさせていたんだろう。

「ご心配をおかけしました」

 心に染み入って頭を下げると、フォーチュン侯爵はにこりと微笑んだ。

「アレイ、みんな君が好きで君の事を気にかけているんだ」

 そのことに気づいていなかった自分はとても卑小で力なき者に思えた。

 もっと周りに目を向けられるようになりたい。自分のことで精一杯になるのではなく他の人に気を配れるようになりたい。

 心の底からそう思った。

「君が契約に成功することを祈っているよ」

「はい」

 あのガキのためだけではない。

 自分を思ってくれている多くの人のためにもっと強くなりたいと思った。

「無事に帰ってきなさい」

 優しく、しかしはっきりと義兄は言った。

 それはある意味での命令だった。

 厳しくも優しいその命令を心の奥に刻んで、深く頭を下げたのだった。

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