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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.5 姉夫妻

 門を過ぎ、そのまま屋敷の入り口まで馬で乗りつけた。

 一人なら途中で馬を置いてくるのだが、今回はガキも一緒だ。降ろしてから馬をつなぐのがいいだろう。

 先に馬から下りて右手を出すと、今度は躊躇なく手をとってくれた。

 軽く体重が手にかけられて、ガキは地面にふわりと降り立った。この身の軽さはうらやましい限りだ。

「アレイ!」

 次の瞬間には姉上の声が響いていた。

 待ち構えていたのではないかと思うようなタイミングだ。確かに屋敷を出る前に伝令を出してはおいたが、さすがに迎えが早すぎる。

 相変わらず美しく、自分と同じ紫の瞳に優しい光を灯してその場所だけ花が咲いたかと思うような微笑をたたえている。

 つい先日誕生祝に自分が送ったペンダントを身につけていてくれたのは嬉しくもあり、少し恥ずかしくもあった。

「姉上」

「思ったよりも早かったのね。待っていて、今クラウド様もいらっしゃるわ」

「出迎えなどよかったのに」

「だって待ちきれなくて」

 まるで少女のように好奇心に満ちた光をこめた瞳はいくつになっても変わらないなと思う。

 これまではそれが少し取っ付き難くもあったのだが、ガキと会ってからは心が寛容になったのかもしれない、今では全く気にならなくなり、それどころかこれが姉上の一つの魅力なのだとさえ思えた。

 姉上はにこりと微笑んでガキに挨拶をした。

「はじめまして。新しいレメトゲンさん」

「はじめまして!」

 ガキも笑い返した。

 見た目だけなら誰もが認める美少女であるガキは、姉と並んでもなんら遜色ない輝きを放っていた。

 そしてこの間ねえさんに習ったばかりの『目上の人への挨拶』を実行した。

「ラック=グリフィスと言います。よろしくお願いします」

「私はダイアナ=フォーチュンよ。アレイの姉です。よろしく、ミス・グリフィス」

「ラックでいいよ、ダイアナさん」

 ああ、礼儀正しいのは一瞬だけだったか。

 思わず頭を抑えて軽く息を吐く。

「ふふ、よろしくラック」

 その時屋敷の扉が開いて一人の男性が顔を出した。何かを期待するような表情で、しかしこの輪に入るのもはばかられる……という雰囲気がありありと見て取れる。

 そんな夫を見て姉上がころころと微笑む。

「クラウド様、そんなに急がなくても誰も逃げませんよ」

「いや、だが待ちきれなくてな」

 この人ももう30歳になるというのに、ガキに会うことを楽しみにしていました、という感情が前面に押し出されている。

 そういった意味では似たもの夫婦なのかもしれない。

「この子がそうかい?」

「えと、はじめまして、ラック=グリフィスといいます。騎士団長さんですか?」

「そうだよ」

 義兄上は優しく微笑んだ。金の髪に緑翠、どこか堕天のクローセルに似る整った顔立ちだがもっとずっと穏やかな雰囲気を有している。

 その瞬間ガキが義兄上を気に入ったことは分かったし、義兄上もこのガキに好印象を持っているのも分かった。

 なぜかこのくそガキには人の心を穏やかにする才能があるらしい。

 そしてなぜか万人に甘やかされるという図式が成立してしまう。

 全く困ったことだ。

 その思考がまるで幼い娘を持つ父親のようだと気づき、さらに自己嫌悪に陥る結果となってしまった。


 義兄上は幾人もの女性を虜にしてきた微笑を湛えて自己紹介した。

「クラウド=フォーチュンだ。アレイがお世話になっているね」

「んとね、どっちかというとおれの方がお世話になってるよ。アレイさんがいなかったらおれもう3回くらいは死んでたかもしれない」

 社交辞令とも取れる台詞にまじめに返答したガキを見て、思わず頭を抑えた。

 まったく……仕方ないやつだ。しかもそんなリアルな話をこんなところでするんじゃない!叫びたい心をため息に変えて吐き出した。

「そうかそうか」

 それなのに義兄上は楽しそうに笑っている。

 その笑いには裏がありそうで……怖い。

 ガキの方はというと楽しそうに笑う騎士団長を見上げ、次いでその隣に立った姉上を見てそれから隣にいた俺を見上げてきた。

 いったいどうしたというんだ。

「アレイさんはちょっと大きすぎると思うよ」

 またも意味不明な台詞がガキの口から飛び出した。

「いったい何がだ」

「だって近づくとすごく見上げなくちゃいけないじゃん」

「……」

 どう返答しようもなくて思わず顔が引きつった。

「あら、それはどうしようもないわねえ」

 そんな自分と対照的に姉上が朗らかに笑う。義兄上も笑いをこらえきれない様子で口元に手を当てた。

 そして義兄上は手招きしてガキを呼ぶ。

「おいで、ラック」

 まるで犬か猫のようにガキは呼ばれるままにひょこひょこと義兄上の下に近づいた。

 この分ではいつか誘拐されてもおかしくないな。漠然とした不安がよぎる。

「うわっ」

 と、思ったら義兄上は軽々とガキの体を持ち上げて肩の上に座らせた。

 見た目こそ細いが、王国で3本の指に入る漆黒星ブラックルビー騎士団をまとめる立場にある屈強な騎士だ。その力は見た目どおりではない。

「義兄上っ」

 慌てて駆け寄ると、いつもはかなり見下ろしているガキの漆黒の瞳がずいぶんと高い位置にあった。きっとこの瞳を見上げたのは初めてだろう。

 下から見たガキの顔はいつもと少し違って見えた。

 いつもより大人らしく見えて、少しだけどきりとした。

「……何だ」

 ぶっきらぼうな口調で問うと、ガキはあろう事か手を伸ばして俺の頭をぽんぽんと撫でた。

 前言撤回だ。見上げようと見下ろそうとこいつはいつもと変わらない。

 そして、調子に乗ったガキは心から満足げに笑ってこう言ったのだった。

「ガキ」

 もちろんすぐに義兄上の肩から引き摺り下ろしたのは言うまでもない。


 全く、ねえさんも姉上も義兄上もこのガキに甘すぎる!

「義兄上、絶対にこいつを甘やかさないでください。姉上もです! ただでさえ調子に乗っているというのに……」

 正当な主張だと思うのだが、姉上はそんなことどうでも言いといわんばかりにかわいらしく首をかしげた。

「だってラックかわいいじゃない。ねえ、クラウド様」

「本当だよ。今すぐ養女にもらいたいくらいだ」

「……っ!」

 本当にこの二人は、まるで孫のできた祖父母のような甘やかしっぷりだ。この甘やかし方はくそじじぃのそれに似ている。

 姉上はガキを上から下まで観察すると、

「肌もきれいね、髪も艶々だわ。手足もすんなり伸びてるし……もったいないわね。そうだわ。ちょっといらっしゃい、ラック」

 そう言ってガキの手を引いて屋敷に入ってしまった。

 止める暇はなかった。

「私たちも中に入ろう。最近取り寄せた紅茶があるんだ」

「……いただきます」

 いや、この屋敷につれてきたらこうなることは分かっていたはずだ。

 一生懸命そう自分に言い聞かせて落ち着こうとしたが、もうすっかりお馴染みになったため息が出るのは止められなかった。

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