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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.2 独白録

 マルコシアスとガキが軽く打ち合うのを横で見ていた。

 もともとねえさんが短剣を使って戦う方法を教えていたというのは聞いている。しかもガキの運動能力はどうやら一般の少女からはかけ離れたところにあるようだ。

 それはきっとカトランジェの街で情報屋として身を隠し任務を遂行していたねえさんのもと、下請けの『探索者』として3年間働いていた時代の必然よるものなのだろう。

 何より、動体視力が飛びぬけて優れている。洞察力の鋭さはそのあたりにも起因していそうだ。

 きっとすぐに上達するだろう。

 マルコシアスもそれをすぐに察したようで、木刀を握るのも初めてのガキの相手を根気強く何時間も続けている。

 だが、ガキが剣術を学ぶことに少し抵抗があったわけではない。

 それはすなわち戦場に身を置くことを受け入れるのと同義だからだ。

 あのガキはこれまで何度も生命の危機に陥っている。3年前をはじまりとするなら、その数は片手では足りないはずだ。偶然か必然か、自分はその現場に何度も立ち会った。

 そして、危機の大半にかかわっている原因がいる。

 それは――隣国セフィロトの神官、セフィラだった。


 グリモワール王国の天文学者レメゲトンが72人の悪魔と契約を交わしたように、セフィラは10人の天使と契約を結んだ。

 そのうちの第6番目、美のミカエルを使役するセフィラがなぜか執拗にガキの命を狙っているのだった。青みがかった銀髪に群青の瞳、彫刻のように整った顔立ちというミカエルそっくりの容姿をしたセフィラ――彼らは全く区別できない2人、双子だった。いったいどちらがミカエルを召還するのかは今のところ不明だ。


 先日の一連の事件では、一度は丸腰のセフィラ2人をマルコシアスの力を借りて迎撃、幽閉したのだが、彼らはミカエルの圧倒的な力を盾に脱獄。ねえさんと共に応戦したが、セフィラの召還した天使の前では堕天の悪魔が召還できない現実を前に成す術がなかった。

 ねえさんと自分が倒された後もガキは一人で抵抗し、グラシャ・ラボラスを召還してミカエルを退けた。

 だが、その結果ガキは召還の代償として左腕をグラシャ・ラボラスに食われ、心を破壊される寸前まで追い詰められた。


 しかしあろうことかあのガキは命を狙うそのセフィラに魅入られ、会いたいなどとぬかしていた。今も会いたいと思っているんだろうか……そのことを考えるだけで胸が焦がれる。

 胸にささった杭が大きく揺らいで痛む。マルコシアスの加護がない自分は無力だった。

 守ってやると誓ったのに。

 絶対に傷つけたくはなかったのに。

 もっと力が欲しい。あのセフィラに負けない力が欲しい。



「やーっ!」

 ガキが気合をかけてマルコシアスに打ちかかる。

 が、もちろん褐色の肌の戦士はそんな攻撃を受けるわけもない。

 軽いステップで交わして反対に音速の太刀を叩き込んだ。

「かーん!」

 だが、この数時間でガキもだいぶ上達している。完全に力を抜いているとはいえ、マルコシアスの一太刀を完全に受け止めた。

 それでもマルコシアスが求める剣は違う。

 流れる水のごとく風にそよぐ草木のごとくゆるりと避け、カウンターを得意とする柔の剣だ。

「刀は受け止めず力の軌道を変えよ」

 それは言葉にするのは簡単だが実際難しい。それは自分が一番よく知っている。

 ガキはもう一度剣を両手・・で握りなおした。

 悪魔に食われた左手は、悪魔によって新しく付け替えられた。

 殺戮と滅びの悪魔グラシャ・ラボラスに恩情という念があるのかどうかは知らないが、彼は食いちぎった左腕の代わりに新しく左腕を付け直した――契約の証のコインを埋め込んだ形で。

 今は篭手をしているから見えないが、コインを埋め込まれた左手の甲をガキ自身が嫌がっているのは一目瞭然だった。なるべく篭手をはずさず、していないときも左手を視界に入れることをしない。

 実際に見た左手は、赤黒く血管が浮かび上がり、付け根には生々しい傷跡を残していた。

 自分はあの時、ガキが左手を食われる様子を見ていた。

 セフィラに完全に敗北し、動かない体の中で唯一押し上げられたまぶたからその映像だけが脳内に流れ込んできていた。

 あの時のガキの悲鳴が今も耳の奥で疼いている。

 守りたかったのに。

 眼前にしながらあんな目にあわせてしまうなんて……

 きっと自分はこれからずっと、ガキの左腕を見るたびに苦悩するんだろう。どうして守れなかったのかと何度も何度も後悔するんだろう。この胸の痛みを抱えて生きていくんだろう。

 それでも、自分はあのガキの隣にいることを選んでしまったから。

 あのガキを一つだけに選んでしまったから――


 誰に対しても平等で温かく、太陽のように灯火を与えるあの少女の心を守りたい。その心が表れた笑顔が曇ることのないようにずっと傍で支えてやりたい。

 そんなこと絶対に本人の前では口にしない。

 とは言っても、何度か感情のコントロールが効かなくて行動を起こしてしまったこともある。しかしながらガキは全く気づいていないようだった。それとも恋愛感情というものの存在を知らないというのか。

 まあそのおかげでガキは触れられることに何の抵抗も覚えないようで、その点では少し得をしたような損をしたような気分なのだが。

 普通ありえないくらいの鈍感さであのガキは俺があいつを嫌っていると思っていたようだ。その誤解は解けたが、どうも間違ったポジションであのガキに好かれてしまったようだ。しかもある意味最も親密な――父親、という役割で。それはそれで切なくなることもあるが、今考えてみれば俺の気持ちに気づいていないほうがいい気がする。今はまだ答えてもらおうと思っているわけではないし、関係をどうこうしようという気もない。このままでいい。


 というかガキが俺の気持ちを理解する日が来るのだろうか――いや、きっとこないだろう。

 反語的に現実を受け止めて、大きなため息をつく。

 あのガキが最も大切にしているのは育て親のねえさんだ。彼女と一緒にいるためならあいつは比喩でなく悪魔とだって契約する。嫌われたくないからといってねえさんの前では絶対に泣かない。ねえさんに撫でられると阿呆面で笑う。

 挙げればキリがないほどにあのガキの世界はねえさん中心に形成されている。

 嫉妬、とはっきり言ってしまえばそうなのだが、その二人の間にある絆を感じるたびに苛立ちを隠せない自分が情けなくもある。

 ねえさん自身もあのガキを何より大切にしていて、自分の全てをかけて守っている。きっとガキのことだから『ねえちゃんと結婚する!』などと言い出すのは時間の問題だろう。

 この問題を考え始めるといつも答えが出ない。


 果たしてこれからこの関係が変化することがあるのだろうか……もうずっとないのかもしれない。

 またも反語的に想像して、小さくため息をつく。

 ガキに会ってから何度ため息をついただろう?

 数えたくもない。



 もう一度稽古風景に視線を戻した。

 いったん打ち合いをやめ、マルコシアスが何か真剣に諭している。ガキはそれを真剣なまなざしで受け止め、真摯に頷く。

 そう、あのガキは性格から想像もできないほどの理解力を持っている。鳥頭で難しい単語は覚えられないし、ややこしい問題を出すと途端に考えるのをやめたりするが、言われたことを自分の中で理解し自分の理屈として取り込む能力は非常に高いように思われた。

 何か知識を与えてやれば、それを即座に理解して時に信じられないほど鋭い質問を返してくる。それが楽しくもあり、驚きでもあった。

 それに洞察力。違和感を見つけ出す、という作業においてはねえさんも敵わないらしい。

 マルコシアスもそんなところを気に入っているのではないかと思っている。

 それでも人を簡単に信じてしまうところや敵にも思いを入れるところは非常に危なっかしい。人を大切にするあまり、自分のことが疎かになってしまっている。

 それはいつかあのガキにとっての致命傷になりかねない。


 だから、代わりに自分はもっと強くならなくてはいけない。

 守りたいから。彼女を傷つけるいかなる者の手も阻むために。

 そのためには、あのセフィラと戦う手段を手に入れなくてはいけない。たとえガキ自身が会いたがっていても、あれは敵だ。敵国セフィロトの神官なのだ。

 自分が使役するもう一人の悪魔サブノックは堕天ではないからセフィラとの戦闘の場に召還はできるのだが戦闘に参加する意思が全くない。伝説によればかなりの腕を持つ剣士で、またその剣で切られた傷口は数日で腐り落ちるらしい。

 だが、サブノックの力はあてにできない。


――新しい悪魔との契約が必要だ。


 サブノックと契約してからかなりの時間が経っている。もうそろそろ潮時だ。王に進言してみよう。

 強くなりたい。もっと。あのガキを二度と泣かせないように。

 だから――

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