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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.1 新タナ朝ニ

 ディアブル大陸の西岸を支配するグリモワール王国。

 初代グリモワール国王ユダ=ダビデ=グリモワールは稀代の天文学者ゲーティア=グリフィスと共に、72の悪魔を魔界から召還した。

 悪魔それぞれと契約した証に全部で72のコインを作り、72人の天文学者にそれぞれ与えた。


 しかし、何百年もの時は流れ、王家が所有するコインの数はいつしか減っていた。

 72人いた天文学者も今ではわずかに5名、所有するコインは17にまで減ってしまった。

 太古の天文学者と同じ名前を授けられた現国王ゲーティア=ゼデキヤ=グリモワールは5名の天文学者に、失われた55個のコイン――ロストコインを集めるよう勅命を下した。


 それが今からちょうど3年前の話――





 朝起きて朝食を済ませるとすぐ稽古場に向かった。

 今日からくそガキがうちに来て剣の稽古をする予定になっている。

 稽古場の扉を開けると、朝の日差しが舞い込んできた。東向きのこの場所では朝日がやたらと眩しい。

 目を細めて一度全体を見渡す。

 特に変わった様子はない。見慣れた武具と防具、トレーニング機器が並んでいる。

「だが……遅いな」

 約束の時間は過ぎていたが、くそガキが姿を見せる気配はなかった。

 まったく、稽古日一日目から遅刻とはしょうがないガキだ。

「マルコシアス!」

 最近では畏怖の対象から厳しくも温かな師へと変貌を遂げつつある戦の悪魔の名を呼んだ。

 魔方陣が発動して褐色の肌の戦士が姿を現した。

「昨今 よく会うな」

 完璧に鍛え上げられた肉体は屈強な戦士そのものだ。炎妖玉ガーネット碧光玉サファイアを一つずつ嵌め込んだ瞳と、どこか少年のあどけなさを残す八重歯の笑みが人の目をひきつける。

 何より背に閃く純白の翼と頭上の金冠、そして黒髪から見え隠れする短い角が完全に人間らしさを消し去っていた。

 3年の付き合いになるが、最近ようやく緊張しながらも畏怖の念を解いて対峙できるようになった第35番目のコイン――戦の悪魔マルコシアスの姿だった。

「今日も指導をお願いします」

 深く頭を下げるとマルコシアスは鷹揚に頷いた。

「その心掛け 忘るるな」

 剣の稽古のために呼び出されるのはマルコシアスの望むところであるらしく、いつもどこか嬉しそうに教鞭をとってくれた。

 魔界でも屈指の剣の使い手から学べることはまだまだある。

 自分がマルコシアスのコインの持ち主となれたことに今ではとても感謝していた。

「後ほど黄金獅子の末裔が来ます。彼女も共に剣を学びたいそうです」

「ほう」

 すでにガキとは顔見知りの悪魔は唇に笑みを浮かべた。

「それまで 軽くお相手しよう」

「お願いします!」

 ガキが遅れて姿を現したのは、その直後だった。



「おはよう、アレイさん!」

 のんきな声に力が抜けそうになる。

 打ち合っていたマルコシアスもふと微笑んで剣を納めた。

 まったく、仕方ないやつだ。

「遅刻だ、くそガキ」

「ガキって言うな!」

 肩にかかる黒髪を後ろで束ねたこの少女は、稀代の天文学者ゲーティア=グリフィスの子孫だった。そのためマルコシアスたち悪魔はこのガキのことを『黄金獅子の末裔』と呼ぶ。殺戮と滅びの悪魔グラシャ・ラボラスと契約を結び、先日起きたセフィラの暴走を食い止めた張本人でもある。

 利発そうな黒瞳にバランスの取れた桜色の唇、象牙色の滑らかな肌をもつ誰もが認める美少女だった――見た目だけなら。

 3年前に全ての記憶を失ったうえ大怪我をして行き倒れていたところを、グリモワール王国の天文学者レメゲトンの長であるねえさん――ファウスト家の長女メフィア=R=ファウストが拾い、大事に育てた娘だ。

 記憶が飛んでいるせいなのかもともとなのかは分からないが、精神年齢が見た目と合わない。3歳児かと思うような発言が脳と直結した口から惜しげもなく飛び出すブラックボックスの持ち主だった。

 と、マルコシアスが唇の端で微笑んだ。

「仲がよいな」

 すかさずガキが口を尖らせる。

 その顔はとても20歳近い娘のする表情ではなかった。

「よくないよ!」

 だが、全くもってその通りだ。

「全くだ」

「そうか」

 褐色の戦士はもう一度おかしそうに微笑んだ。

 どうもこの戦士は頭の足りないくそガキに甘い気がする。いや、言ってしまえばマルコシアスだけではなく育て親にあたるレメゲトンのねえさんもくそじじぃも、果てはゼデキヤ王に至るまでこのガキを甘やかしすぎている気がしてならない。

 それはきっと自分の気のせいではないはずだ。

「悪魔さんてみんなマルコシアスさんみたいに強いの?」

 唐突にガキがマルコシアスに聞いた。

 頭が足りないせいかまったく恐れというものを知らない。

「少なくとも我の知る者は皆 剣術を嗜む 人の子には負けぬ」

 マルコシアスも彼は彼できちんと答える。

 調子に乗っているとしか思えないガキが首をかしげながらさらに聞いた。

「アガレスさんも?」

「無論」

 マルコシアスは頷いた。

「本人に聞けばいいだろう。お前もレメゲトンなんだ」

 そう、信じられないことにこいつは殺戮と滅びの悪魔グラシャ・ラボラスだけでなく、第2番目の悪魔アガレスとも契約している。

 自分はまだアガレスと会ったことはなかったが、ガキの話からするととても友好的な悪魔のようだった。

「いいじゃん。だってアガレスさんに聞くと答えが100倍になって返ってくるんだよ?」

「お前にはいい頭の体操になるだろう、くそガキ。ちゃんと全部聞いて考えろ」

「考えてるよ! 考えるけど、ぜんぜん分かんないんだ。アレイさんもいっぺん聞いてみるといいんだ。分かんないはずだ!」

「お前の頭が足りないだけだ」

「マルコシアスさんの言うことは分かりやすいじゃん。ずるいよ!」

「何がずるいだ。少しはレメゲトンとしての自覚を持て」

「むー」

 眉間にしわを寄せてこっちを睨んでいる。

 その表情をやめろと言いたい。

 ため息が出そうだ。

「第一なぜお前はアガレスに剣術を師事しないんだ」

「アガレスさんにはおれが3歳くらいの小さい子供に見えるんだって。だからやりづらいって言われたよ」

 実際俺にもそう見えるのだが、それはどういうことなんだ?

 聞こうとしたがそんなことを言ってもどうしようもないことが分かっていたので、マルコシアスとガキのやり取りを少し見学してから切り出した。

「それよりも早く稽古を始めるぞ。ただでさえお前は遅刻してきたんだからな」

「分かったよ!」

 またも唇を尖らせたガキを見て、ため息をつきそうになった。

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